9月 10 2021

日本の自転車ロードレース界が、なぜ世界から遠ざかっていくようになったのか

2020年2月に、「時代の変わり目」という記事を公開していました。

そのときは、新型コロナウィルスが蔓延する直前で、国内トップリーグの分裂もまだ誰も思いがけていませんでした。日本の自転車競技界は世界に近づいていくのか、それとも悪い方向に交差してしまうのか、両方の可能性がまだ残っていました。

当時は、次のポジティブ要素を注目していました。 ・「五輪に出場するため」の争いが日本のレベルを引き上げてくれていた ・競技状況や力関係の構図が変動する前兆があった ・あくまでもポイント狙いとはいえ、宇都宮ブリッツェンが初めて欧州のレースに出場した ・実業団×学連の二重登録や、念願の新リーグの構造が実現された/される予定だった

しかし、「果たしてそれは日本国内の全体レベルの安定的な向上に繋がっていくのか?心配要素も少なくありません」と、次の点を懸念していました:

・JBCFが新リーグの発表を通じて積極的な姿勢を見せつつも、レース数が急減し、理事長の右京氏が組織委員会の仕事と兼務を始めていた ・修善寺CSCが利用できなくなったり、予算縮小でナショナルチームの強化指定選手も半分程度に削減されるなど、政府や連盟から選手育成より東京五輪の短期施策が優先されていた

「果たして「底辺を拡げる」作業をなくしては「上から引っ張る」方法が成り立つのか?明らかに時代の変わり目に立っている中で、いかに2020年以降のことを視野に入れて時代の変遷を迎えるかが、新時代の展望を大きく左右しているでしょう。」と、疑問的な結論を挙げていました。

その時から、2020年と2021年シーズン、二つのシーズンが経過しました。新型コロナウィルスが世界中に蔓延し、東京オリンピックの延期が決まり、トップリーグがJBCFとJCLに分裂するなど、想定外の方向に流れていきましたが、それも含め、間違いなく「時代が変わった」といえると思うので、ここ2年の出来事を踏まえ、現状を分析し、いったん評価を出してみたいと思います。

 

①若手を中心に、競技環境が悪化している

・「オリンピック優先」の短期ビジョンで取り組んできた

→例年育成の中心となっている修善寺サイクルスポーツセンターがオリンピックの関係で2年間利用不可能になったり、U23以下のナショナルチームの活動予算が削減されたりと、JOCやJCFは将来の可能性を広げるより目の前の結果を求める施策を選択したように伺います。

・ヨーロッパに比べると、中止された大会の割合が大きく、未だに持続可能な運用方法(ウィズコロナ運用)に至っていない

→ヨーロッパ各国の感染状況が日本より何倍も酷かった時期があったにも関わらず、しっかりした施策を講じることで、立ち直りが速く、通常とまでいかないまでも、2020年は育成の基盤となるコアなレースはしっかりと残していましたし、2021年はウィズコロナの運用方式を見つけほとんどの大会を開催できました。一方で、日本では2020年でも通常に戻る場面まであったにもかかわらず、大会の中止が相次ぎ、今でも光が見えない状況が続いています。この状況が続けば続くほど、限られた時間で詰められる経験や、トレーニングの強度の差がより広がっていきます。この差を、この世代の選手がこれから詰めていき、いつかワールドツアーにたどり着けられるとは現実的に考えられないので、数年にわたる世代を犠牲にすることになるといっても過言ではないと思います。

・U19以下は全日本選手権が2年連続中止に

→本日、U19以下の全日本選手権の中止が発表されました。去年に引き続き、2回連続の中止になります。その結果、2003年生まれの選手は全日本選手権の成績を残すことができませんでしたし、2002年と2004年の世代もこの影響を食らっています。一見、全員同じ状況におかれているので不公平はないように見えますが、日本国内で世界的に評価されている唯一の大会ですから、今まで扉を開けてくれていたきっかけを一つの世代が丸々失ったようなものです。

そもそも、大会が少ないなかで、全日本選手権が開催されないことは、モチベーションに大きな影響を与えることもいうまでもありません。

 

②業界内のバラつきが酷くなっている

個人的には、日本国内の自転車業界の分散状態を日本と世界の差の根本的な原因と見ています。このたった2年間で、少しずつまとまる傾向にあったその分散状態が恐ろしい勢いで更に広がってしまいました。

・トップリーグの分裂

→JBCFの中からほとんどの地域密着型プロチームと、起業スポンサー型チームの一部が今までともに盛り上げてきた「Jプロツアー」を離れ、「ジャパンサイクルリーグ」という新しいリーグのもとに終結しました。背景には、ずっと興味深く観察してきた数年前から続いていた価値観と考え方の違いがあります。この状況に対しては個人的な見解があり、今回の記事の趣旨ではないので省略しますが、確実に言えるのは、我々の大好きなスポーツが弱っていた時期に、分裂が起こってしまうことは、双方それぞれがいくら頑張っても、競技レベルの低下につ繋がってしまうことです。

・衰退傾向にあった伝統や歴史の長い組織や古い価値観が前面に戻った

→自転車ロードレースにおいては、日本とヨーロッパは天と地ほどのレベルの差があり、現状を変えていかなければ追いつくこともないことは、誰も否定しない事実です。しかし、コロナ禍を迎てからは、入国制限の関係で外国人選手との接点が突然なくなり、JBCFが「原状回帰」を訴えたり、基盤の丈夫な高体連、学連やJKAなどは既存のサーキットコースを活用して基盤を固めるなどして、結局変わりつつあった自転車ロードレースシーンが過去の状態に引き戻されたように思えます。これは、安定を取り戻したという意味では良いことかもしれませんが、現代の若手選手のニッズや野望に答えられるか、そして世界との差を詰める方向に進んでいくかといえば、疑問が残ります。そして、この中で育ってきた世代の中では、保守的な価値観を養成することにも繋がるのではないかと心配しています。

 

③向いている方向は、世界ではない

・世界を見据えるプランの存在が消え去った

→2019年3月にJBCFが発表した新リーグの構想は、ツール・ド・フランスを頂点とした世界の仕組みで戦える選手の輩出を最大の目標として掲げており、分裂を予覚していた多少の矛盾はあったものの、それに向かって自転車業界全体を統合させる明確なプランはあった。しかし、現実に引き戻されたのか、その当時の方向からは大きく逸れてしまい、原状回帰を掲げる保守派と国内の興行的なプロ化を目指す改革派の二極に分かれる始末。その結果、どちらからも世界に繋がる現実的なビジョンが示されておらず、世界が更に遠ざかってしまったように見えます。

 

そして、定期的に浮き上がってくる「世界を目指さなくてもいいのでは?」という議論。

最終的にJリーグを成功に導いたのは、ワールドカップで活躍する日本ナショナルチームでした。日本国民が期待しているのは、世界で戦う日本人の出現です。この挑戦を途中で諦めてしまうのでは、自転車ロードレース界で努力を重ねている選手、関係者、ファンなど、全てを否定することになってしまいます。世界のトップを頂点に据えなければ、誰もついてきませんし、世界が届きそうになってはじめて、一気に盛り上がるのが全ての競技スポーツの現実です。誰もが諦めそうになったときに、世界を掴むことに成功した若者こそ、次世代の大スターになるに違いない。今、苦しい時期を迎えているからこそ、若手選手には、必死に世界を目指し続けてほしいし、それを支える全ての関係者には、それに応えられるように、一層意識を高めてほしい。

8月 26 2021

UCIシクロクロスチーム(Team S1NEO Loudéac🇫🇷)に所属する史上初の日本人選手、鈴木来人選手について

この度、シクロクロス種目において、現役U23全日本チャンピオンの鈴木来人選手がTeam S1NEO Loudéacに所属することが発表されました。

この取り組みに関しまして、私は鈴木選手のコーチング及び現地で独立できるまでの全面的なサポートを行う役割として、フランスの自転車機材メーカー「S1NEO」と共に約半年前から始まった準備段階に参画させていただいております。

単なる単発の選手派遣や、代理業ではなく、長期にわたる計画の一環ですので、この計画の背景や趣旨についてご説明させて頂ければと思います。

この鈴木来人選手は、クラウドファンディングを実施していますので、ぜひともご支援頂ければと思います!

①「S1NEO」とはどんな会社なの?

「S1NEO」(エスワンネオ/フランス語ではエスアンネオ)は、フランス西部にあるAngers(アンジェ市・自分が生まれた都市でもある)に本社を置く、自転車のメーカーさんです。10年の歴史を誇り、「メイドインフランス」をテーマに掲げるブランドでありです。ロードバイクは勿論、シクロクロスバイク、グラベルバイク、トラックバイク、マウンテンバイク、タイムトライアルバイクと、自転車競技の全種目をカバーしていること、それからカストマイズできることにこだわりを持っていることが「S1NEO」の特徴です。

社長のジョアニー・デルマス氏は日本がとにかく大好きで、トラック部門のサポート選手であった5回も世界王者に輝いたフランソワ・ぺルヴィス選手が日本の競輪に招待された際のサポート等を行い、何度も日本を訪れています。「S1NEO」は2017年から「Tokyo 2020」という3年計画を実行し、アジア総代理店として「S1NEOジャパン」を立ち上げ、日本市場にも参入したばかりです。本社のジョアニー社長、それからS1NEOジャパンの岡田浩太社長は身をもって日本の自転車競技会が盛り上がることを心から願っており、機材の代理事業のみならず、様々な取り組みをされています。

S1NEOジャパンのホームページをご参照ください!

 

②鈴木来人選手はどんな選手?なぜ鈴木選手を選んだの?

鈴木選手は、長野県出身の、U23カテゴリー現役の全日本チャンピオンです。

S1NEOのジョアニー社長はもともと、日本に自転車界に参入し、発展させていきたい思いがあり、自社が運営しているシクロクロスチームに日本人選手を入れられないか、頭の中には構想があったようです。一方で私も、S1NEO Connect Teamの存在は知っており、この計画を提案させて頂いた際は、思いがすぐ一致しました。

鈴木選手を提案させて頂いたのは、自分がお世話になっている長野県、山梨県、静岡県のAJOCCシリーズ「シクロクロスミーティング」で活躍している中で、自分もシクロクロス競技の発展を図る上で代表的な選手のサポートと発信活動に関わりたいということで詳しく調べたことろ、地元の新聞紙で鈴木選手は「ロードではなく、シクロクロス競技でヨーロッパに行きたい」と述べていたことがきっかけです。そこから、最も若い年齢であるU23 1年目で全日本タイトルを取り、これからも日の丸を背負ってヨーロッパで活躍する姿が非常に分かりやすいこともあり、鈴木選手一択でこの計画が始まりました。

 

③「Team S1NEO Loudéac」とはどんなチームなの?

S1NEO本社は、世界選手権3位当に輝いたFrancis Mourey(フランシス・ムレイ)選手を中心に、2019年に「S1NEO Connect Cycling Team」を発足し、現在はUCIランキングでスティーブ・シェネル選手率いるCross Team Legendreに次ぐフランス2番目のシクロクロスチームです。

2021~2022年シーズンは、この「S1NEO Connect Cycling Team」がB&B Hotels p/b KTM(UCI Pro Team)の下部組織である「VCP Loudéac」のシクロクロス部門と合併し、「Team S1NEO Loudéac」として活動していきます。実質的に、ツール・ド・フランスに参戦するプロチームの傘下に位置づけられることになるので、プロチームのスタッフ、機材やネットワークなどが共有される部分もあり、非常に組織力の強いチームになります。発足した2019年から、「UCIシクロクロスチーム」として、UCIに登録されています。

 

④そもそも、「UCIシクロクロスチーム」は、プロチームなの?

シクロクロス種目を中心に活動するチームがUCIに登録される制度がはじめてできたのは、2017年です。それまで、ベルギーではシクロクロス専門のUCIコンチネンタルチームは存在していました(2013年に、竹之内悠選手がColba-Superano Hamに所属したこともあります)が、シクロクロスチームという形では制度がありませんでした。そういう意味では、鈴木来人選手はUCIのシクロクロスチームに所属する史上初の日本人選手になります。

そして2020年(昨シーズン)から、「UCIシクロクロスチーム」の上に、「UCIシクロクロスプロフェッショナルチーム」というカテゴリーが新設されました。単なる「UCIシクロクロスチーム」と異なる点は、ロードのUCIコンチネンタルチームと同じレースに出場することができること(UCI .HC, .1, .2)、選手の最低人数(男子の場合は10名)、そして全選手に社会保険の加入が義務化されていることです。いわゆる、ロードのUCIコンチネンタルチームと同等の加盟条件になります(しかし、ロードのコンチネンタルチームの場合は加盟国によって、各国の自転車競技連盟は最低賃金等、さらなる規制をかける場合が多いです)。

従って、「UCIシクロクロスプロフェショナルチーム」ではなく、単なる「UCIシクロクロスチーム」であるため、鈴木来人選手が所属する「Team S1NEO Loudéac」は「プロチーム」とは言えないでしょう。

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4月 24 2020

オンラインサイクリングの限界

新型コロナウィルスの世界的な感染拡大が続く中、Zwiftはじめ室内でトレーニングできるツールとしてオンラインサイクリングのブームが見られます。それまでも、固定ローラーもスマートトレーナーも普及していましたし、オンラインサイクリング機能アプリも既に存在していましたが、最近は社会交流が見直されている中で、そういったツールを活用した新なビジネスが幅広く展開されています。

自分も、子供の頃から現役まで固定ローラーを日常的に活用していましたし、今でもフランス自転車競技連盟と手を組んでいる大手メーカーの「Saris」と新たな事業展開を準備している最中ですが、最近はオンラインサイクリングの将来性について様々な記事やコメントを目にする機会が多く、サイクルスポーツの将来に対して不安要素も目に浮かんできているので、一歩引いた視点から方向性を考える必要なのではないかと考えています。

ヨーロッパでは、根が深い自転車ロードレース文化を支えている各ワールツアーレース主催者の中には、少しでも露出機会を設け、継続につなげるということで、中止になった大会のオンラインバージョンを代わりに開催している事例が複数ありました。現在、「ディジタルスイス5」というツール・ド・スイスのオンラインレースが行われていますが、第1ステージはロハン・デニス(現TT世界チャンピオン)が優勝し、第2ステージはステファン・クング(現TTスイスチャンピオン(3連覇)、元個人パーシュートやチームTT世界チャンピオン)が勝利したと、結果は明らかにFTPの高い順です。

ロードレースのトレーニング文化が昔から普及しているヨーロッパでは、オンラインレースに参戦すればロードレースに代わるトレーニングができると誰も思っていないので、新型コロナの感染拡大が収束したとたんに、オンラインサイクリングは単なる道具に戻るに違いありません。

しかし、日本では状況が違います。歴史や文化の違いから、メージャースポーツとして普及していないロード(公道)レース文化が薄いため、より適性の高いオンラインサイクリングが継続的に全面に出る可能性が高いです。ロードレースでいう走行環境やビジネスモデルで不足している部分を、オンラインであれば補えるということで、少しずつオンラインに置き換かえるべきではないか、という意見を目にすることが多くなりました。実際にサイクルスポーツのリアルとオンライン競技の力関係のバランスが既に変わっており、ハードルの高いロードレースからハードルの低いオンラインサイクリングに移行しつつあります。

確かに、投資が続けていけば、機材や技術の進化を経て、将来は実走に近い感覚まで再現できることは予想できますが、現段階では全く別物で、物理的な限界もあり、世界的にサイクルスポーツの基盤を支えている「移動・健康・環境」にはいくら頑張っても手は届きません。室内ではエンデュランススポーツに求められている心肺機能の発達(いわゆるベースづくり)はできないし、ケイデンスとトルクが同時にあがる高スピード域の追い込みもできないし、ペダリングの動きまで異なることも科学的に証明されています。そもそも、社会的な違い(就労時間が長く、日の入りが早い)から室内トレーニングが多いことと、ロードレースシーンが違う(ヒルクライム、トラック、クリテリウム、周回コースと普及している種目には持久力が問われない)ことが、ロードレース競技において世界と差が大きい原因になっているので、その差がさらに開いていくことが予想できてしまいます。

ロードレースのトレーニングとして室内練習を取り入れている方に、次のポイントを再意識して頂く必要があると思います。 ■ロードレースで強くなっていくためには、心肺のキャパシティー(容量)を最初に伸ばしていく必要があります。固定ローラーでは、短時間高強度や専門的なメニューが中心になり、心肺の動力性能(仕事率)のみが鍛えられるため、計測できる数値は高いものの、回復力、持久力や耐力が低く、本格的なのロードレースでは通用しません。 実はプロ選手含め、日本のほとんどの選手はその状態です。それは、環境の違いが主な原因であり、更に短時間型のトレーニングが中心となるオンラインサイクリングでは、全体的にその傾向が増す恐れがあり、日本と世界の差がさらに開く可能性があります。

オンラインサイクリングにハマっている一般レーサーと、ビジネス展開の一環としてその需要を意識的に養成している企業の立場からすれば、チャンスに見えますが、一方でサイクルスポーツをメージャーにしていくのであれば、様々な注意点もあるように感じています。オンラインサイクリングの展開は、あくまでも別競技という認識がある中で、両スポーツが相乗効果を出して平行して発展していくのか、ロードレース業界自体がオンラインサイクリングに移行していくのかでこれからのサイクルスポーツの普及状況が全く違います。そのため、共通点を活用すべきなのは間違いありませんが、まずは夢と現実の世界をはっきり分ける必要があると感じています。

2月 14 2020

時代の変わり目

日本最高峰の宇都宮ブリッツェンが歴史的なエースである増田選手の東京2020オリンピック出場枠獲得に向けて、クラウドファンディングを実施することを発表しました。UCIポイント獲得を目標に、海外のUCIレースを転戦するための支援を募集しているそうです。

実は先日、ツール・ド・ランカウイでステージ優勝を果たした中根選手の成績を見たフランス人の友達から「これで中根選手の五輪出場は決定だね」という連絡が入りました。「いいえ、日本の五輪出場枠はUCIポイントに基づいたナショナルフェデレーションによる特別ランキングで決定するんだ。むしろ、現状は中根選手の出場はかなり厳しい」と説明しましたら、「中根選手がいくら実力を見せても、コースの相性やコンディショニングは、五輪出場の選定の基準にすらなっていないってこと?」と。そうなんです。日本にとっては、五輪の結果ではなく、それまでのプロセスが全てですから。

むしろUCIアジアツアーの格下レースでポイント稼ぎを狙らっているこの現状を考えると、代表選手が確定した時点で日本ナショナルチームのオリンピックロードレースが終了するといっても過言ではないでしょう。

しかし、誰もが東京オリンピック自体を諦めた一方、「五輪に出場するため」の争いが日本のレベルを上から引っ張ってくれているのは事実です。業界の中では、過去1年間で例年より多くの変化が確認できましたし、これからの一年は競技状況や力関係が更に変動することが予想されます。中根選手率いるニッポはフランスのチームと契約を結び、方針をガラッと変えました。フランスと契約を結ぶことによって、別府選手を獲得でき、ナショナルコーチの浅田氏率いるエカーズもマルセイユ郊外に拠点を置くフランス南部のN1アマチュアチームと協調体制を強化し、それが石上選手の加入にも繋がりました。ニッポに関しては、ラ・トロピカル・アミサボンゴで別府選手の総合13位や、中根選手の優勝などもあり、その成果が既に出ています。また、いつも丁寧にアシストの仕事をこなしていた新城選手が自分からポイントを狙いに行く姿も確認でき、本気を出していることが良く分かります。そして増田選手率いる宇都宮ブリッツェンは、あくまでもポイント狙いとはいえ、初めて日本を離れ海外レースに出場するようになりました。新リーグの構造や実業団×学連の二重登録の実現等もあり、競技環境が大きく変化してきています。

但し、果たしてそれは日本国内の全体レベルの安定的な向上に繋がっていくのか?心配要素も少なくありません。日本国内の競技業界率いるJBCFが新リーグの発表を通じて積極的な姿を示しながらも、ボスの右京氏がオリンピック関連業務に専念していることもあり、レース数の急激な縮小が気になります。マウンテンバイク競技の大会会場として生まれ変わっている修善寺サイクルスポーツセンターが利用できなくなり、神奈川県の自転車競技連盟が県大会を中止せざるを得なかったり、予算縮小の関係で、ナショナルチームの強化指定選手も半分程減らされたりと、育成の底辺が非常に苦しんでいる現状です。果たして「底辺を拡げる」作業をなくしては「上から引っ張る」方法が成り立つのか?明らかに時代の変わり目に立っている中で、いかに2020年以降のことを視野に入れて時代の変遷を迎えるかが、新時代の展望を大きく左右しているでしょう。

サイクリングファンにとって、応援している選手が五輪に出場できるかどうかがいくら重要な話でも、自転車業界全体からすれば、誰が出場しても日本の弱さを見せつけられるに過ぎないことは間違いありませんし、いくらその戦いに力を入れても、自己満足以外は何の成果も生じないでしょう。

「ツール・ド・栃木」が発足された2017年まで絶好調だったにも関わらず、1990年の世界選手権を契機に発展してきた栃木県の「自転車王国」は、それまで県内で多く開催されていた大会の半分以上がなくなり、その多くの原因は「地元からの反響」「経済の不安定」だとされています。

そのうち、東京オリンピックの自転車ロードレース競技が山梨県と静岡県で開催されることが決まり、一般社会でも「自転車」に対しての関心が大きく向上しました。自治体が自転車の振興に力を入れるようになり、地域内でオリンピックを代表している自転車ロードレースの話題性が非常に高まっています。その状態を作った上で、いかに受け入れ態勢を整えられるかが、「レガシー」として五輪を引き継ぐ「自転車の聖地」の基盤になると考えています。

当時の栃木県「自転車王国」にはなかった、山梨県と静岡県ならではの強みは主に二つあります。

①は「一般社会を巻き込む力」です。1990年の世界選手権は、世界最高峰イベントとして、大きな前例を作りましたが、あくまでも「業界内での」最高峰だけであり、「一般社会を巻き込む力」は限られていました。オリンピックは、スポーツを超える世界規模のイベントとして、競技自体がマイナーでも、メージャーの効果を引き出せます。

②は「国際性」です。日本国内での戦いではなく、オリンピックだからこそ、「世界」視野に入れるようになっています。山梨県の場合は、自転車文化やホストタウン制度を通じて、特にフランスとの関係性が大きく全面に出ています。日本では

これからは栃木県に変わって、富士山地域が新たな自転車の聖地になるだけではなく、「一般社会を巻き込む力」と「国際性」を上手くマッチさせることが出来れば、山梨県と静岡県の取り組みをきっかけに、自転車ロードレース競技がメージャースポーツになる将来が見えてくるのではないでしょうか。

7月 04 2019

東京2020自転車ロードレースの「観戦禁止エリア」について

先週末、オリンピック組織委員会の方から東京2020オリンピック自転車ロードレース競技のテストイベントの「観戦禁止エリア」について公表がありました。結論からいうと、山梨県に関しては、道志村は道志みちの駅蕗周辺、山中湖村は平野湖畔と山中湖畔のみ観戦可能ということが明らかになりました。基本的には、道路上の観戦は危ないと見なされ、歩道のない区間は全て観戦禁止となっている設定です。結果として、コース上のどこを見ても、1km以上の登りで観戦できる区間は一つもありません。

極端に言えば、オリンピック組織委員会のスタンスは以下の通り︰

・競技フィールドに進入することは危険です。

・事故があった場合は、責任が主催側にあります。

先ず、それらの対策の実現性に関して疑問を持っています。

・道路上の観戦は禁止されますが、道路の脇は、禁止することが難しいでしょう。森の中から観戦すればいいのではないか、ハイキングコースを使って見ればいいのではないか、あるいは隣の土地に入って観戦すればいいのではないかという行動が発生するでしょう。

・距離もあって、安全確保を任される多くのスタッフは警備員ではなく、一般のボランティアです。その方々がどこまで対応できるかが予想できません。

・更に、海外から多くの来客が見込まれています。彼らは、「観戦禁止エリア」があることなんて想像すらしていないので、非常にがっかりするだろうし、彼らを抑えるのも簡単ではないでしょう。

・前例のない規模のロードレース開催なので、新たな基準となる部分が多く出てくるはず。本来、必要のないところに大勢のボランティアを配属するというのは、今後大規模の自転車大会を開催したときには、ハードルがとても高くなります(無理に近いです)。

オリンピックは、国家予算を使って開催されています。日本国民のお金を使う上では、社会に貢献できる前提での開催となります。オリンピックを開催するメリットとして、大きく2つがあります。

1.スポーツの普及

2.日本のPR

もちろん、完全に観戦できないわけではありませんし、放映されるわけでもあります。但し、そこで大きな問題点が2つ出てきます。

・1.スポーツの普及︰観戦できる平地区間は、集団が一瞬で通過して終わるので、慣れていない住民に競技の魅力を伝えることが出来ません

・2.日本のPR︰自転車競技を見慣れている世界中の視聴者がスカスカな道で開催される大会を見てとても驚きます(理解できません)

自分としては、つまり、スポーツの普及に失敗した上では、日本が世界に恥ずかしい場面を見せることになるのではないか、ととても心配しています。そうなってくると、わざわざオリンピックを開催する意味までなくなるのではないかというところまで考えさせられます。とても軽視できる次元の話ではないでしょう。

7月21日にテストイベントが同コースで開催されるわけですが、個人的には、失敗した方がいいのではないかとまで思うようになってしまいました。

私が自転車の選手になろうと思ったきっかけは、フランス国民として、思わず「自転車文化」に馴染んでいたからです。いわゆる「自転車の本場」(フランスではそんな表現は一切ありませんが)では毎年、2ヶ月間も続く夏休みが始まるのと同時に、世界最大の年次スポーツイベント「ツール・ド・フランス」が開幕されます。3週間に渡って、世界のトップ選手が自国の道路を駆けつけて、そしてそれは朝の9時から夜の6時まで公共放送を独占しています。何よりも、「ツール・ド・フランス」を生で見たことのないフランス人は珍しいです。なぜなら、無料で近くまで通ってくれるからです(「フランス一周」という意味ですからね)。130年以上の歴史を持つそんな自転車競技は、昔から「民族に一番近いスポーツ」として知られています。

道路沿い(あるいは道路上)で観戦するのが自転車競技です。言い方を変えれば、一般的には、自転車競技ロードレースの場合は、道路沿いで観戦できないケースはありません。自分が知っている範囲では、道路上の観戦が唯一禁止されたケースは2015年のLacets de Montvernierという峠です。理由としては、道路が狭い(4メートル)上で、ヘアピン(lacets)が連続していたからで、実験の意味も含まれていました(逆に、通常観客が溢れている登りで誰もいないのが新鮮で、放送時に意外な静寂が話題になりました)。それ以外は、毎年1億人超えの客数を誇るツール・ド・フランスは、観戦を禁止した事例はありません。もちろん、世界最大の自転車ロードレースイベントで観戦禁止エリアが設けられることが一切ないということは、格下の大会でもそんなケースはないというまでもありせん。

日本国内は、ヨーロッパと違って、そういった「自転車文化」は存在していなくて、自転車ロードレースもマイナースポーツと呼ばれています。それは、歴史や文化、様々な理由がありますが、社会の違いが大きく関係していると思われます。特に、欧州では「民族に最も近いと言われるスポーツ」=良い意味で「社会性の最も高いスポーツ」は、日本になってくると悪い意味で「民族に対して一番負担が大きいスポーツ」になってしまいます。「自分の家の前に来てくれる、無料で楽しめる理想の娯楽」から「長距離に渡って生活道路を止める分、儲けもしないスポーツ」という捉え方に変わります。それは、メジャー・マイナーの話以前にも、このスポーツの概念に関して(欧州の成功の理由に関して)の理解不足を表していると思います。

自分が思うには、「責任」に対する考え方が極端に異なることが、一番大きいのではないかというのがあります。ヨーロッパでは「自己責任」が基本となっていて、責任が行動を起こす人間にあります。日本では責任はグループ側が負って、環境を設ける人間にあります。その結果として、「問題があった場合」に対する考えが行動に先立って、否定から入るシステムが普及しています。自転車に限る話ではありませんし、「社会としてはありなのではないか?」という考えもあれば、「国際化に接するのであれば、否定から入るのでは意味がない」という考えもあるでしょう。

歴史の中では、どの国を見ても、オリンピックが黒字で終わることは一切ありませんし、むしろ社会に多くの被害が出る事例も多くあります。東京2020の開催は、世界中に日本の魅力を発信するために決まったはずです。オリンピックを開催する意味を、忘れられているような気がします。

1月 20 2019

山中湖サイクリングチーム

全てを込めたこのプロジェクトがいよいよスタートを切ります。

 

自転車を成り立たせようと、世界とは通じない独自のビジネスモデルに傾いてゆく日本国内か、頼り切りにしているけど、日本人には向いていない本場ヨーロッパか、二者択一に迫られている若手選手の状況、そしてどちらを選んでも過去10年の成功率がゼロに留まっている現実、そんな事実を踏まえた新たな取り組み、「山中湖サイクリングチーム」です。

 

このプロジェクトを通じて、人生に一度しか経験できない「オリンピック」、そして日本と世界をつなげる「富士山」を背景に、日本の自転車競技界が悩まされているこの厳しい現状に自分なりの解決を提供し、将来ではところどころ参考にされる見本にしていきたいと思います。

 

もちろん、一人でやっていく訳ではありません。半年前から支えてくれている地元の方々、そしてオリンピックの土地を訪れてきた多くのサイクリストが力を貸してくださっています。その感謝の気持ちを込めて、2月3日にチームプレゼンテーションと記者会見を行います。

 

参加は無料なので、是非このプロジェクトの誕生を一緒に生で見に来てください!

 

www.yamanakakocyclingteam.fr

1月 12 2019

自転車時代

私がこの職(山中湖村国際交流員、自治体のオリンピック調整役)に着いたことは、たまたまではありません。オリンピックコースの中心に選ばれた道志村、山中湖村、小山町、そして富士山地域は、ターニングポイントとなる歴史的なイベントを迎えるところだと思います。日本の伝統が深く影響されるわけではありませんが、「自転車時代」に入るところだと言っても、過言ではないと思います。

前日、2019年の全日本選手権がオリンピック・パラリンピックのゴール会場である「富士スピードウェイ」にて開催されることが発表されました。全面的に、行政(小山町)そして企業(オリンピックゴールドパートナーのトヨタ)の動きによって確定したことは確実で、「機運醸成」はあっちこっち聞くようになりました。この地域にとっては、課題とされている「離村傾向」に向き合う大きなチャンスですから。

オリンピックが開催されても、本番だけでは長期的な影響はないと思います。大切にしていかなければならないのは、「オリンピックがあるからできるようになること」または「レガシーとして継続性のあること」です。

「オリンピックのチャンス」というものは、大きく2つあると思います。先ずは、「一般の人に注目される」ことです。ジャパンカップ開催のきっかけとなった1990年の全日本選手権は、あくまでも自転車ロードレースを知っている人に関心されないイベントである中で、栃木県はここまで盛り上がってきました。オリンピックは、それ以上の影響力を持っています。誰でも知っている大会ですし、この地域ではこの自転車競技大会しかありません。つまり、自転車ロードレースのことを耳にしない住民はいないということです。それは日本の自転車競技会としては、史上初めての状況です。

2つ目は、「国際基準そのまま日本にやってくる」ことです。一般的にも重視される点ではないと思いますが、それこそ日本にとって大変な影響を与える要素になると思います。歴史的にもそうですが、特にスポーツに関しては、島国の日本は独特なシステムを持っていて、その影響で国際的に輝いているとは言えません。一方で、国際化がどんどん進んでいく中で、これから諸々と国際基準に合わせていく傾向が見えてくると予想できます。その中で、オリンピック大会を通じて、世界的に認知されている自転車競技を知るきっかけとなるでしょう。世界ではすでに成り立っているから、世界基準へと合わせていき、一気に差を詰めていく動きがようやく見えてくるのかもしれません。

これから「自転車時代」に入る富士山地域において、我々は大切な役割を果たしています。自転車に相応しい「貢献循環」を生み出し、社会へと上手く連携していけば、「車時代」を過去なものにしていける部分もあるかもしれません。これからの2年間で、どこまで物事を変えていけるか、とても楽しみです。

1月 03 2019

日本人を相手の大晦日

皆さん、明けましておめでとうございます!

フランス帰省は今日で終わりになります。合計14日間の帰省で諸々確認できたので、しばらく安心して日本に帰ることができます。

フランスで4年ぶりの正月は、相変わらず日本人を相手にしての越年でした。地元リヨン地域の北部に家族と一緒に住んでいる日本人最強選手の別府史之選手に誘って頂いて、フランス語と日本語で言葉を交えながら、4年前までに走り回っていた練習コースを一緒に巡って自分にとっては特別な大晦日でした。

別府選手は、仕事である自転車選手生活にとても真剣に取り組んでいるからということもあって、発信することはそれほど多くありませんが、日本のロードレース界の鍵を握っている一人の存在だと感じました。特に印象に残ったのは、史上最強の日本人選手であるかもしれないにも関わらず、多くの国内選手よりも、常に謙虚していることです。そういうことから、日本人選手としての活動ではなくて、世界で戦っている選手としての活動を重視していることが分かります。

上のレベレで戦えるようになるために、日本という心地の良い領域をわざわざ離れて、知らない業界の中で自力でちょっとずつ居場所を作ってきた選手です。尊敬する選手は、一人増えました。

12月 27 2018

日本における若手選手の育成

先日、地域密着型プロサイクリングチーム「那須ブラーゼン」が下部組織として、「那須ハイランドパークレーシングチーム」の発足について発表しました。Jプロツアー改革の中では、チーム単位で育成へと力を入れていく動きは、とても応援している一つの要素です。

但し、日本国内で普及しつつある地域密着型組織に伴う選手育成に関しては、世界的に成功している育成モデルの経験から、いくつかの疑問を持っています。下記の注意点を是非指導者にも若手選手にも一度でも読んでいただきたいところです。

1. 教育の責任

日本で聞いてショックを受けた話から本題に移りますね。ある国内チームの名監督が、プロ選手になりたいからと言って、ある若手選手を強制的に休学させた話です。

経済的に成立していない日本国内の自転車競技の指導者として、若手を自らチームに歓迎するにつれて、責任が生じることは当然かと思います。特に未成年の場合は、親の承認があっての育成ですから、「プロ選手になれる」と確実に言えない中で、子供を休学させるには相当の責任を取らないといけないはずです。プロレベルの自転車競技は、数多くのスポーツのように、とても限られた人数しか手にできないものであって、プロになれなかった若手選手、そしてキャリアを終えた選手は、何れ別の方法でご飯を食べていかなければならない時期が来るわけですから。教育は人の人生を決めるぐらいの要素ですから、決して軽視できることではありません。

そう考えると、安心して自転車競技に取り組むには、「アフターキャリア」を安定させておく必要が良く分かります。

2. 選手の精神面

「デュアルキャリア」という言葉はサラリーマンレーサーに限る言葉ではありません。ツール・ド・フランスで2位に輝いたロマン・バルデ選手は、2年前までは大学院生だったのです。日本では常識外だと思いますが、フランスではそういう事例が少なくありません。自転車競技をすぐに引退したとはいえ、自分こそ文武両道を無事に果たしてきた「プロ選手」の一人で、バルデ選手等を育てたAG2R la Mondialeの下部組織チームに所属していた頃は、選手の一つの義務として所属選手15人全員が大学生でもあったのです。

自転車選手というのは、練習の平均週間時間はおよそ20時間、多くて25時間です。実際には、午前中に4時間乗っておけば、午後は暇なんですね。それでは、勉強する時間が十分にあります。日本で両立できないのは、「勉強〜競技」両方が合わせにくいからですが、優しい環境があれば、スムーズに両立できます。具体的には、フランスは許可指定選手であれば、時間割が自分で組めたり、出席の義務がなかったりします。個人的には、大学一年生は月曜日に8時から20時まで、そして火曜日に8時から14時まで全ての授業を集中させて、それ以外は自由だったので、プロに相応しい練習をこなしながらいつの間にか卒業した感じです。

大学院に通ってもツールで2位になれるということなの?と思っている人が多いと思いますが、そういうことなんですね。フランスはむしろ、自転車だけしかやっていない選手の方は、イメージが悪い常識があるのです。自転車競技は、常にうまくいくものではありません。特に本場ヨーロッパでは、競技の密度が非常に高くて、とても高い精神力が問われるし、トップ選手でも少しだけでも調子が悪かったりすると千切れてしまいます。落ち込むと悪循環に落ちてしまい、断ち切るのがとても大変で、そういう場合は自転車以外のことでリフレッシュできる選手が圧倒的に有利です。精神のバランスというものですかね。

3. 嘘っぽいプロの境目

注目して頂きたいもう一つの要素は、「プロ」という言葉の意味に関してです。「プロ選手」とは何でしょうか?様々な意味を以下の図でまとめてみることで、とても曖昧な概念であることが良く分かります。

UCIが定める国際基準の「プロ」

->自転車国際競技連合「UCI」としては、「プロ選手」はプロコンチネンタル以上の登録チームの所属選手に限ります。それ以下の資格(コンチネンタル、Jプロツアー含めのUCI未登録チーム)はプロではないことは、国際的な常識です。

そういう基準でいけば、日本人のプロ選手は合計10人もいません。

自転車だけに集中しているからまたは報酬を得ているから「プロ」

-> プロコンチネンタル以下のレベルでも、報酬を得ている選手もいるので、プロだとは言えるでしょう。しかし、世界ほとんどの国では、UCI資格がない限り、報酬を得ているからと言ってプロとは言いません。クラブチームでたとえ月15万円を得ているとしても、あくまで「アマチュア」です。なので、曖昧なところは「コンチネンタル」登録の選手です。日本では、コンチネンタル登録をしていても1円も得ていない選手が大半です。フランスでは逆に、連盟によって規制されているため、コンチネンタル登録選手は全員最低賃金(国の就業規則に従うプロ契約)を得ていることが条件とされているため、コンチネンタルレベルでも全員「プロ」とは確実に言えます。そしてベルギーでは、同じコンチネンタルチームでは選手はプロ契約とアマチュア契約で別れています。国の連盟が定める規定によって全面的に違います。

専門知識があるから「プロ」

-> 日本では、「専門者」のことを「プロ」と名乗りやすいです。資格と関係なく「プロ」と名乗った方がビジネスに良いですからね。連盟が何も管理していない現在の日本では、ある意味、この言い方は成立します。但し、本当のプロとは程遠くてもJ「プロ」ツアーだからといって誇りを持って「プロ」だと名乗っては、大きな勘違いです。指導者も関係者も全員そうですが、そう言われてしまう若手選手の価値観が大きくズレてしまうんです。「世界プロ」とは明らかに大きな差があるので、本来はJプロレベルでも育成すべきことがたくさんあるはずですが、「プロ」と名乗っている選手を育成するのは、プロとしての信頼性がなくなりますね。だから、「Jプロツアー」で強くなりたい選手〜強く育てたい指導者は、この空々しい業界に騙されることなく、自分の中で「本当は全くプロではない」と忘れてはいけません。

(本当の意味での)経験のある人がしっかりと国内の選手育成循環を導いていかないと、変な方向に傾いてしまうことが私の心配です。そういう意味では、前例を作っていくことが、自分も含めて、本場の知識を持っている指導者の義務だと思っています。

12月 25 2018

フランスに帰っています

19日から、フランスに帰っています。

1年半振りのフランス。前回はインタープロ時代、2017年の春に行ったフランス遠征。

当時は、自分と当時の監督であったフローラン監督と一緒に計画して、実施した1ヶ月間のレース遠征だった。自らUCIコンチネンタル登録の手続きを果たしてプロ資格を手にしたばかりのチームが、初のヨーロッパ遠征としていきなりフランスの1クラスを連戦したわけですが、責任を持って自腹で海を渡った上に、選手に専念できない環境の中でツールドフランスへの選抜を狙う選手を相手にするという、とても無理のある出張だった。案の定、無理をしてインフルエンザを発症して、フランスのことを全く楽しむことができなかったのが前回のフランス帰省。

日本に来てそろそろ3年半、更にフランスを出て4年になるけど、パリのシャール•ド•ゴール空港に着いて、故郷に帰ったどころか、海外旅行をしているかのような気分だった。この4年間、自分がどれぐらい変わってきたかが良く分かった。

パリとは相性が悪いというのもあることは間違いないけど、周りの人の行動に驚いたり、失礼に思ったりと、日本に来る前に感じていたことの感じ方まで忘れたかのような感覚だ。つまり、自分の中では当時の価値観が消えているということだろう。フランスも日本も、両方を自分のものにすることができたのか、両方とも失ったのか、どちらかが良く分からない。

いとこにパリを案内してもらった。半分パリ人である彼はきっと、「こいつ、向こうで頭がおかしくなったじゃないか?」と思いながら会話をしてくれていたと思う。

バスの中で、大きい声で通話している周りの人のマナー、運転手のイマイチな喋り方、この運転手に「タバコ吸いたいから休憩しろ」と要求して、とんでもない文句を言うお客さん、すべてを恥しく思ってしまう。お前ら何様だ?と叫びたくなる自分までムカついてくる。

一日目だけで、フランスを出て行った理由、そして日本が好きになった理由、良く再確認できた。

とは言っても、フランスは母国。生まれて、20年に渡って育ってきた場所。それは簡単に消せる事実ではない。縁のある場所に帰ってくると、やはり懐かしくなるし、本来の自分は誰なのか思い出してくる。そして、日本にいる間は、こちらでも時間が経っていくという事実も…

次は1年後なのか、2年後なのか、5年後なのか分からないからこそ、こちらで過ごす僅かな時間を思いっきり満喫する。自分を育ててきた環境がどう変わってきたか、自分がどう離れていったか、好きな人がどう生きてきたか確認して、自分の居場所に戻ってくる。

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