自転車で地域&人づくり
「ヨーロッパの壁」
「ヨーロッパの壁」

「ヨーロッパの壁」

日本に来てから、早いことに6年経ちました。

本来、競技と一線を引くつもりで来日した私ですが、経験してきた母国の自転車競技と、日本で行われている自転車競技にどれだけ差があるものかを実感して、なんだかんだで再び自転車競技に関わることを決意する流れに吸い込まれました。
私にしか分からないこと、私にしかできないことがあるに違いない、と思ったからです。
だって、自転車ロードレース競技において日本人選手が乗り越えられない「ヨーロッパの壁」の向こう側から来ているわけですから。
世界で戦えるようになるための観点から考えたら、日本の自転車競技界が何よりも必要としている存在なはずです。

しかし、不思議なことに、「本場との架け橋」のような活動をしているときに限って、自分であれば堂々と実行していけるようなことを、日本人を巻き込んでやろうとしていると、その日本人が「私」という壁にぶつかるかのようなことが起きます。
私の立場からすれば、本当に不思議でなりません。

もちろん、立場を置き換えると、「私」が「日本人」という壁にぶつかっている、とも捉えます。結果的には、全くイコールのことでしょう。

ましてや、日本では経験できない、常識化されていないようなことに関しては、私の意見や考え方がどうしても「マイノリティ」に該当するので、反対意見は必ず「マジョリティ」になるわけです。ずっとそんな中で生活していると、頭がおかしくなるぐらい、自分を疑うようになってきます。
正しく表現できていないのか?
それとも、自分が正しく理解できないのか?
あるいは、そもそも学んできたことは間違っているのか?

そういうときは、地元の友達、アマやプロで活動している先輩の選手や指導者の知り合いに相談することが多いのですが、そうしていると、今度は私の意見や考え方が再び「マジョリティ」に該当していることが確認できます。
やっぱり、学んできたことは間違っていない。
でもそう考えると、自分が正しく理解できていないわけではない。であれば、「正しく表現できていない」ということになるでしょう。

しかし、6年経過して、困ることがないぐらい日本語を習得できても、全くもって「日本の壁」にぶつかることに変わりは見受けられません。それがいつも、「新しいこと」を伝えよう、実行しようとしているときです。要するに、「母国」(フランス、或いはヨーロッパ)と「異国」(日本)を繋げようとしている、「架け橋」を担っているときです。

結局のところ、日本人選手が「ヨーロッパの壁」にぶつかっているのと全く同じように、私は「日本の壁」にぶつかっているということでしょう。

では、数年経っても、それがなぜ改善されていかないのか。
最初は、それは「自分に問題があるから」だと思っていました。
その「問題」を見つけて、解決していけば、きっと壁を乗り越えられるようになると思っていました。
しかし、それは自分に「問題」があるのではなく、「抵抗」があるからだというのが分かってきました。
6年で変わったのは、ネイティブに割と近い言語力を習得できたことや、日本社会で生活できるようにもなったことです。それは、様々な問題を乗り越えて、成長し続けてきたから、日本文化に対する理解を深めようと努力した結果です。
6年経っても変わらなかったのは、日本に来るまでの間に受けてきた「教育」や、自分の中で養われてきた「価値観」です。自分の軸となっている部分なので、そう簡単には変わりません。
もっというと、外部からの刺激を歓迎して成長に繋げる傾向がある一方、自分の「教育」や「価値観」を否定されるようなことには、生存本能に近いような形で、抵抗する衝動が芯から湧いてきます。
このように、人間には「可変」と「不変」の部分があることを学びました。

そのように考えるようになってから、「壁を乗り越える試練」を施すよりも、自然と「壁にぶつからない戦略」を考えるようになりました。
それで、再び立場を置き換えてみました。「ヨーロッパの壁」にぶつかっているのであれば、その壁を「乗り越える」のではなく、「避ける」方が有効だと。
自分が壁の向こうから来ているのだから、壁を乗り越える方法をみんなに教えていけばいいことだと思っていた当初の発想が、蛙に飛ぶ方法を教えようとするのと一緒だと。

そんな中で、自分が持っている唯一無二の経験とノウハウをどのようにしてイノベーションに繋げていけるのかについて、まだ回答は出ていませんが、少しずつ近づいているのではないかと思っています。
同じようにして、唯一無二のチャンスを目前にしている日本の若手選手が「ヨーロッパの壁」を乗り越えられなくても、世界に近づいていって頂けたらいいなと思います。