5月 28 2018

外国人選手の意見 第9回

(c) TOJ2018

ゴールスプリントで起きる落車:どうすれば避けられる?

 

昨日、ツアー・オブ・ジャパン東京ステージを観戦してきましたので、そのついでに、オープニングレースとして行われていた実業団レースで先月までトレーニングを指導していた若手選手の走りも見てきました。しかし、出走していた3人全員落車の影響を受け、そのうちの一人は骨折の恐れもあるなんて酷い結末となりました。落車の事情についてはなんとも言えませんが、色々とまとまらない話を聞いたり、読んだりして、決して軽視できる話ではないので、少し整理をする必要と感じました。

TOJのプロ選手たちが120キロにわたり回り続ける7キロの周回コースを利用し、9時15分からアマチュアの選手たちを集めているE2クラスターとE1クラスターの2レースが、それぞれ3周回(21km)と4周回(28km、最終的にE2と同じく3周)にて競われました。2レースとも逃げができないまま、ゴールスプリント勝負になり、ラスト1kmで大落車が起きました。そのあと、多くの観戦客が訪れたTOJの東京ステージでは、何の落車もなく熱いレースが無事に開催できました。

実は、コースを見たとたんに、「それは絶対に落車する」と予想していました。間違いたかったですが、案の定落車が起きてしまいました。

 

要素1:競技者の技術が問われる。選手側は責任感を忘れてはいけない。

勿論、そう考えると、一番最初に思い浮かぶのは、選手の技術の差。「プロ選手は走り方が正しいからスムーズに勝負できるけど、アマチュアの選手は基本すらできていない上で命にリスクを負ってまでレースしている当然の結果だろう」なんて読んだり聞いたりしました。そして全ての原因を調べようともせずに、身体傷害が多く発生していることから自転車競技が危険なスポーツだと結論を下す、「安全第一」にこだわっている日本の警察もいます。(それが良いか悪いかを別として)

それは間違っているとは言えません。しかし、それを落車のたった一つの原因にするまでは、結論付けが少し早いと思います。選手側の責任があるのは否めないことですが、他にも原因がないか、改めて考えてみましょう。

 

要素2:位置争いに関われる人数に限界がある

もう少し考えてみると、スムーズにいったTOJのゴールスプリントとアマチュアのゴールスプリントは、技術以外にも違いがたくさん見つかります。先ず、チームが組織的に動いていることで、狙いに行く選手は各チームのエーススプリンターに絞られています。早い段階から、各チームの位置争いが激しいですが、ラスト1kmに入った時点で、勝負に関わる選手が既に減っている状態です。つまり、最後の直線で全選手が同時に上がろうとするのではなく、位置取り争いに関わっている人数がラスト5~10kmに渡りスムーズに配分されています。

従って、組織的に動いていないアマチュアレベルでは、どうすれば位置争いの密度を減らせるのか?というのが正しい質問だと思います。

 

要素3:コーナーがあると、集団が伸びる

先ずは、危険なコースはそれで危険ですが、コーナーがあることによって、集団が伸びるので、密度が減ることにも繋がります。逆に言うと、コーナーのない、道幅の広いホームストレートの方が安全だと思うかもしれませんが、道幅が広ければ広いほど番手を上げる余裕が出るので、番手を上げる動きをする選手の人数が増えます。そうなると、集団の緊張感が増えるので、落車の可能性が上がります。それに関するリスクを下げるには、大人数のスプリント勝負になりそうな場合は、ラスト2キロ辺りで道幅が狭い区間を入れるのが良いかもしれません。

 

要素4:力の差が少なければ少ないほど、集団の密度が高い

選手の技術が上がれば上がるほど勝負が安全と思うかもしれませんが、実は世界最大のレースであるツール・ド・フランスも同じく、集団の密度の問題で第1ステージのゴールスプリントでの落車の比率が圧倒的に高いです。それ以降のステージでは、密度が少し減ることで、スプリントでの落車の比率が減る傾向があります。第1ステージでは、全ての選手はフレッシュな状態で最後の勝負に入るので、「チャンスだぞ」と考える選手が多いからです。距離や難易度を上げることで、色々なレース展開が生まれます。集団スプリントで勝負が決まることが確実ではないので、逃げを狙う必要が出てきて、大集団のスプリントになった場合でも、最後の勝負に関われる選手が少なくなります。

 

まとめ:とういうことは、どうすればいい?

JBCFのレースの場合でも、草レースの場合でも、上記のことは全く考えていない気がします。技術の足りない選手を、21キロしかない、テクニカルでもない、道幅が広いコースで競わせるのは、落車が生まれる可能性が圧倒的に高いのです。難易度の低いレースは距離を60km以上に持っていかなければ、展開がなくて力の差がないままゴールに突っ込んでしまうので、落車に繋がる責任は主催側が負うべきだと思います。21kmのレースだけで、集団走行の経験が積めるわけではないので、同じ問題が繰り返されるだけです。

しかし、選手側も責任感が全くないようです。単にロードレースとは何か理解度が足りないからだと思います。それも、学べる環境が揃わない限り、なかなか改善が見込めません。選手に、現在どのような環境を揃えているか、それが本当に良い環境なのか、考え直すべきところがないのか、自転車競技界を管理しているJCFとJBCFに考えて頂きたいところです。

 

5月 15 2018

東京ヴェントス退団及び選手現役引退のご報告

東京ヴェントス退団及び選手現役引退のご報告

 

2017年9月からプレイングコーチを務めていた東京ヴェントスですが、この度4月を持ちまして退団することになりました。

3年前、2015年9月14日、ルーマニアでプロ選手生活を終え、日本の中央大学にて留学のため来日しました。そして次の日、3年後の今でもいまだに二人暮らし生活を送っている女の子と初めて出会い、この2日間で私の人生が完全に変わりました。

人生に意味を与えてくれたこの女の子が当時、辛い時期を過ごしていたこともあり、彼女の側にいるべきだと判断し、留学が終わった後でも帰国せず、受け入れてくださったこの日本にどうにか恩返しができないかを考えてみました。今まで積んできた本場の自転車プロ選手の経験を活かし、自転車を通じて日本に貢献できるよう可能性を尽くしてみました。

しかし外国人として日本に滞在できるにはビザが必要であり、ビザを獲得できるには様々な条件(最低賃金、実務経験など)を満たす雇用契約が必要です。

そんな中、2017年9月に救ってくださったのは東京ヴェントスの二戸監督です。入国管理局に何度か一緒に通ってくださった末、ようやくビザを手に入れることが出来ました。その感謝の気持ちを込めて、シーズン残すところ1ヶ月だったにも関わらず一生懸命選手生活に戻り、初戦の秋吉台カルストロードレースで11位に入り、最終戦の群馬大会までプロ時代の体力を戻すことができました。

勝ち逃げでレースを進ませていた最中のメカトラでシーズンが終わってしまいましたが、2018年こそ一勝をあげるために、冬はほぼオフを取らずに、チーム練習を指導したり、選手のトレーニングメニューを組んだり、内部の仕事をしたりと、自分の練習であろうと、チームの仕事であろうと、毎日朝から夜までチームのために頑張りました。頑張れましたのは、良い環境を与えて頂いており、感謝とモチベーションの気持ちでいっぱいだったからです。

しかし、2月からいきなり二人の即戦力の選手が怪我のため自転車を離れざるを得ない状況になり、経済状況も予想以上に辛く、そして更に自分も落車の影響で骨折してしまう等と、チームにとって厳しい状況になってしまいました。4月下旬に、二戸監督から来月から雇用するのが難しいと報告を受け、活動が出来なくなりました。

解約されるということは、ビザの有効期限内(10月まで)に新しい勤め先を見つけないと、在留できなくなるということなので、少しだけ安定してきていると思っていた私の状況が元に戻されました。その中でも、サポーターさん、スポンサーさん、チームの関係者の皆さんに恩返しが出来なかったこともあり、無償でも走り続ける提案をしましたが、拒否されました。

結局、2018年シーズンで東京ヴェントスの一員として走った公式レースは3戦のみ(14位、10位、9位)。プロ選手に相応しい練習を積み、ようやく本場プロで走っていた頃のレベルに戻ることが出来、勝利をあげるチャンスが見えてきていただけにとても残念ですが、調子が上がり切らないまま選手生活が続けられない状況になってしまい、最後のレースとなる修善寺ロードレースの9位がJプロツアー最高位のままです。そして将来のビジョンを持って一緒に立ち上げてきた今シーズンの東京ヴェントスですが、結果が出る先に私が作ろうとしたことが次々に崩れてしまい、選手の面でも、内部の面でも、完全な失敗で終わってしまったのが辛い事実です。

日本の地域密着チームの一員として活動させて頂いたことは、一生忘れられないとても充実した経験でした。特に印象に残るのは、サポーターの皆さん、チームの関係者の暖かいサポートです。短時間でしたが、良い姿を見せられた数少ない時間を誇りに思っています。期待に応えられず、何の貢献できないまま終わってしまい、誠に申し訳ございません。

誇りに思っていることは一つしかありません。一月からずっと指導させて頂いた下部育成チームヴェントスフレッチャの若手選手が、シーズンが開幕してから見事に成長しており、毎回勝利を上げていることです。彼たちの努力の結果に他ならないと思っていますが、「ありがとう」といってもらったときは、泣きそうになりました。

自転車は未だに愛しているし、今までできなかった恩返しをようやく果たしたい気持ちも未だにありますが、所属チームも、機材も、収入も、在留資格も、健康も?全て失ったので、今の状況だと競技に復帰するのはとてもあり得ないため、東京ヴェントスを退団すると同時に自転車選手を引退することになります。

これからは、彼女の側にい続けられるよう、少しだけでも安定している将来が見込められるよう、頑張っていきます。

今まで、ありがとうございました。

 

トム

 

 

 

 

 

4月 09 2018

チャレンジロードレース 19位

実業団のレースの次に、昨日はまた修善寺でのロードレース、チャレンジロードレースに参戦してきました。Jプロツアーではないので、いつもと違う選手を相手にするチャンスということで、楽しみにしていたレースの一つです。しかし、狙っているのはJプロツアーだし、1週間前から落車の怪我を治療していることもあって、コンディションを少し落としたままの参戦だったので、とてもきついと言われているコースでどれぐらい通用できるか、そして前日手首の調子があまりよくなくて、本当に安全にレースを走り抜けるかどうかという不安も大きかったです。

日本人選手は中学生時代から修善寺の5キロコースをずっと走っていますが、実は自分は初めてで、とても特徴的なレースだと何回か言われたことがあるとはいえ、実際はどんなレース展開なのか想像がなかなか付きませんでした。序盤から前で位置をとって、一周目はまだフレッシュなので付いていけないことはないが、最初からきつくて余裕は全くない。一旦、内野さんを含む10程の集団が少し先行するのを確認して、ブリッジできる位置にいるも、ここで動けばそれで終わる可能性が高いと判断して見送ることに。それが吸収されて、3周目辺り?で同じパターンで再び数人が飛び出すも、そのときは更に余裕がなくて、死ぬか生き残るかの問題で頭も脚もいっぱい。それが10秒、20秒、30秒と差を広げて、結局勝ち逃げになる。この時点では、序盤で動いてくれた内野さんもなくなっているし、残っている高木、伊藤、自分は一緒に後方で苦しんでいる状態。それじゃまずいなと思って取り戻す動きを考えても、余裕がなさすぎて耐える以外の作戦はなかなか思いつかない。このコースの特徴って、そういうことなんだ…と苦戦しながら耐える。

ハンドルを上手く握れない右手が少しずつ痺れてきて、感覚がなくなる程になるので、時々感覚を戻すために手を振りながら千切れかけて、ぎりぎり下りきったところで追いついた場面もあったけど、結局登りと下りで上手く「亀の走り」をして千切れずに周回数を減らしていく。半分経過のところでタイム差が遂に1分にまで広がって、諦めかける選手が出てきてペースが少し緩めるからか、自分が少し回復できるからか、余裕がやっと少しだけ出てくる。そこで、秀峰亭の登りで飛び出して一人で苦しそうだったチームメイトの高木さんにブリッジを狙って、登りの起点から全力アタック。無事に追いついて、チームメイト同士でローテンションという楽しい場面になる。下りに入る時点で10秒弱開いたかな?と思うところだけど、下りと次の秀峰亭で差を詰められて、ゴールの手前で吸収される。それが失敗していれば、それ以上に余裕がないので、ラスト1周までは動かない方が良いということになって、再び「亀の走り」をすることに。

ラスト一周は、同じところで全力アタックを図るが、アタックをかけるタイミングで前の選手がいきなりラインを変えてきて急ブレーキをかけざるを得ない。しかたないので、勝負の練習ということで普段得意とするけど日本にきてからできなくなってきた登りゴールスプリントに挑んでみることに。しかし残り400mでまさかラップされるアンダーの選手に閉められて再びブレーキかけされる…脚があれば、それでも前に戻ってスプリントをかけることがきっとできたが、今の調子では先頭付近に戻るだけでいっぱいになって、前方に付いていくことしかできないまま19位でゴール。

怪我の影響もあったが前回の修善寺の9位よりパフォーマンスが落ちたことは確実です。チャレンジロードのデータも、今日の練習のデータも見てみると、1月と同じぐらいのパフォーマンスだということが分かります。しかしそれはこれからの実業団レースを見据えて休養を取っておいたからでもあって、怪我が完治すれば、何の心配することもありません。逆にタイミングが良いと思うし、順調に練習していければ、群馬大会までに最悪前と同じぐらいのパフォーマンスを取り戻すことが出来そうだし、更に2週間後の宇都宮大会ではピークに近いコンディションで挑めそうです。今回はチームを引っ張ることがなかなかできなかったが、本番というわけでもなかったので、今度こそ生き残るのではなく勝負をしたいと思います。去年の群馬ではとても余裕の感覚で勝ち逃げに乗っていたところ、ディレーラーがいきなり壊れた辛い思い出もあって、リベンジを取る気満々で挑んでいきます。

3月 19 2018

JPT 修善寺ロードレース

いよいよ本州での自転車ロードレース競技シーズンが今週末日本サイクルスポーツセンター修善寺の方で行われました!2月下旬に開催された沖縄ロードレースで本当の開幕でしたが、全チームが揃っておらず、JPTレベルで各選手がどれぐらい通用できるかを知るのは日本で一番きついと呼ばれている今回のコースでした。

ヴェントスとしては、本来はエースクライマーのAlexandre Ballet選手(アレックス)で狙う予定でしたが、シーズンを始める直前で腰と膝を同時に痛め、椎間板ヘルニアが判明したため、一時的にスイス帰国し地元で治療することになりました。そして、今回は自分に相応しいコースだったとは言えないにしても、エーススプリンターの古田選手も事故で怪我をしたため6人での出走となりました。

出走メンバー

内野直也 高木三千成 伊藤舜紀 増田弘誠 今田崇史 自分

1日目は80km(10周回)、2日目120km(15周回)といういつもの感じで2日間にわたって同じ8kmコースを走り回りました。

 

修善寺ロードレース、Day 1

自分の出走サイン忘れで3周目に入ったところで失格になったのでレースレポートと言えるぐらいのものを書くには内容が薄すぎますが、調子の良さと、コースの難度を確認するには十分でした。結果を任せられている私がいきなりいなくなったことで、チームメイト、サポーターに対して、申し訳ない感でいっぱいです。出走サイン忘れで失格されるのは初めてですが、本当はいつかなるんじゃないかな、といつも心配していました。その日は土曜日に至ってしまいました。勿論、完全に自己責任です。

朝のレースで、練習メニューの細かいところまで日々育成をしているフレッチャの有村選手が実業団2レース目で2連勝を果たしたこと、そして各選手に指示~アドバイスを出したり、応援したり、チームのSNSで投稿したりすることで自分のレースに必要な基本的なことを忘れてしまいました。自分自身レースがある日にコーチ、記者、写真家という色々な役を担うことはなかなか選手で問われている集中力と両立できない、と気づかされた一日でした。自分の得意な短い登りで力勝負になったこのレースを横から観戦することが非常に辛くて、顔を出すことが出来なかったが、幸い次の日にもレースがあって、そこで悔しさをぶつけることが出来るし、チームメイトに対して、そしてこのチームで自分の役割に対して、落ち込むことは絶対に許せないので、すぐ気持ちを切り替えて、冷静モードに戻るようにしました。

 

修善寺ロードレース、Day 2

2日間のうち1日のチャンスを無駄にしてしまったということで、ここで絶対に失敗したらいけないことが頭から離れません。しかし、今の調子にかなり自信があり、心配しているのは、去年の前橋か群馬のようなメカトラブルしかないし、その分他のチームにマークされることはないし、自分だけ脚が削られていないので、常に先手を打つ作戦で挑戦することにしました。

先手を取るからと言って、タイミングを甘く計っても良いわけではないので、スタートからレース状況を常に確認できる範囲で走るようにする。一周目は前日よりペースが遅いも、まだ我慢する。たまたま先頭で走っていたところ、宇都宮ブリッツェンの鈴木龍選手が2周目の一番きついところ(登りの起点)でアタックをかけるのを確認し、それは絶対に決まるぞと思いすぐ付いていく。予想通り差が一気に開くにも関わらず、頂上までとんでもないペースで登り続ける(1分48秒468w!)。これぐらい追い込んでいれば、しばらく追いつかれることはないだろうと思い、後から数人が合流して逃げ集団が18人にまで増えるも、メイン集団との差がどんどん上がり、6周目ぐらいのところ?で6分半にまで広がる。

優勝者がこの集団にいろに違いないと思っていたところ、チームメイトのミッチーを含む3人の選手がいきなり現れてくる。6分以上というタイム差にも関わらず3人で追走してブリッジに成功したようだが…それはさすがに脚を使いすぎだろうと思った通り、残念ながらペースが上がって11人に絞られた時点で再び1人という厳しい状況に戻る。

序盤からかなり余裕を持っていたにも関わらず、感覚が徐々に悪化してくるので、積極的に補給に力を入れながら、下りを上手く使い常に「亀の走り」をして(登りで下がる、下りで上がる)脚を溜めることに専念する。しかし、溜めすぎたせいか、激しいアタック合戦の極点で差を少し許しすぎて下りで攻めても詰めることが出来ず、後手に回ってしまう。序盤からめちゃくちゃきつそうな顔をしていて自分と相当力の差があるな、と思っていたヴィクトワールの白川選手が今になってまさか私と同じぐらい辛そうに見えてきた。共に後手に回った4~5人の選手と協力し1周ぐらいで合流して再び先頭で戦うことに。

白川選手がいなくなり、自分以外はマトリックス、シマノ、ブリッツェンの選手しかい残らない状況になる。それでも「先手を打つ」ということで、下りだったり、道の幅だったり、色々と技術を使って冷静に攻める走りをする。すると、反応している回りの選手が相手チームの存在に気にしている関係で、後手に回ることなく体力が保温できる。有力チームが激しく競い合い続ける状況がしばらく続くも自分はまだ付いていける。

少しづつ、2人しか残していないマトリックスが後手に回る状況に持ち込まれることが多くなってくる。そのまま続ければカウンターに付いていくだけで先頭に残れるという単純な展開になってくれると思っていたが、マトリックスのアイラン選手が思ったより強く、対応できなくなる時がやってこない。そのまま行けば脚を削られる一方だ…と思って予想通り一番きついところでアタックが決まる動きに乗れず4人の選手を逃がしてしまう。

勝負には届かないことが分かり、5位を取る作戦に切り替える。追走の選手は全員かなり疲れていて、アタックがほぼかからないままラスト一周に入る。自分的には、スプリント勝負が一番おいしい展開だと判断し、脚を溜めるも、最後の登りでまさか後ろからブリッツェンの譲選手が戻ってくる!いきなり予想していなかった状況に変わり最後の最後で後手に回って下りに入る直前できつそうだったシマノの小山選手と一緒離されてしまう。結局小山選手を引かせてから先行するも、狙っていた5位に届かず9位という中途半端な結果で終わってしまう。

6位でも9位でもポイント数が変わらないし、今までの中で最高位でもあるし、チームの順位にも貢献できたので、満足できる結果かなと思います。しかし、本来の目的はブリッツェン、マトリックス、シマノに食らいついていくことではなく、しっかり相手になることです。そう考えると、まだまだ足りていない部分もあり、現時点ではチームからは安定した走りを頼まれているが余裕が出てきたらもっと攻める走りをして、前で勝負をしたいという気持ちが一番強いです。チームの若手選手を成長させ、アレックスが復帰すれば、東京ヴェントスが有力チームの一つとして認めてもらえるのではないかと思います。そのために、もっともっと頑張っていきたいと思っています。

 

 

3月 02 2018

外国人選手の意見 第8回

先日、沖縄でJプロツアーの開幕戦に参戦してきました。(レースレポートはこちら、チームのレポートはこちらとこちらです)

当会場での初開催、そして沖縄での初開催ということで、Jプロツアー及び国内の自転車ロードレース業界にとっては、自転車ロードレースの幅を広げるという意味では大きな進歩が出来たと言っても過大ではないでしょう。

一部公道を利用したコースでこんな質の高い大会を無事に開催できたのは、多くの関係者やボランティアの方々の動力の結果なので、先ずはこのイベントを実現することに貢献した関係者の方々に感謝しなくてはいけません。沖縄には、参加したことはないが好評しか聞いたことがないツール・ド・沖縄がありますが、ツール・ド・沖縄だけで自転車に対しての理解度を上げられているかというと、そうではないので、この2つの全国規模の大会の元に、沖縄でレーススケジュールと言えるぐらいのものが少しずつ発生し、県民の理解度も上げていくという好循環に繋がることを願っています。

但し、この開催が出来たのは当然、とても幸いなことだといえども、主催側の動力とは関係なく、大会の質に悪影響を与えた点、または自転車業界の発展に繋がったとは思えない点もありました。良かった点は良かったということで、この場では弱点にフォーカスさせて頂きたいと思います。

 

安全対策が危険を加えるという意外な矛盾

4.5kmの周回コースの中では、両側に深い溝がある区間がありました。そこにホイルが挟まらないように、全面両側に工事コーンが並べていて、集団走行では非常に危険でした。そして溝のところだけでなく、工事があった区間にも(工事のことは別にして)、全く何も問題ないはずだった登り区間に入る手前にもコーンが多数置いてありました。幸い落車はありませんでしたが、特に短距離で集団の緊張感が高かった一日目では、落車に繋がりそうな動きを何回か見かたし、オンボードカメラにも何回か映っています。

恐らく、「溝に落ちるよりはコーンにぶつかるのがまだマシだから、ないよりはあった方が良い」という考えでしたが、実際に集団走行を知っている人は、そう思えません。溝がある場合は、勿論そもそも横に余裕がないので危険ですが、コーンの場合は、コーンがあるところもないところもあって、集団で走っている選手はコーンがないところ(次のコーンまでの間)を使いがちです。そうなると、次のコーンにぶつかりやすくなります。そして、溝と違って、コーンが真っすぐ並べているわけではないので、先が見えない集団走行では、コーンの位置を予想することが出来ません。特に、コーンに当たって動かしてしまうこともありますから。また、コーンにぶつかったからと言って、溝にも落ちるリスクがないわけではないし、大落車に繋がる危険もあります。

ただ、主催側が危険なことをしたということではありません。恐らくですが、主催側、またはJBCFの中には集団走行の経験がある方もいらっしゃると思うので、コーンを置いた方が危険だと思った方はいたと思います。しかし、溝があるから危険なので、何か対策をしないと開催をさせられないと、警察からの声があったのが原因ではないかと思います。

その場合、「参加者の安全」よりも、警察が「何かあった場合の責任」を考えたのではないかという気がして、そういう考え方は本当に正しいのかというと分かりません。(または警察が集団走行においての危険~安全を理解していないのも原因かもしれませんが、その場合は知識のある方に頼ってほしいところです)

ロードレース大会の開催に限らないことだろうと思いますが、公道が当然なフィールドになっている自転車ロードレースの発展においては、警察の理解度(ということは社会の理解度)がまだとても低いことが分かります。

今回は「ロードレースでは何が危険、何が安全」に関しての知識不足という意味での理解不足の話ですが、「ロードレースには社会に対してどんなメリットがあるか」といった点等にも理解して頂きたいところもあります。

まるで予算順の着順となった今大会

沖縄で開幕するということで、気温が暖かい、合宿と合わせられる、新たな環境で走れるという、様々なメリットが生じます。しかし、そんなメリットには価格もあります。本州での遠征よりは、航空券、レンタカーまたはフェリー等の出費が加わり、3倍ぐらいかかるといっても過大ではないし、2019年からチームの負担が増える(こちらを参考に)と考えると、ほとんどのチームにとっては今回の大会に参戦することが軽視できることではない、むしろ危険なことです。

簡単に表すと、フールメンバーで参戦したのは宇都宮ブリッツェンのみです。那須ブラーゼンとシマノレーシングは1人の選手が怪我を治療しているため7人の出走でしたが、それとブリヂストン以外全てのチームは最低限の出走人数での参戦(ヴィクトワール広島、私たち東京ヴェントス)か、選手負担の遠征にすることを決めました。更に、単純に参戦しないことにしたチームも多数ありました(リオモベルマーレ、キナンサイクリングチーム、去年首位のマトリックスパワータグ)。公平性という意味では、満足できる状況ではないでしょう。

そもそも各チームの中で体力の差が大きい日本のプロ?チームを集める大会ですが、更に金銭的な負担をかけて人数の差も拡大させると、スタート前から展開も着順もほとんど決まっている大会になってしまいます。フールメンバーで参戦していたチームが一日目は8位まで、2日目は6位まで上位を独占しました。その中でも、2日とも着順が予算順になっています(ブリッツェン、ブリヂストン、シマノ、ブラーゼン)。Jプロツアーは、「栄光のジャージを掴む為に、すべてを懸けたJライダーのドラマ」と誇っていますが、今回は大規模のチームが小規模のチームを潰している他にドラマが見られませんでした。

国内しか目指さないと、海外しか目指さないチームに別かれつつある日本国内トップチーム

先週末で気になったことがもう一つありました。国内最高峰を誇っているJプロツアーには数多くのチームが参戦しないことを決めた中、同会場で開催されていたオープン参加の市民レースには学連首位の鹿屋大学、アジアツアー1位を目指している愛三工業レーシングチーム、そして全日本チャンピオンまでの参加があったことです。

所属しているチームが登録していないからそれは当然の結果、と言われると思いますが、実は2~3年前は日本のトップチームにとって日本のトップリーグのJプロツアーに参戦することが当たり前のことでしたが、現在はそうでもない、むしろ更にそうでなくなる傾向があります。

今大会だけでいうと、日本のトップチームの中では参加していなかったチームが以下の通り:

・Nippo-Vini Fantini(特別枠)不参加 (未登録) ・Team Ukyo  不参加 (未登録) ・Kinan Cycling Team 不参加 ・Bridgestone Cycling 参加 ・Matrix Powertag 不参加 ・Utsunomiya Blitzen 参加 ・Aisan Racing Team 不参加(未登録) ・Shimano Racing 参加 ・Interpro Stradalli Cycling 不参加(未登録)

勿論、本州に戻った時点で参加人数が少し増える予想ですが、今回は負担が少しだけ上がった結果なので、2019年以降チームの負担が2~3倍上がると考えると、そしてJプロツアー登録に関わる出費が合計500万円に近い割にUCI登録が80万円「だけ」にという状況になると考えると、国内で戦いたいチームと海外を目指しているチームの2組にはっきり別れていくのではないかと思います。

そうなると、トップPでないチームが登録できなくなることに加えて、登録費の増額が登録チーム数の落下に繋がって、発展する代わりに崩れてくるパターンがとても見込めるのではないかと強く思っています。

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2月 27 2018

JPT 沖縄ロードレース

今週末は今シーズンを通じて主な目標となるJプロツアーがいよいよ沖縄で開幕されました!

東京から南国に移動して、半袖で走れる、観光もたくさん出来る沖縄!それより良い開幕はないだろう!

と主催側が考えて開催を決めただろうが、本当はそんなに喜ぶことではありません。

チームとしての出費が本州内の遠征より3倍ぐらい高いので、フルメンバーで行くことは考えられません。しかし、チームの発展を考えたときは総合ランキングで好成績を残す必要があることも否めない。本当は、去年総合首位チームのマトリックスパワータグのように、3月に行われる修善寺2連戦でシーズンを開始したかったんですが、最終的には総合ランキングのことを考えて、即戦力の選手だけで最低限の3人出走を決めました。選手育成の意味でも、公平性の意味でも、決して満足のいく状況ではありませんが、今回の決断です。

エースクライマーのアレクサンドル・バレが椎間板ヘルニアの治療で不在しているため、今回の参加メンバーは内野直也選手、高木三千成選手、そして自分というラインアップで挑みました。

JPT 沖縄ロードレース Day1 14位

1日目は、序盤から内野選手が良く逃げてくれるも、50キロ丁度のロードレースということで、予想通り集団スプリントでの勝負になってしまう。絶対的なスプリンターが不在しているのでヴェントス的には少し厳しいパターンだが、複合コーナーや小さな登りを含む最後の500mが自分の得意な方なので、自分で狙うことになる。しかし、3人出走ということで位置取り争いが厳しく、最後の1周で自分の前の選手が中切れを起こし、脚を使いすぎずに何とか繋げることに成功するも、追いついたタイミングが割と遅く、先頭を取っていた宇都宮ブリッツェンのペースも圧倒的に速く(最後の1周は50.8キロでクリアした)、パワーを出し切れずに14位にまでしか上がれないままフィニッシュ。

JPT 沖縄ロードレース Day1 10位

2日目は、距離が培になり(25周合計105km)、天気も悪化し、前日に反し割とハードなレースが予想される。チームメイトの内野と高木が先手を取り前半で逃げ集団に乗ることに力を入れ、自分は後半で有力選手の動きについていく作戦を決めた。しかし、序盤のアタック合戦がなかなか決まらなく、有力選手も積極的に動いているので、自分も先手を取るためにアタックに加えることにする。豪雨が降りだすタイミングで、シマノの横山選手と二人で先頭に出て、更に8人が追いつき、10人の逃げ集団が決まる。

一旦、タイム差が2分半ほどにまで上がるも、ブリッツェンの2人(増田選手、飯野選手)が監督から待機する指示を受け、協力しなくなることで、それが決まらないと判断し、一番大人数を送り込んでいる一番有力チームが回ってくれないなら、自分も回る理由がなく、次の動きに備えて後ろに付くことを決める。

予想通り、全く回ってくれなかったにも関わらず、ブリッツェンのエースクライマー増田成幸選手がいきなりアタックをかける。自分もかなり好調で丁度後ろに付いているので、それに反応し、二人で飛び出す。しかし、なんと付いていくだけで1000ワット以上を出すことが必要、しかも全く緩まない…全力でスプリントをかけても少しずつ離される。データを確認してみたら、その時は大雨の中で24秒、850ワット以上出したにもかかわらず、離された…一人で追走をかけているTTスペシャリストの石橋選手を待ち、2人で追うも、差が全く詰まらない、むしろ上がっていく。結局2周ほど経過すると後ろの追走に追い付かれ、更に集団に吸収される。

脚をかなり使っていたし、補給食も全部食べたので(あんぱん3個、ゼリー4本、高木に助けてもらい更に1本)、一旦チームメイトに頼ってから、アタック合戦に戻る。先頭で5人で交替しているシマノが増田を吸収し、最後の勝負になる。今回はきっとスプリントにならず最終局面で勝負が決まると判断するも、そこに絡めるチャンスがまだあるにしても、チーム的にはそれを高木と内野に任せスプリントに備えるのが良いと決断する。しかし残り2周のところで6人の集団を逃がしてしまい、それを繋げるために二人が犠牲してくれる。最後を自分で位置取り争いに挑み、何とかうまく上がり4番手でスプリントを開始するも、ラインを少し甘く取り、2~3人に抜かれてしまい、最後の50mで更に先行され9番手でフィニッシュ。しかしブリッツェンの鈴木譲選手が単独で逃げ切ったので、10位という結果で終わる。

1日目も2日目も、スプリントで何とか最低限を保ちましたが、目指して走っていたのは表彰台、むしろ優勝でしたので、そういう意味では少しがっかりしています。しかし枚数と予算の勝負の中では、3人のヴェントスがまとまって上手に動けたかなと思います。8人が揃えたときを考えると、わくわくします!

次はクライマー向きの修善寺2連戦です。現在暫定総合ランキングで9位に入っており、増田選手との差がまだ大きいことも実感し、獲得標高の多いコースでは優勝は難しいかもしれないので、群馬までトップ5に近づけるように上位に入っていきたいと思います。VO2maxを上げてきたがFTPにまだ課題を残している自分はどれぐらい食らいついていけるか楽しみです。

2月 19 2018

川島町クリテリウム

昨日、埼玉県川島町の方で開催された川島町クリテリウムに参加してきました。結果は、4年ぶりの単独優勝でした!

力での勝利に見られただろうと思いますが、実はそうではなく、強風の中での技術、そしてチームメイトの高木三千成とのチームプレイがなければ、優勝はできませんでした。また、相手の技術不足で勝ったといっても間違いないですが、どういうことですか??と言われるだろうなので詳しく説明しようと思います。

レース展開  3km*12周=合計36km  コースは真平坦だが、コーナーが多く、強風もあり割ときついコース。

最初の1周はローリングスタートかと思ってしまい、5人程の集団を逃がしてしまう。すぐに前方上がり、逃げにブリッジをかけコントロールライン通過時は逃げ集団に。

ローテーションに加わり、チームメイトの高木三千成も単独でブリッジをかけるので最後の20メートルは後ろに下って先頭まで引っ張ってあげる。そこからローテーションのペースを上げて、なんだかんだヴェントス2人とTRC Panamaredsの中井選手だけに絞られる。

2対1状態になってきたので、後ろとの差が安定したと判断してから、ガンガンと仕掛ける。1回、2回、3回逃げだすも毎回1.5キロぐらいで中井選手が追いついてくる。それでチームメイトの高木が遅れて、1対1状況に。そこで後半に入ってくる。

実力だけで上手く逃げ出せないと理解し作戦を変える。高木が後ろにいるので交替せずに後ろに立つ。中井選手はそれでも捕まりたくないようで一人で引っ張っていく。それで更に3周が経過し、残り3周半(10キロ強)。

少し垂れてきたと判断し、激しいアタックをかける。全開より差が開き、今回はなかなか追いついてこない。しかし、一発で7~8秒に広がったものの、差がそれより広がっていかない。1対1のTTバトルに切り替わる。

最終的には、縮まることも広がることもなく、ずっと同じタイム差で逃げ切り優勝。

自分から見てのレース

最初の1周目はコースと風の向きを分析するために、少なくとも1周だけは少し押さえて仕掛けていかないことにするも、いつの間にか5人程の逃げが出来ていることを確認。

力を使わずに(風を受ける側を使わずに)少しずつ前方に上がり、2キロ時点で前に上がり切る。丁度横風でイン側に位置を取っているし、逃げは一発で届けそうな距離にあるので後ろが付いてこれないように思いっきりイン側に付けながらアタックをかける。22秒581w、最大777wとマックスではない。それで先頭に合流する。

私を含めて6人なので、しばらく様子をみて丁寧にローテーションに入る。先頭を取っているとき以外、風を受ける状況にならないように常に集中して対応する。

すると、後ろにミッチがブリッジをかけているのを確認。最後の20mは横風で我々よりきついだろうと思い、下がって引っ張ってあげる。それでヴェントスが2人に。

ミッチが回復できるようにしばらく(1周?)待ち、回復できたと思った時点で一番弱い選手をなくすためにミッチと二人で先頭を取って少しイン側に寄りながらペースを上げる。それで弱い方の選手が風を受け、足切りになる。2人以外は、一人しか残らないが、明らかに一番強い一人だ。

差を広げるためにしばらく3人で回る。ミッチの調子を伺う。OKとのことだから、そろそろ仕掛け始めようと判断。

2対1という状況に持って行けたしゴールまでかなりの距離が残っているので、実は下手なことをやらない限りそこで私たちの勝ちがもう決まっている。人数の戦いになってくると、先ずはタイム差を安定させるように協調体制をとって、そしてなるべく早い段階で仕掛けるのが共通な作戦。タイム差がもう安定しているので、第2ステップに進む時間がくる。

そこで、やり方が2つある。

・ヴェントス2人で先頭で回りながら、ドアを閉めて(風を受けるように一番イン側に寄って)相手を千切れる。それでワンツーフィニッシュが出来るが横風でない区間でどうしても回らない相手が回復できるので実力があれば最後まで残ってしまうことがリスクだ。

・一人ひとり仕掛けて相手を疲らせて追いついてこれない状況になるまで繰り返す。ヴェントス一人を逃がせば、もう一人は回らないから更に待って後からブリッジかけて先頭に合流してワンツーの可能性もある。

但し、相手の実力によって時間がかかることもあるかもしれないので早い段階でタイム差をを安定させて仕掛ける必要はそこにある。

従って、ガンガンと仕掛けることに。仕掛ける場所は必ず横風区間に入る前にする。すると、付いて失敗して付いてこれたとしても思いっきりインを走っている私と同じぐらい風を受けているからカウンターのリスクはほぼない。

1回目は、3~4秒の差が付くも、3分ぐらい経ったら追いついてくる。1回目だけなので、限界まで行かずに少し待ってあげる。

次の周、同じ場所で仕掛けてみる。全開のアタックで相手も自分も同じぐらい疲労を付けたので、丁度同じ展開が繰り返される。更に1回仕掛けてみるも同じく少ししてから追いついてくる。

そこで相手の実力~得意苦手が分る。

私の得意は短時間高強度、差を作ることには問題ないがその差を維持することが難しい。逆に、相手は短時間高強度が少し苦手みたいだけど実力はあるしFTP走が得意ように見える。

元々、ミッチと交替で仕掛けるつもりだったがアタック合戦でミッチが遅れてしまい1対1という状況になってしまった。更に仕掛ければ相手も自分も同じぐらい疲れていくのでここで優勝を安定させるには相手を疲らせる必要があることを判断する。ミッチがいなくなったことで交替で仕掛けられなくなったが、追走にいるので私には後ろを待つ選択肢もある。従って、回らないことにする。

回らなくなっても、相手が引く続ける。彼にとってどうしても1対1の状況のままが良いみたいで、文句を言わずに引いてくれる。

ただ、そこは相手が「ドアを閉める」べきだった。私が協力しないなら、風を受けてくれる必要もないが、思いっきり横に寄らないでくれるので僕は次の攻撃に最適な場所を探しながら楽に3周を送る。

残り4周に入った時点では、相手が垂れてくるように見えるので、この周で抜け出すことを決める。

選んだ場所は、後ろ~横風区間で、道が悪い個所のある場所。変速の音がしないように適切なギアを備えておいて、少し後ろに下がって、良いタイミングで風を受けない側から思いっきりアタック。相手を抜けるタイミングでは、速度の差が大きく、道が悪いのですぐに反応できない。そして、その直後は右折なので、コーナーで更に差が付く。それだけですぐ6~7秒に広げる。

しかしなかなか詰めてこないにしても、諦めないで追ってくる。

それで数キロが経過して、ラスト一周で追いついてきたら1対1勝負になってしまい僕も付かれている状態でスプリントに任せて負けてしまうという最悪のパターンの可能性も見えてくる。そうなるとやばい。しかし、中々戻ってこないし、今の状況がまだおいしいので全力で踏み続ける。

TT走のペース管理として、自分の特徴もあって、速度が低い区間(向かい風~横風)は全力で踏んで、追い風区間は踏み続けながら少しだけ余裕を持っておく作戦。そうなると、コースの北部(風が北西から吹いてくる)が一番きついがあとは少し回復できるのでそこは我慢して出し切る。

差が全く変わらないが、詰めてこなければ僕の勝ちなのでそれでいい。

ラスト一周が特に心配だが、残り5分なら出し切ったら付いてくることはないので、本当に死ぬほど出し切る。残り1キロぐらいで勝利が決まり、逃げ切り優勝。

結論

相手は力負けに感じただろうと思いますが、冷静に考えてみると彼の方が強かったに違ありません。

3周も引いてくれたし、それでもタイム差を維持することが出来たということは、私より力(最低でもTT力)があったことが明らかになります。

そして、コーナーが周8ヶ所あったと考えると、私のコーナリングがほとんど完璧だったのでそこで3秒ぐらい?稼いだと考えても良いと思います。

1人で引っ張ってくれるときにちゃんとイン側に寄っていたら、僕はそんなに楽に回復することが出来なくて力の差が更に縮まったと思います。

私の反省をすると、残り10周で仕掛けるのがかなり速かった。もっと遅く仕掛けていたら勝利がもっと早く安定しかと考えられます。逆に、少しだけでも早く仕掛けていたら、最後追いつかれてしまい、負けるリスクもあったので少しギリギリだったと言ってもいいです。

あくまでいうと、風の中の走りもコーナリングも得意のでAACAとかよりは得意なレースでしたが、FTP走が弱点ということで逃げ切りができたのは今後の自信に繋がります。

皆さん、ロードレースの戦略を少しでも伝えることが出来たでしょうか。

さて、沖縄開幕戦まではあと少ししか残っていません。今週はかなりハードなメニューを組んで、疲労もあったんですが沖縄まで疲労を抜けて、更に強い状態で挑みたいと思います。今後とも、東京ヴェントスの熱い応援を宜しくお願いします!

2月 15 2018

AACAカップ第1戦、第2戦

ウェイトマシーン、パワーメーター(FSA Powerbox)、ガーミン等、東京ヴェントスとチームサプライヤーのおかげで選手として最高の練習環境に恵まれながら、練習を再開してから順調に5800kmを走ってきて、練習の数字を見ると今年の冬の課題であった3年前の体力を戻すことができたかなと思うところです。10日後の開幕戦に向けての追い込み期間が丁度今日の6時間半の練習で終わりになって、過去の7日間で810km、29時間を走り遂げました。

その追い込み期間の中で、アメリカに出張中な二戸監督の代わりに、AACAカップのチーム遠征を担当しました。AACA第1戦と第2戦が同じ週末に行われて、一泊二日の遠征でチームの若手を中心に、実際にチームプレイをしてみたり、開幕戦に向けて色々準備をしたりと充実した遠征を送りました。

今回のメンバーは以下の通り:

古田 潤 (Ventos) 増田 弘誠 (Ventos) 私 (Ventos) 永富 一騎 (Freccia) 有村 尚輝 (Freccia)

そして、膝の怪我を治療中のアレックス選手は結局出場できませんでしたが、特別スタッフとして付き合ってくれて、若手に走り方を教えたり、経験を伝えたり等と、非常に良い人だなと改めて思わせられました。

自分は、去年の第1戦で優勝、第2戦で2位という実績があるので、今年はガチで勝利を狙うよりか、調子の仕上がりに努めるのと、プレイングコーチとして若手の指導を中心に走ることにしました。

AACA第1戦

各選手の生な走りが見てみたかったため、コースや相手チームのこと以外は、戦略的な話はしなかった。そのせいか、序盤は前方で動いていたのがほぼ私だけで、高強度をたくさん入れられたのでそれはそれでよかったが、チームプレイの面ではそれを本番でやってしまうと、全てのアタックに対応できずにチームの入っていない集団を逃がしてしまう可能性が高いので、途中から声をかけたりとチームをまとめるようにした。

そういうこともあって、中盤からはチームメイトに支えてもらって少し休むことができた。一旦、私を含める5人の逃げ(奈良から若杉選手、キナンから雨乞選手と中島選手、EQADSから津田選手、自分)ができて、各チームがちゃんと入っていてそれが行けるかもと思ったが、協調体制をとってガチで踏んでも差がなかなか広げられなくて1周回ちょっとで吸収されるので、今日はやはりゴールスプリント勝負だということが分かった。

練習の意味も含めて、古田君に調子を伺ってみると良いとのことなので、古田君に任せることに。最後の一周、有村君と増田君が積極的に動いてくれたので、集団の中で正しいタイミングを待つ。残り1キロ弱のところ、自分のスプリントを開始して先頭に出て、最終コーナーで丁度逃げていたキナンの椿選手に追い付いて、古田君にスペースを譲るために横に寄せて終了。しかしパッと確認してみると、私の後ろには入っていなくて、7~8番手ぐらいで曲がる姿を見かける。あとから聞いたところ、元チームメイトの貴行水野選手が間に入ってしまって、番手を失ったとのことだった。人としてはとても優しいが、走っている姿はフラフラして少し危険な動きをすることもある選手なので、気持ちに負けず番手をしっかり守るべきだとは言いたいところだが、焦って譲ってしまった気持ちが理解できるのは否めない。それでも4位まで上がってこられたので、残り200m私の後ろにしっかりついていれば、勝ちだったかもしれないので、今回のミスは少し残念だった。

レース後のミーティングでしっかり反省会をして、今回のミスは仕方ないことにすると、どうやれば古田君が番手を落とさないのかを考えてみる必要があって、残り2キロから1キロまでにトレインにもう一人が入って早めに引っ張ってくれれば、位置取りの戦いが激しい集団の中に影響されずに、自分の決めたタイミングと位置から仕掛けることができるので、それを次の日に活かせることに。

そして、ミーテイングが終わったら、アレックスに叱らたこともありました。古田君がイン側で抜けられるように最終コーナーで踏み辞めるのではなくて、ゴールラインまで踏み続ければ、優勝は難しかったかもしれませんが、最低でも5位には確実に入っていて、もしくは3位以内にも入れたかもしれないと。確かに言われてみると、スプリントを開始した時点で後ろを確認するべきだったかもしれないし、古田が付いていないことを確認できていれば、もう少しだけ踏んで、コーナー手前で丁度椿選手を抜けることができていたら、差が付いて1着すらできていたかもしれません。終わったことなので仕方ないけど…確かにな、と思わせられました。

AACA第2戦

僕自身は沖縄の公式開幕戦に向けて、早起きをして朝食をとる前に1時間半走りに行ってきました。前日と違って、今回は事前ミーティングをしっかりと行って、土曜日の反省点とミーティングの意見交換を踏まえて、作戦を決めました。その作戦は、レースを2つに分けることでした。残り3周のところまでは、前日上手く出来なかったチェックの交替で逃げに必ず一人の選手以上を送り込むことに集中して、それで逃げが決まればそれで行く。残り3周では集団が1つの状態な場合は、スプリント体制に切り替えて、今回は3人のトレインを組んで、増田~古田~トムという順番で挑む。有村と永富のフレッチャ枠は、残り半周まで交替でチェックに入って回らない作戦。

しかし、レース会場に着いたら、とんでもない風が吹いていて、微妙に横風だったので、レースの展開に大きく影響を与えそうということで、もう一度ミーティングを行いました。最初に決めた作戦を忘れずに、後手に回らないように、更に早い段階で、更にまとまった状態で展開を作ることに。ウォーミングアップのときに、横風を実際に走って、横風の未経験な若手選手にどういう風にを走ればいいか簡単な講習会をしてから早めにスタートラインに並びました。

前からスタートを切ったということで、前日の優勝者、雨乞選手のファーストアタックに増田と私が付いていて、少し差が開く。当然、集団がそれをなかなか許さないが、すぐのカウンターで数人の選手が先頭に出て、それに僕が再び反応して再び差が開く。

しかし、横風を走れない選手がほとんどで、「右に寄って」と何回叫んでも反応がないので、選手が一人ひとり千切れていく。勿体ない…けれど一人がけが生き残る。この選手も横風が全く走れない状態だが、彼は実力があって、私の指導でペースを上手く管理しながら、差を広げていく。

後ろに振り向いても集団が見えないぐらいまで差が開いた時点で、「少し余裕を持って後ろの様子をみよう」と指示を出す。4周目辺りでは、15人ぐらいの集団が追いつきそうになって、そこに古田がしっかり入っている。キナンからは1人しかいないからか、協調体制がすぐに整っていて、ローテーションが綺麗に回っていく。

すると、キナンの選手がいなくなる。理由は分からないが、キナン2人を含む4人の追走集団が出来ていることは確認できる。それでキナンが追いついていくかと思ったら、甘いな…と思いながら全員で更にペースを上げて差が再び開く。

この逃げが勝ち逃げということが中盤辺りで明らかになる。古田君に調子を聞いてみると、あまり良くない…ということで自分は力を溜める。周回賞のベルを一回しか聞こえない(周回賞がいつあるかは非常に分かりにくいけどお金が付いているわけではないからいいか)けど、その時はしっかりとる。相変わらず調子がいい、余裕を持てて快適なレースを送っていく。

ただ残り3周のぐらいのところで元チームメイトのおっぺい選手がアタック。力はありそうだが、FTP走が苦手だから一人ならすぐに戻ってくるから心配ない…と思った通りに戻ってきてくれる。しかし、それで激しいアタック合戦が始まる。始まると調子が思ったより全然悪いことに気が付く…あれ、余裕がなくなっている。同じタイミングで古田君がいなくなるし、相当マークされてる…それでも自分で狙っていかないといけないけどきつい…という不快な状況にいきなり変わってしまう。

どう動いても、勝負が手に届くパターンが見えてこない。インタープロの二人が当然、一人ひとり仕掛けていく。そしてそれに津田君が必ず付いていて、私も何とかついていくときに力の差を実感する。序盤であんなに余裕を持っていたのに、前日そんなに強く感じなかったのに…と悩みながら最後の一周を向かって、ハンガーノックだということに気が付く。

そのとき、優勝がもう手に届かないことが明らかになっていて、どう食らいついていけるかにしか頭が回っていなかった時点で、おっぺい選手が前で差を開ける。それに一度反応するも、しっかり付いてくるし、おっぺい選手の加速の方はパワーがあって、残り半周ぐらいでおいていかれて、完全に撃沈。

結局、インタープロ勢も中学生の津田君にボコボコされて彼が圧倒的に単独で優勝する。

きつい強度を落としたあとは、どれぐらい力が抜いているかに気が付く。なんとなくゴールラインまで辿り着くが、通過して自転車を降りようとしたら、倒れそうになる。

原因は、朝練に出たのは問題ないですが、食べずに行ったし、補給食も持っていなかったので、途中で食べることもできませんでした。そして、スタート3時間前に取った食事は、食パンとジャム6枚のみ。白いパンは、炭水化物ではなくて、長く持つエネルギーになるのではないので、それが朝練の回復に全部使われてしまって、スタートラインに並んだ時は既にハンガーバンクになりかかっていました。

既に分かっていたことなので、トレーニングレースであっても、勝負から外れられたことをやってしまったのは勿体ないし、自分らしくないミスでもあります。節約をした過ぎて、変なことをやってしまいましたが、今度こそ食事を軽視せずに、パーフォーマンスに関わっている全ての細かいことにも集中を向けます。

さて、今週末は最後のトレーニングレースとして疲労が付いた状態で川島クリテリウムに出場するので、古田君のトレインの組み方を中心に動いてみようと思っています。次の週は、自分のために動くことになるので、そのときはガチで走って勝負に入れるように、いや、勝利できるようにしっかり走りたいと思います。

1月 22 2018

大磯クリテリウム

12月上旬からチーム練習を週に2回のペースで重ねてきて、沢山の新加入を迎えたチームで走ることに慣れながら、基本能力を磨いてきた。1月中旬になって、ようやく強度を入れ始める時期がやってきたということで、レースの感覚を取り戻すためにチームで大磯クリテリウムに参加することを決めた。

前日、5時間ほどのチーム練習も行ったし、翌日から雪が降る見込みだったため、ほとんどの選手にとってこの大磯クリテリウムはサイクル最後の日だったので、かなりの疲労が溜まっている状態での参戦だったが、それでも現時点での力を尽くして良いリザルトに期待していた。尾根幹のセブンイレブンで集合して、ヴェントスとフレッチャエリートクラスの参加選手に加えて、応援に来てくださったサポーターさん、そして練習のために付き合ってくれた古田潤君というメンバーで自走まで会場に向かった。

途中のコンビニ休憩で簡単なチームミーティングを行って、チーム力を上手く使うことによって、ヴェントスに有利な展開を作っていく作戦を決めた。しかし、今回のレースは良い選手が数人揃っていたため、それほど簡単に決まらないパターンになる可能性は十分あるということも挙げておいた。

序盤は少し様子を見たかったので意識的に後ろに並ぶも、ペースが思ったよりも速くて、前に上がるために力を使わざるを得ない。しかし力を使っても疲れてくる感覚がないので、自分も激しいアタックに挑戦してみることに。差をつけることに成功しても、決定的な逃げには繋がらない。力はあるが疲労の影響か高強度不足かなかなか出し切れない感じもする。いつの間にか集団がかなり絞られてきて、20人の中で周りにチームメイトは3人残っているが、チーム内では私を含めて圧倒的に抜ける選手はいないので、攻めていく立場ではなくなってきたと判断して、アタックをかけるより付いていく作戦に。

しかし、後半は思った以上に回りの選手が少し垂れてきて、前半より楽に動くことが出来る。登りも風もないのに集団は有力選手に絞られてきて、スプリントになる可能性がまだ高いにしても、場合によって決まる可能性もなくはないと判断する。ラスト5週でヴェントスの選手を含まない4人の逃げが形成されて、やばいと判断してブリッジする。有力選手が数人入っていたし、かなり大きい差ができたので、「このストレートで集団が詰めてこないと決まるぞ」と思って全開で交替するも、ぎりぎり追いつかれてもとの状況に戻る。2人の選手がカウンターで先頭に出るのでチームメイトを呼ぶが、誰も上がってこない。ブラウの小野寺選手に付いて2番手に立つが明らかに一番強い紺野選手のチームメイトも入っているので、交替を求められれば終わりという不快な状況になってしまった。しかしなぜか小野寺選手は一度も振り向けることなく、ラスト一周で差を詰めてくれる。そのタイミングで山岸選手がアタックするも、誰も驚かずすぐに付いていく。自分は最終コーナーの手前で4番手から3番手に上がって、紺野選手の後ろという完璧な位置に付く。

しかし紺野選手がスプリトをかけないので一瞬迷って、後ろから抜かれたくないので早い段階で行くことに。追い風ということもあって他のカテゴリーでスプリントを始めた選手が勝つと確認していたので行けるかと一瞬思ったが、後ろから圧倒的に抜けられて、何もできずに5番手フィニッシュ。

位置取りが上手くできたが、タイミングが合わなかったのか、力が足りなかったのか最後のすスプリント勝負がうまく行かなかった。集団スプリントを制したことが数回あるが、その中登り力、位置取りとコーナーの技術を活したことが多くて、直線のスプリントは割と苦手意識がある。最高パワーも1060w程とウォームアップの方がパワーが出た。加速力が前より低くなってしまったのか、完全に力勝負で負けてしまった。調子がまだまだ上がっていないがJプロツアーのクリテリウムで何ができるかできないか、そしてチームとして何が課題になりそうかということに対して参考となりそうなレースだった。

去年も参加していた大磯クリテリウムだが、今年は全く異次元レベルのレースだった。後半は強度が少し落ちてきたが、前半はフランスのカテゴリー1に近いレベルではなかったかなと思っている。観戦してくださった方々も多かったし、主催側もかなり盛り上がったのではないかと思うので、今後は日程がJBCFレースに被らないように意識して頂いて、今後もレベルの高いレースにしていきたいと思っています。

来週は疲労を抜けてより高いコンディションで東京ウインターロードレースに参加する予定です。まだトレーニングレースという形だが、そこは本気で狙って行く気で挑みたいと思います。

1月 17 2018

新年会、チーム機材のご紹介

いよいよ開幕戦まで残り40日間となりました!チーム練習が週に2回のペースで続いており、練習再開してから3500キロを走りました。本格的なベーストレーニングが終わり、これから2年間自転車競技をやめたことで弱まってきた筋力~高強度力を戻すことがこれからの主な課題となります。

昨日、サイクルゲートの池田さんに2018年のチーム機材を組み立てて頂きました。今期は機材サプライヤーに頂くマシーンが大きな進化を遂げ、全選手が最高の機材でシーズンに臨むことになります。

練習の組み立てを紹介させていただきます。レース版は後ほど紹介いたします。

フレーム カレラ・ SL7 コンポーネント シマノ・Ultegra クランク FSA・Powerbox 練習ホイール Vision・Trimax 35 練習タイヤ ハッチンソン・Intensive サドル サンマルコ・Regale Racing White ステム FSA・SL-K ハンドルバー FSA・エナジーコンパクトハンドル

そして先日、東京ヴェントスの新年会が立川の中華料理店「五十番」にて行われました。インフルエンザのふらふら世界に滞在していたため二戸監督の欠席は残念でしたが、一年中サポートしてくださる皆さんと沢山の交流ができてとても楽しい夜でした。

今期最初のレース強度を果たすために、来週末行われている大磯クリテリウム、そして再来週の第1回東京ウィンターロードに出場します!

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