12月 02 2018

日本転車競技の強化:期待も課題も…

昨日、日本国内自転車競技の最高峰を管理するJBCFが、来年の大会スケジュールおよび今後の方針について発表会を開いていた。私はもちろん、いつもどおり意見を持っているということで、今日のブログに感想を簡単にまとめよう。

参考:https://www.cyclesports.jp/depot/detail/106937

楽観的に考えている部分

日本に来て最初の頃は、数多くある日本の裏的事情は全く知らなかったこともあるけど、正直なことをいうと、加盟時にチームが100万円の登録費を払わなければならないということは、世界で走っている選手にとってはあり得ないことだという事実を是非知って頂きたい。それは、当時の自分だけ思っていたことではなく、日本で自転車競技に関わる現場出身の外国人の人が全員思うこと。それが、来年から200万円と培に値上げすると考えると、成り立つシステムには思えない。 しかし、まだ日本に3年半滞在していない自分にでも、今になって変化が感じられる。2016年、チームの代表として発表会に出席したことがあるけど、当時に理事会から聞いた説明の中では、当時の自分の常識(ヨーロッパ基準)で「正しい」と思えることは一つもなくて、「日本を導く人って、こんなにひどいんだね」というのが当時の感想だった。ところが、去年に理事会のメンバーが完全に入れ替わって、現状を疑っている方が入ってきたことだけでも、大きな進歩だと言えると思う。 「楽観的にっていうのは、これかよ??」と思われるかもしれない。だけど、全面的に反対だった当時の自分には、今になって賛成しているところが少し増えてきた。距離を伸ばす部分だったり(JPTは別)、エリートとJPTの差を詰める部分だったり、簡単に確保できる会場を使いこなすことだったり(修善寺~群馬~広島もそうだけど、他にもたくさんあるわけだから、その辺りは更に増やしてほしい)、地域密着化の動きだったり、そして特に世界へと繋げていきたい意思(今までは全くなかったわけだから)というところには少し希望が見えてきている。 その上で、中長期的な方針として、「新リーグの設立」を考えている部分に非常に期待している。日本の自転車競技業界には課題がたくさんあるけど、その課題を簡単にまとめたら、「協力不足」だと思う。連盟がいくつかあって、それぞれの方向で動いていて、全く盛り上がらないのが日本の現状。学連にはお金もあるし、歴史もあるけど、未来はない。JBCFには盛り上がりがあるけど、育成が出来ないし、影響力が競技の一部に留まっている。JCFは、UCIの下部組織として、影響力があるし、世界の部分では完璧な位置づけだけど、レースを開催していないし、JBCFとの協調関係は怪しい。合併まで行けるかどうかは分からないけど、その上に更に強い関係を結びつけるぐらいの組織を作って、ようやく力をまとめる必要がある。

悲観的に考えている部分

しかし、明らかに勘違いしていると思っているところもいくつかある。納得いくぐらいの文章にまとめる時間も言語力もないけど、なるべく簡単で分かりやすく説明してみる。

・「JPTのレース距離を伸ばす必要がある」

私は逆に、それはあまりいじらない方が良い要素だと思う。なぜかというと、実際ヨーロッパもJPTも先頭で勝負した経験がある者として、走り方や集団の動きやレベルの違いが良く分かっているけど、ヨーロッパに比べてJPTの大きな特徴は、「密度が低い」という点。「レベルは、ヨーロッパのアマチュアレースの方が高いだろう」という話を良く聞くけど、それはない。JPTで優勝するには、実力的には(細かく言ってワット的には)同じぐらいの数値が必要になっている、むしろJPTの方は上位のレベルが高い場合もある。しかし、その割には、レベルの差がとても大きくて、レース会場が変わったとしても、順位争いをしているのはいつも同じ選手、同じチーム。それだと、とても面白くないでしょう。 更に、ヨーロッパのレースでもそうだけど、距離を伸ばせば伸ばすほど、その差が開くし、レース展開がない場面が伸びるだけ。 要するに、JPTの強化に必要なのはレースの距離を伸ばすのではなくて、レースの回数を増やすこと。それは、現場の選手に誰でも聞いても、意見が同じだと思う。 簡単に説明すると、基本的には疲労=強度x時間。レースの距離を伸ばすと、時間も強度も上がる。つまり、距離の長いレースが一番疲労が付く。だからと言って、強くなるわけではない。強化というのは、時間と強度を合わせて行うことではなくて、別々で行うこと。(日本の部活では違うかも分からないけど、世界最高峰の選手はみんなそのようなトレーニングを組んでいる。本当は基本の基本であるはずだけど。。) コースによって100kmから150kmに増やす分にはいいと思うけど、全日本選手権のように200km以上のレースを開催するのは時間の無駄。ヨーロッパのプロレベルですら200kmを超えるレースは実際にそんなに多くないし、やっぱりレベルが大きく違う。それを、正しく評価してほしい。

・「Jリーグ(または宇都宮ブリッツェン)を参考にみんなで頑張ろう」

Jプロツアーは、Jリーグのような発展を目指していることは明らかなことだけど、サッカーの場合に成功した取り組みと自転車競技の特徴はなかなか合わない。サッカーは、部活活動を頼りにして、プロ選手へと道をスムーズに作っていけるし、観戦客が増えることでお金が直接入ってくるし、強化に問われる要素はお金があれば簡単に集めることが出来る。自転車競技はそうでもないことは、理事会も十分に理解していることだと思う。だったら、もっとしっかりJリーグの取り組みを参考にした方針を、疑問に思った方が良いと思う。やったことがないから分からない、というのは分かるけど、それは日本の成功例だけに留まる場合のことだけであって、世界の自転車競技の事情をもっと見ればいいだけのことだと思う。それでも分からない場合は、トラックがやったように、海外から指導者を入れて、しっかり意見を聞いた方が良いだろう。ただそうなると、現在自転車競技業界の中で主導権を持っている人たちが主導権を失う状況になるから、結局はやらない、という事実もあるだろう。 宇都宮ブリッツェンの取り組みは確かに、とても成功しているし、参考にすべき部分(個人的にも参考にしている部分)がたくさんある。だけど、宇都宮ブリッツェンなりの課題もまだたくさんあって、全面的に真似をするのが大きなな勘違い。各地域なりの特徴があって、観光地であろうか、地方であろうか、都会であろうか、それぞれのやり方があるのは先ず一つ。私は、東京ヴェントスで運営面に関わったこともあるけど、東京なりの課題の部分に良く理解していないかな、というのが個人的な印象だった。そして、宇都宮ブリッツェンは「世界を目指す」とは言っても、現実的には世界との繋がりは全くなく、日本国内にとどまっている。今のところでは、JPTからワールドツアーで戦えるようになった選手は一人もいないし、日本市場を狙う大きいスポンサーがアピールしてくれない限り、そのままだと変わりそうにないことだ。世界を目指すには、宇都宮ブリッツェンが率いるJPTで提供しているスケジュール、ノウハウ、環境とは別なものが必要だから。 キリがある話ではないので、無限に続けられるだろうけど、今日は時間が足りなくて、ここまでにしよう。自分が出来る範囲のことだけど、日本の自転車業界を日々の努力で少しずつ、より良いものにしていけるように頑張りたい。

11月 30 2018

大切な思い出

6000人の住民もいない山中湖村には、小学校が2校、中学校が1校と、合計3校の学校がある。学校の先生に聞いてみた限りでは、村は比較的に教育に力を入れている方らしい。

10月に、それぞれ山中小学校(160人ぐらい)、そして東小学校(50人ぐらい)の全校集会に出演して、自己紹介、オリンピック関連の話、そしてロードバイクの紹介をさせてもらった。山中小学校の方では、甲府から通っている校長先生が当日、朝練中の自分とすれ違っていたらしくて、話が盛り上がった。東小学校では、単なる10分の出演の予定だけだったのに、4年生に給食に誘って頂いて、結局いつの間にか小学生たちと一緒にまるまる一日分の授業を受けていた。

東京だったら、こんなことはありえないよね。きっと。

そして11月に入ってから、毎日の昼飯を中学校で食べることになった。各学年は2組に分かれていて、各組の給食に3回ずつ参加させてもらっている。毎日、生徒たちと一緒にご飯を用意して、配って、食べて、片づけている。つまり、大学以外、日本の学校に入ったことがなかった自分が、まるで中学生になっているかのようだ。給食以外、すべての授業をさぼっている中途半端な中学生だけど。

最初は正直、いきなり飛び降りてきた自分と会話するのが大変だったみたいで、静かにご飯を食べることが多かった。日本の中学校に入ったことがない自分にとっても、新しいことばかりで、どういう態度を期待されているかもよく分っていなかったが、とにかく仲良くなろう!と積極的に声をかけてみて、少しずつ親しくしてもらえるようになった。

小さな村だからこそ、上から話をして終わりにするのではなくて、村の将来を担っている子供たちと個別に話をして、仲良くなることができる。1年生に、「山中中学校へようこそ。トムが来ることを楽しみにしていた」そして「この3日間をありがとう。いつでも来てね」とわざわざフランス語で作ってくれた横断幕をもらってしまった。

入村してから半年も経っていない自分が、そうやって村民の方々に受け入れて頂いて、早速村に馴染んできている。昨日だって、東小学校の県大会の優勝セレモニーに向かっている小学生たちが、「トムさんだ!」と勢いよく手を振ってくれた。最終的に、夢を叶えることができるかは分からないけど、一生忘れないこの思い出を、大切にしていきたい。

11月 28 2018

我慢も作戦のうち

今日は出張で久しぶりに東京へ行ってきた。都心の中央〜首都道を通るときは、パリが世界最大の都市部かと勘違いしていた3年前の自分が、成田空港を降りて東京を横断したときに体感した「未来感」を思い出す。今になっては慣れてきたけど。

今回の出張は村長も同行。山梨県オリンピック関連の各自治体の担当と集合して、オリンピックゴールドパートナー企業さんのご挨拶に。企業は社長を始め、各部長が出席。行政は県のオリンピック担当と自転車連盟会長、各市町村長と担当が出席。その中には謎の金髪?あ、そうだ、自分も行政だもんね。いつも通りの感じ。

私は、行政の立場だから民間としては動けない。一方で、行政すら、私をどういう扱いにすべきかがまだイマイチ分かっていない。つまり、前にも、横にも動けない状況。

その中で、時間に追われる行政は、「何かすべきことだけは分かっているけど、何をすればいいかは分からない」と、企業に助けを求めるかのように行動している。そのとき、「おーい、最初から自転車専門の人が目の前にいるんだぞー」と呼びかけたくなるけど、どれほど悔しくても、余計なプライドを持つのではなくて、謙虚して行動するんだと、自分に言い張ってちゃんと我慢する。たとえ自分の経験をまだ誰にも評価してもらっていないとしても、食べさせてくれる日本社会に失礼をしてはいけない。自分で実績を作って証明すればいいものだから。

「我慢も作戦のうち」。今日言われた言葉だけど、正にその通りだと思う。信頼してくれないからではなくて、分からないから動かないだけだから、大切な信頼関係を脅かすことなく、相手のペースに合わせないと、協力してもらえるわけにはいかない。

作戦のうちだから。

11月 27 2018

ブログを再開しようかな

山中湖村の温泉施設からのんびりしているトムです。

知っている方は知っていると思うけど、日本に来たばかりの頃から「外国人選手の意見」というシリーズ記事を書いていた。当時は、カタコトの日本語で自国フランスから飛び込んできた僕から見ての日本を語っていた。誤解を招くような表現がないか常に心配で、試験の勉強よりも厳しく、何時間かをかけて細かく書いていたけど、それでも今になって読み返してみると、どれだけダメだったのかが良く分かってくる。なんて情けない。

日本語を良く褒められるけど、自分はダメな部分しか見当たらない。なぜなら、とても足りていないから。自分に厳しいというか、言語、ということは文化、の壁にぶつかってばかりいるのが私の日常だから。

とはいっても、少しずつだけど確実に、成長してきている日々の事実も否めない。ということで、別の形で、ブログを再開しようかな、と思うようになった今日この頃。

実は、ブログを書いているのは日本に来てからではない。自転車を始めてから、10年前から始めたことだ。当時も、ぎこちない子供の文書ではあったけど、かなり好評を受けていて、業界ではそれで良く知られていた。日本に来るまで、そして日本に来てからも、書き続けていた。

但し、私の人生は少しずつ、フランスから日本へと滑り落ちていった。周りの人に私の文書が届かなくなって、そんな事実から諦めていた。

逆でもあるように、私にとって、当たり前のことがこの文書を目にしている日本人のあなたにとっては、当たり前ではなかったりする。それが文化の差。私はたぬきのように、毎朝起きて、日本人に化けて、仕事に行ってくる。そうだ、私はたぬきなんだ。日本社会の中で居場所をきっちり守っているけど、家に帰るときは、フランス人に戻る。このような感覚、かな。

私は日本にいることを自ら決めたから、責任を持って、適応できるように頑張る日々を送っている。「外国人だから」と言い訳をして甘えるんじゃなくてね。

だから、自分の頭の中には、何が本当に起きているかを、たまには人にも知ってほしい。少しでもいいから。私の言葉も中途半端で、読んでいるあなたの常識もきっと少しズレているから、全てそのまま簡単には伝わらない。だけど、だいたいでいいから。

ということで、時間を作って、これからはたまに書いていこう!仕事に追われて自分のやりたいことができていない私のためにも絶対なるから。そして、応援してくれる方のためにもなってほしい。何よりも、恩返しをサボっている自分が嫌になるから。一人だけでは何もできない!夢のある人は、周りの人に助けてもらわないと、絶対に叶わない。それぐらい遠い夢でないと、夢とはいわないからね。

以上、空っぽの文書でした。これから内容を入れてみるからよろしくね!それでは。

5月 28 2018

外国人選手の意見 第9回

(c) TOJ2018

ゴールスプリントで起きる落車:どうすれば避けられる?

 

昨日、ツアー・オブ・ジャパン東京ステージを観戦してきましたので、そのついでに、オープニングレースとして行われていた実業団レースで先月までトレーニングを指導していた若手選手の走りも見てきました。しかし、出走していた3人全員落車の影響を受け、そのうちの一人は骨折の恐れもあるなんて酷い結末となりました。落車の事情についてはなんとも言えませんが、色々とまとまらない話を聞いたり、読んだりして、決して軽視できる話ではないので、少し整理をする必要と感じました。

TOJのプロ選手たちが120キロにわたり回り続ける7キロの周回コースを利用し、9時15分からアマチュアの選手たちを集めているE2クラスターとE1クラスターの2レースが、それぞれ3周回(21km)と4周回(28km、最終的にE2と同じく3周)にて競われました。2レースとも逃げができないまま、ゴールスプリント勝負になり、ラスト1kmで大落車が起きました。そのあと、多くの観戦客が訪れたTOJの東京ステージでは、何の落車もなく熱いレースが無事に開催できました。

実は、コースを見たとたんに、「それは絶対に落車する」と予想していました。間違いたかったですが、案の定落車が起きてしまいました。

 

要素1:競技者の技術が問われる。選手側は責任感を忘れてはいけない。

勿論、そう考えると、一番最初に思い浮かぶのは、選手の技術の差。「プロ選手は走り方が正しいからスムーズに勝負できるけど、アマチュアの選手は基本すらできていない上で命にリスクを負ってまでレースしている当然の結果だろう」なんて読んだり聞いたりしました。そして全ての原因を調べようともせずに、身体傷害が多く発生していることから自転車競技が危険なスポーツだと結論を下す、「安全第一」にこだわっている日本の警察もいます。(それが良いか悪いかを別として)

それは間違っているとは言えません。しかし、それを落車のたった一つの原因にするまでは、結論付けが少し早いと思います。選手側の責任があるのは否めないことですが、他にも原因がないか、改めて考えてみましょう。

 

要素2:位置争いに関われる人数に限界がある

もう少し考えてみると、スムーズにいったTOJのゴールスプリントとアマチュアのゴールスプリントは、技術以外にも違いがたくさん見つかります。先ず、チームが組織的に動いていることで、狙いに行く選手は各チームのエーススプリンターに絞られています。早い段階から、各チームの位置争いが激しいですが、ラスト1kmに入った時点で、勝負に関わる選手が既に減っている状態です。つまり、最後の直線で全選手が同時に上がろうとするのではなく、位置取り争いに関わっている人数がラスト5~10kmに渡りスムーズに配分されています。

従って、組織的に動いていないアマチュアレベルでは、どうすれば位置争いの密度を減らせるのか?というのが正しい質問だと思います。

 

要素3:コーナーがあると、集団が伸びる

先ずは、危険なコースはそれで危険ですが、コーナーがあることによって、集団が伸びるので、密度が減ることにも繋がります。逆に言うと、コーナーのない、道幅の広いホームストレートの方が安全だと思うかもしれませんが、道幅が広ければ広いほど番手を上げる余裕が出るので、番手を上げる動きをする選手の人数が増えます。そうなると、集団の緊張感が増えるので、落車の可能性が上がります。それに関するリスクを下げるには、大人数のスプリント勝負になりそうな場合は、ラスト2キロ辺りで道幅が狭い区間を入れるのが良いかもしれません。

 

要素4:力の差が少なければ少ないほど、集団の密度が高い

選手の技術が上がれば上がるほど勝負が安全と思うかもしれませんが、実は世界最大のレースであるツール・ド・フランスも同じく、集団の密度の問題で第1ステージのゴールスプリントでの落車の比率が圧倒的に高いです。それ以降のステージでは、密度が少し減ることで、スプリントでの落車の比率が減る傾向があります。第1ステージでは、全ての選手はフレッシュな状態で最後の勝負に入るので、「チャンスだぞ」と考える選手が多いからです。距離や難易度を上げることで、色々なレース展開が生まれます。集団スプリントで勝負が決まることが確実ではないので、逃げを狙う必要が出てきて、大集団のスプリントになった場合でも、最後の勝負に関われる選手が少なくなります。

 

まとめ:とういうことは、どうすればいい?

JBCFのレースの場合でも、草レースの場合でも、上記のことは全く考えていない気がします。技術の足りない選手を、21キロしかない、テクニカルでもない、道幅が広いコースで競わせるのは、落車が生まれる可能性が圧倒的に高いのです。難易度の低いレースは距離を60km以上に持っていかなければ、展開がなくて力の差がないままゴールに突っ込んでしまうので、落車に繋がる責任は主催側が負うべきだと思います。21kmのレースだけで、集団走行の経験が積めるわけではないので、同じ問題が繰り返されるだけです。

しかし、選手側も責任感が全くないようです。単にロードレースとは何か理解度が足りないからだと思います。それも、学べる環境が揃わない限り、なかなか改善が見込めません。選手に、現在どのような環境を揃えているか、それが本当に良い環境なのか、考え直すべきところがないのか、自転車競技界を管理しているJCFとJBCFに考えて頂きたいところです。

 

5月 15 2018

東京ヴェントス退団及び選手現役引退のご報告

東京ヴェントス退団及び選手現役引退のご報告

 

2017年9月からプレイングコーチを務めていた東京ヴェントスですが、この度4月を持ちまして退団することになりました。

3年前、2015年9月14日、ルーマニアでプロ選手生活を終え、日本の中央大学にて留学のため来日しました。そして次の日、3年後の今でもいまだに二人暮らし生活を送っている女の子と初めて出会い、この2日間で私の人生が完全に変わりました。

人生に意味を与えてくれたこの女の子が当時、辛い時期を過ごしていたこともあり、彼女の側にいるべきだと判断し、留学が終わった後でも帰国せず、受け入れてくださったこの日本にどうにか恩返しができないかを考えてみました。今まで積んできた本場の自転車プロ選手の経験を活かし、自転車を通じて日本に貢献できるよう可能性を尽くしてみました。

しかし外国人として日本に滞在できるにはビザが必要であり、ビザを獲得できるには様々な条件(最低賃金、実務経験など)を満たす雇用契約が必要です。

そんな中、2017年9月に救ってくださったのは東京ヴェントスの二戸監督です。入国管理局に何度か一緒に通ってくださった末、ようやくビザを手に入れることが出来ました。その感謝の気持ちを込めて、シーズン残すところ1ヶ月だったにも関わらず一生懸命選手生活に戻り、初戦の秋吉台カルストロードレースで11位に入り、最終戦の群馬大会までプロ時代の体力を戻すことができました。

勝ち逃げでレースを進ませていた最中のメカトラでシーズンが終わってしまいましたが、2018年こそ一勝をあげるために、冬はほぼオフを取らずに、チーム練習を指導したり、選手のトレーニングメニューを組んだり、内部の仕事をしたりと、自分の練習であろうと、チームの仕事であろうと、毎日朝から夜までチームのために頑張りました。頑張れましたのは、良い環境を与えて頂いており、感謝とモチベーションの気持ちでいっぱいだったからです。

しかし、2月からいきなり二人の即戦力の選手が怪我のため自転車を離れざるを得ない状況になり、経済状況も予想以上に辛く、そして更に自分も落車の影響で骨折してしまう等と、チームにとって厳しい状況になってしまいました。4月下旬に、二戸監督から来月から雇用するのが難しいと報告を受け、活動が出来なくなりました。

解約されるということは、ビザの有効期限内(10月まで)に新しい勤め先を見つけないと、在留できなくなるということなので、少しだけ安定してきていると思っていた私の状況が元に戻されました。その中でも、サポーターさん、スポンサーさん、チームの関係者の皆さんに恩返しが出来なかったこともあり、無償でも走り続ける提案をしましたが、拒否されました。

結局、2018年シーズンで東京ヴェントスの一員として走った公式レースは3戦のみ(14位、10位、9位)。プロ選手に相応しい練習を積み、ようやく本場プロで走っていた頃のレベルに戻ることが出来、勝利をあげるチャンスが見えてきていただけにとても残念ですが、調子が上がり切らないまま選手生活が続けられない状況になってしまい、最後のレースとなる修善寺ロードレースの9位がJプロツアー最高位のままです。そして将来のビジョンを持って一緒に立ち上げてきた今シーズンの東京ヴェントスですが、結果が出る先に私が作ろうとしたことが次々に崩れてしまい、選手の面でも、内部の面でも、完全な失敗で終わってしまったのが辛い事実です。

日本の地域密着チームの一員として活動させて頂いたことは、一生忘れられないとても充実した経験でした。特に印象に残るのは、サポーターの皆さん、チームの関係者の暖かいサポートです。短時間でしたが、良い姿を見せられた数少ない時間を誇りに思っています。期待に応えられず、何の貢献できないまま終わってしまい、誠に申し訳ございません。

誇りに思っていることは一つしかありません。一月からずっと指導させて頂いた下部育成チームヴェントスフレッチャの若手選手が、シーズンが開幕してから見事に成長しており、毎回勝利を上げていることです。彼たちの努力の結果に他ならないと思っていますが、「ありがとう」といってもらったときは、泣きそうになりました。

自転車は未だに愛しているし、今までできなかった恩返しをようやく果たしたい気持ちも未だにありますが、所属チームも、機材も、収入も、在留資格も、健康も?全て失ったので、今の状況だと競技に復帰するのはとてもあり得ないため、東京ヴェントスを退団すると同時に自転車選手を引退することになります。

これからは、彼女の側にい続けられるよう、少しだけでも安定している将来が見込められるよう、頑張っていきます。

今まで、ありがとうございました。

 

トム

 

 

 

 

 

4月 09 2018

チャレンジロードレース 19位

実業団のレースの次に、昨日はまた修善寺でのロードレース、チャレンジロードレースに参戦してきました。Jプロツアーではないので、いつもと違う選手を相手にするチャンスということで、楽しみにしていたレースの一つです。しかし、狙っているのはJプロツアーだし、1週間前から落車の怪我を治療していることもあって、コンディションを少し落としたままの参戦だったので、とてもきついと言われているコースでどれぐらい通用できるか、そして前日手首の調子があまりよくなくて、本当に安全にレースを走り抜けるかどうかという不安も大きかったです。

日本人選手は中学生時代から修善寺の5キロコースをずっと走っていますが、実は自分は初めてで、とても特徴的なレースだと何回か言われたことがあるとはいえ、実際はどんなレース展開なのか想像がなかなか付きませんでした。序盤から前で位置をとって、一周目はまだフレッシュなので付いていけないことはないが、最初からきつくて余裕は全くない。一旦、内野さんを含む10程の集団が少し先行するのを確認して、ブリッジできる位置にいるも、ここで動けばそれで終わる可能性が高いと判断して見送ることに。それが吸収されて、3周目辺り?で同じパターンで再び数人が飛び出すも、そのときは更に余裕がなくて、死ぬか生き残るかの問題で頭も脚もいっぱい。それが10秒、20秒、30秒と差を広げて、結局勝ち逃げになる。この時点では、序盤で動いてくれた内野さんもなくなっているし、残っている高木、伊藤、自分は一緒に後方で苦しんでいる状態。それじゃまずいなと思って取り戻す動きを考えても、余裕がなさすぎて耐える以外の作戦はなかなか思いつかない。このコースの特徴って、そういうことなんだ…と苦戦しながら耐える。

ハンドルを上手く握れない右手が少しずつ痺れてきて、感覚がなくなる程になるので、時々感覚を戻すために手を振りながら千切れかけて、ぎりぎり下りきったところで追いついた場面もあったけど、結局登りと下りで上手く「亀の走り」をして千切れずに周回数を減らしていく。半分経過のところでタイム差が遂に1分にまで広がって、諦めかける選手が出てきてペースが少し緩めるからか、自分が少し回復できるからか、余裕がやっと少しだけ出てくる。そこで、秀峰亭の登りで飛び出して一人で苦しそうだったチームメイトの高木さんにブリッジを狙って、登りの起点から全力アタック。無事に追いついて、チームメイト同士でローテンションという楽しい場面になる。下りに入る時点で10秒弱開いたかな?と思うところだけど、下りと次の秀峰亭で差を詰められて、ゴールの手前で吸収される。それが失敗していれば、それ以上に余裕がないので、ラスト1周までは動かない方が良いということになって、再び「亀の走り」をすることに。

ラスト一周は、同じところで全力アタックを図るが、アタックをかけるタイミングで前の選手がいきなりラインを変えてきて急ブレーキをかけざるを得ない。しかたないので、勝負の練習ということで普段得意とするけど日本にきてからできなくなってきた登りゴールスプリントに挑んでみることに。しかし残り400mでまさかラップされるアンダーの選手に閉められて再びブレーキかけされる…脚があれば、それでも前に戻ってスプリントをかけることがきっとできたが、今の調子では先頭付近に戻るだけでいっぱいになって、前方に付いていくことしかできないまま19位でゴール。

怪我の影響もあったが前回の修善寺の9位よりパフォーマンスが落ちたことは確実です。チャレンジロードのデータも、今日の練習のデータも見てみると、1月と同じぐらいのパフォーマンスだということが分かります。しかしそれはこれからの実業団レースを見据えて休養を取っておいたからでもあって、怪我が完治すれば、何の心配することもありません。逆にタイミングが良いと思うし、順調に練習していければ、群馬大会までに最悪前と同じぐらいのパフォーマンスを取り戻すことが出来そうだし、更に2週間後の宇都宮大会ではピークに近いコンディションで挑めそうです。今回はチームを引っ張ることがなかなかできなかったが、本番というわけでもなかったので、今度こそ生き残るのではなく勝負をしたいと思います。去年の群馬ではとても余裕の感覚で勝ち逃げに乗っていたところ、ディレーラーがいきなり壊れた辛い思い出もあって、リベンジを取る気満々で挑んでいきます。

3月 19 2018

JPT 修善寺ロードレース

いよいよ本州での自転車ロードレース競技シーズンが今週末日本サイクルスポーツセンター修善寺の方で行われました!2月下旬に開催された沖縄ロードレースで本当の開幕でしたが、全チームが揃っておらず、JPTレベルで各選手がどれぐらい通用できるかを知るのは日本で一番きついと呼ばれている今回のコースでした。

ヴェントスとしては、本来はエースクライマーのAlexandre Ballet選手(アレックス)で狙う予定でしたが、シーズンを始める直前で腰と膝を同時に痛め、椎間板ヘルニアが判明したため、一時的にスイス帰国し地元で治療することになりました。そして、今回は自分に相応しいコースだったとは言えないにしても、エーススプリンターの古田選手も事故で怪我をしたため6人での出走となりました。

出走メンバー

内野直也 高木三千成 伊藤舜紀 増田弘誠 今田崇史 自分

1日目は80km(10周回)、2日目120km(15周回)といういつもの感じで2日間にわたって同じ8kmコースを走り回りました。

 

修善寺ロードレース、Day 1

自分の出走サイン忘れで3周目に入ったところで失格になったのでレースレポートと言えるぐらいのものを書くには内容が薄すぎますが、調子の良さと、コースの難度を確認するには十分でした。結果を任せられている私がいきなりいなくなったことで、チームメイト、サポーターに対して、申し訳ない感でいっぱいです。出走サイン忘れで失格されるのは初めてですが、本当はいつかなるんじゃないかな、といつも心配していました。その日は土曜日に至ってしまいました。勿論、完全に自己責任です。

朝のレースで、練習メニューの細かいところまで日々育成をしているフレッチャの有村選手が実業団2レース目で2連勝を果たしたこと、そして各選手に指示~アドバイスを出したり、応援したり、チームのSNSで投稿したりすることで自分のレースに必要な基本的なことを忘れてしまいました。自分自身レースがある日にコーチ、記者、写真家という色々な役を担うことはなかなか選手で問われている集中力と両立できない、と気づかされた一日でした。自分の得意な短い登りで力勝負になったこのレースを横から観戦することが非常に辛くて、顔を出すことが出来なかったが、幸い次の日にもレースがあって、そこで悔しさをぶつけることが出来るし、チームメイトに対して、そしてこのチームで自分の役割に対して、落ち込むことは絶対に許せないので、すぐ気持ちを切り替えて、冷静モードに戻るようにしました。

 

修善寺ロードレース、Day 2

2日間のうち1日のチャンスを無駄にしてしまったということで、ここで絶対に失敗したらいけないことが頭から離れません。しかし、今の調子にかなり自信があり、心配しているのは、去年の前橋か群馬のようなメカトラブルしかないし、その分他のチームにマークされることはないし、自分だけ脚が削られていないので、常に先手を打つ作戦で挑戦することにしました。

先手を取るからと言って、タイミングを甘く計っても良いわけではないので、スタートからレース状況を常に確認できる範囲で走るようにする。一周目は前日よりペースが遅いも、まだ我慢する。たまたま先頭で走っていたところ、宇都宮ブリッツェンの鈴木龍選手が2周目の一番きついところ(登りの起点)でアタックをかけるのを確認し、それは絶対に決まるぞと思いすぐ付いていく。予想通り差が一気に開くにも関わらず、頂上までとんでもないペースで登り続ける(1分48秒468w!)。これぐらい追い込んでいれば、しばらく追いつかれることはないだろうと思い、後から数人が合流して逃げ集団が18人にまで増えるも、メイン集団との差がどんどん上がり、6周目ぐらいのところ?で6分半にまで広がる。

優勝者がこの集団にいろに違いないと思っていたところ、チームメイトのミッチーを含む3人の選手がいきなり現れてくる。6分以上というタイム差にも関わらず3人で追走してブリッジに成功したようだが…それはさすがに脚を使いすぎだろうと思った通り、残念ながらペースが上がって11人に絞られた時点で再び1人という厳しい状況に戻る。

序盤からかなり余裕を持っていたにも関わらず、感覚が徐々に悪化してくるので、積極的に補給に力を入れながら、下りを上手く使い常に「亀の走り」をして(登りで下がる、下りで上がる)脚を溜めることに専念する。しかし、溜めすぎたせいか、激しいアタック合戦の極点で差を少し許しすぎて下りで攻めても詰めることが出来ず、後手に回ってしまう。序盤からめちゃくちゃきつそうな顔をしていて自分と相当力の差があるな、と思っていたヴィクトワールの白川選手が今になってまさか私と同じぐらい辛そうに見えてきた。共に後手に回った4~5人の選手と協力し1周ぐらいで合流して再び先頭で戦うことに。

白川選手がいなくなり、自分以外はマトリックス、シマノ、ブリッツェンの選手しかい残らない状況になる。それでも「先手を打つ」ということで、下りだったり、道の幅だったり、色々と技術を使って冷静に攻める走りをする。すると、反応している回りの選手が相手チームの存在に気にしている関係で、後手に回ることなく体力が保温できる。有力チームが激しく競い合い続ける状況がしばらく続くも自分はまだ付いていける。

少しづつ、2人しか残していないマトリックスが後手に回る状況に持ち込まれることが多くなってくる。そのまま続ければカウンターに付いていくだけで先頭に残れるという単純な展開になってくれると思っていたが、マトリックスのアイラン選手が思ったより強く、対応できなくなる時がやってこない。そのまま行けば脚を削られる一方だ…と思って予想通り一番きついところでアタックが決まる動きに乗れず4人の選手を逃がしてしまう。

勝負には届かないことが分かり、5位を取る作戦に切り替える。追走の選手は全員かなり疲れていて、アタックがほぼかからないままラスト一周に入る。自分的には、スプリント勝負が一番おいしい展開だと判断し、脚を溜めるも、最後の登りでまさか後ろからブリッツェンの譲選手が戻ってくる!いきなり予想していなかった状況に変わり最後の最後で後手に回って下りに入る直前できつそうだったシマノの小山選手と一緒離されてしまう。結局小山選手を引かせてから先行するも、狙っていた5位に届かず9位という中途半端な結果で終わってしまう。

6位でも9位でもポイント数が変わらないし、今までの中で最高位でもあるし、チームの順位にも貢献できたので、満足できる結果かなと思います。しかし、本来の目的はブリッツェン、マトリックス、シマノに食らいついていくことではなく、しっかり相手になることです。そう考えると、まだまだ足りていない部分もあり、現時点ではチームからは安定した走りを頼まれているが余裕が出てきたらもっと攻める走りをして、前で勝負をしたいという気持ちが一番強いです。チームの若手選手を成長させ、アレックスが復帰すれば、東京ヴェントスが有力チームの一つとして認めてもらえるのではないかと思います。そのために、もっともっと頑張っていきたいと思っています。

 

 

3月 02 2018

外国人選手の意見 第8回

先日、沖縄でJプロツアーの開幕戦に参戦してきました。(レースレポートはこちら、チームのレポートはこちらとこちらです)

当会場での初開催、そして沖縄での初開催ということで、Jプロツアー及び国内の自転車ロードレース業界にとっては、自転車ロードレースの幅を広げるという意味では大きな進歩が出来たと言っても過大ではないでしょう。

一部公道を利用したコースでこんな質の高い大会を無事に開催できたのは、多くの関係者やボランティアの方々の動力の結果なので、先ずはこのイベントを実現することに貢献した関係者の方々に感謝しなくてはいけません。沖縄には、参加したことはないが好評しか聞いたことがないツール・ド・沖縄がありますが、ツール・ド・沖縄だけで自転車に対しての理解度を上げられているかというと、そうではないので、この2つの全国規模の大会の元に、沖縄でレーススケジュールと言えるぐらいのものが少しずつ発生し、県民の理解度も上げていくという好循環に繋がることを願っています。

但し、この開催が出来たのは当然、とても幸いなことだといえども、主催側の動力とは関係なく、大会の質に悪影響を与えた点、または自転車業界の発展に繋がったとは思えない点もありました。良かった点は良かったということで、この場では弱点にフォーカスさせて頂きたいと思います。

 

安全対策が危険を加えるという意外な矛盾

4.5kmの周回コースの中では、両側に深い溝がある区間がありました。そこにホイルが挟まらないように、全面両側に工事コーンが並べていて、集団走行では非常に危険でした。そして溝のところだけでなく、工事があった区間にも(工事のことは別にして)、全く何も問題ないはずだった登り区間に入る手前にもコーンが多数置いてありました。幸い落車はありませんでしたが、特に短距離で集団の緊張感が高かった一日目では、落車に繋がりそうな動きを何回か見かたし、オンボードカメラにも何回か映っています。

恐らく、「溝に落ちるよりはコーンにぶつかるのがまだマシだから、ないよりはあった方が良い」という考えでしたが、実際に集団走行を知っている人は、そう思えません。溝がある場合は、勿論そもそも横に余裕がないので危険ですが、コーンの場合は、コーンがあるところもないところもあって、集団で走っている選手はコーンがないところ(次のコーンまでの間)を使いがちです。そうなると、次のコーンにぶつかりやすくなります。そして、溝と違って、コーンが真っすぐ並べているわけではないので、先が見えない集団走行では、コーンの位置を予想することが出来ません。特に、コーンに当たって動かしてしまうこともありますから。また、コーンにぶつかったからと言って、溝にも落ちるリスクがないわけではないし、大落車に繋がる危険もあります。

ただ、主催側が危険なことをしたということではありません。恐らくですが、主催側、またはJBCFの中には集団走行の経験がある方もいらっしゃると思うので、コーンを置いた方が危険だと思った方はいたと思います。しかし、溝があるから危険なので、何か対策をしないと開催をさせられないと、警察からの声があったのが原因ではないかと思います。

その場合、「参加者の安全」よりも、警察が「何かあった場合の責任」を考えたのではないかという気がして、そういう考え方は本当に正しいのかというと分かりません。(または警察が集団走行においての危険~安全を理解していないのも原因かもしれませんが、その場合は知識のある方に頼ってほしいところです)

ロードレース大会の開催に限らないことだろうと思いますが、公道が当然なフィールドになっている自転車ロードレースの発展においては、警察の理解度(ということは社会の理解度)がまだとても低いことが分かります。

今回は「ロードレースでは何が危険、何が安全」に関しての知識不足という意味での理解不足の話ですが、「ロードレースには社会に対してどんなメリットがあるか」といった点等にも理解して頂きたいところもあります。

まるで予算順の着順となった今大会

沖縄で開幕するということで、気温が暖かい、合宿と合わせられる、新たな環境で走れるという、様々なメリットが生じます。しかし、そんなメリットには価格もあります。本州での遠征よりは、航空券、レンタカーまたはフェリー等の出費が加わり、3倍ぐらいかかるといっても過大ではないし、2019年からチームの負担が増える(こちらを参考に)と考えると、ほとんどのチームにとっては今回の大会に参戦することが軽視できることではない、むしろ危険なことです。

簡単に表すと、フールメンバーで参戦したのは宇都宮ブリッツェンのみです。那須ブラーゼンとシマノレーシングは1人の選手が怪我を治療しているため7人の出走でしたが、それとブリヂストン以外全てのチームは最低限の出走人数での参戦(ヴィクトワール広島、私たち東京ヴェントス)か、選手負担の遠征にすることを決めました。更に、単純に参戦しないことにしたチームも多数ありました(リオモベルマーレ、キナンサイクリングチーム、去年首位のマトリックスパワータグ)。公平性という意味では、満足できる状況ではないでしょう。

そもそも各チームの中で体力の差が大きい日本のプロ?チームを集める大会ですが、更に金銭的な負担をかけて人数の差も拡大させると、スタート前から展開も着順もほとんど決まっている大会になってしまいます。フールメンバーで参戦していたチームが一日目は8位まで、2日目は6位まで上位を独占しました。その中でも、2日とも着順が予算順になっています(ブリッツェン、ブリヂストン、シマノ、ブラーゼン)。Jプロツアーは、「栄光のジャージを掴む為に、すべてを懸けたJライダーのドラマ」と誇っていますが、今回は大規模のチームが小規模のチームを潰している他にドラマが見られませんでした。

国内しか目指さないと、海外しか目指さないチームに別かれつつある日本国内トップチーム

先週末で気になったことがもう一つありました。国内最高峰を誇っているJプロツアーには数多くのチームが参戦しないことを決めた中、同会場で開催されていたオープン参加の市民レースには学連首位の鹿屋大学、アジアツアー1位を目指している愛三工業レーシングチーム、そして全日本チャンピオンまでの参加があったことです。

所属しているチームが登録していないからそれは当然の結果、と言われると思いますが、実は2~3年前は日本のトップチームにとって日本のトップリーグのJプロツアーに参戦することが当たり前のことでしたが、現在はそうでもない、むしろ更にそうでなくなる傾向があります。

今大会だけでいうと、日本のトップチームの中では参加していなかったチームが以下の通り:

・Nippo-Vini Fantini(特別枠)不参加 (未登録) ・Team Ukyo  不参加 (未登録) ・Kinan Cycling Team 不参加 ・Bridgestone Cycling 参加 ・Matrix Powertag 不参加 ・Utsunomiya Blitzen 参加 ・Aisan Racing Team 不参加(未登録) ・Shimano Racing 参加 ・Interpro Stradalli Cycling 不参加(未登録)

勿論、本州に戻った時点で参加人数が少し増える予想ですが、今回は負担が少しだけ上がった結果なので、2019年以降チームの負担が2~3倍上がると考えると、そしてJプロツアー登録に関わる出費が合計500万円に近い割にUCI登録が80万円「だけ」にという状況になると考えると、国内で戦いたいチームと海外を目指しているチームの2組にはっきり別れていくのではないかと思います。

そうなると、トップPでないチームが登録できなくなることに加えて、登録費の増額が登録チーム数の落下に繋がって、発展する代わりに崩れてくるパターンがとても見込めるのではないかと強く思っています。

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2月 27 2018

JPT 沖縄ロードレース

今週末は今シーズンを通じて主な目標となるJプロツアーがいよいよ沖縄で開幕されました!

東京から南国に移動して、半袖で走れる、観光もたくさん出来る沖縄!それより良い開幕はないだろう!

と主催側が考えて開催を決めただろうが、本当はそんなに喜ぶことではありません。

チームとしての出費が本州内の遠征より3倍ぐらい高いので、フルメンバーで行くことは考えられません。しかし、チームの発展を考えたときは総合ランキングで好成績を残す必要があることも否めない。本当は、去年総合首位チームのマトリックスパワータグのように、3月に行われる修善寺2連戦でシーズンを開始したかったんですが、最終的には総合ランキングのことを考えて、即戦力の選手だけで最低限の3人出走を決めました。選手育成の意味でも、公平性の意味でも、決して満足のいく状況ではありませんが、今回の決断です。

エースクライマーのアレクサンドル・バレが椎間板ヘルニアの治療で不在しているため、今回の参加メンバーは内野直也選手、高木三千成選手、そして自分というラインアップで挑みました。

JPT 沖縄ロードレース Day1 14位

1日目は、序盤から内野選手が良く逃げてくれるも、50キロ丁度のロードレースということで、予想通り集団スプリントでの勝負になってしまう。絶対的なスプリンターが不在しているのでヴェントス的には少し厳しいパターンだが、複合コーナーや小さな登りを含む最後の500mが自分の得意な方なので、自分で狙うことになる。しかし、3人出走ということで位置取り争いが厳しく、最後の1周で自分の前の選手が中切れを起こし、脚を使いすぎずに何とか繋げることに成功するも、追いついたタイミングが割と遅く、先頭を取っていた宇都宮ブリッツェンのペースも圧倒的に速く(最後の1周は50.8キロでクリアした)、パワーを出し切れずに14位にまでしか上がれないままフィニッシュ。

JPT 沖縄ロードレース Day1 10位

2日目は、距離が培になり(25周合計105km)、天気も悪化し、前日に反し割とハードなレースが予想される。チームメイトの内野と高木が先手を取り前半で逃げ集団に乗ることに力を入れ、自分は後半で有力選手の動きについていく作戦を決めた。しかし、序盤のアタック合戦がなかなか決まらなく、有力選手も積極的に動いているので、自分も先手を取るためにアタックに加えることにする。豪雨が降りだすタイミングで、シマノの横山選手と二人で先頭に出て、更に8人が追いつき、10人の逃げ集団が決まる。

一旦、タイム差が2分半ほどにまで上がるも、ブリッツェンの2人(増田選手、飯野選手)が監督から待機する指示を受け、協力しなくなることで、それが決まらないと判断し、一番大人数を送り込んでいる一番有力チームが回ってくれないなら、自分も回る理由がなく、次の動きに備えて後ろに付くことを決める。

予想通り、全く回ってくれなかったにも関わらず、ブリッツェンのエースクライマー増田成幸選手がいきなりアタックをかける。自分もかなり好調で丁度後ろに付いているので、それに反応し、二人で飛び出す。しかし、なんと付いていくだけで1000ワット以上を出すことが必要、しかも全く緩まない…全力でスプリントをかけても少しずつ離される。データを確認してみたら、その時は大雨の中で24秒、850ワット以上出したにもかかわらず、離された…一人で追走をかけているTTスペシャリストの石橋選手を待ち、2人で追うも、差が全く詰まらない、むしろ上がっていく。結局2周ほど経過すると後ろの追走に追い付かれ、更に集団に吸収される。

脚をかなり使っていたし、補給食も全部食べたので(あんぱん3個、ゼリー4本、高木に助けてもらい更に1本)、一旦チームメイトに頼ってから、アタック合戦に戻る。先頭で5人で交替しているシマノが増田を吸収し、最後の勝負になる。今回はきっとスプリントにならず最終局面で勝負が決まると判断するも、そこに絡めるチャンスがまだあるにしても、チーム的にはそれを高木と内野に任せスプリントに備えるのが良いと決断する。しかし残り2周のところで6人の集団を逃がしてしまい、それを繋げるために二人が犠牲してくれる。最後を自分で位置取り争いに挑み、何とかうまく上がり4番手でスプリントを開始するも、ラインを少し甘く取り、2~3人に抜かれてしまい、最後の50mで更に先行され9番手でフィニッシュ。しかしブリッツェンの鈴木譲選手が単独で逃げ切ったので、10位という結果で終わる。

1日目も2日目も、スプリントで何とか最低限を保ちましたが、目指して走っていたのは表彰台、むしろ優勝でしたので、そういう意味では少しがっかりしています。しかし枚数と予算の勝負の中では、3人のヴェントスがまとまって上手に動けたかなと思います。8人が揃えたときを考えると、わくわくします!

次はクライマー向きの修善寺2連戦です。現在暫定総合ランキングで9位に入っており、増田選手との差がまだ大きいことも実感し、獲得標高の多いコースでは優勝は難しいかもしれないので、群馬までトップ5に近づけるように上位に入っていきたいと思います。VO2maxを上げてきたがFTPにまだ課題を残している自分はどれぐらい食らいついていけるか楽しみです。

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