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  1. なぜ「FTP」を使わないことをおススメしているのか — 26 1月 2021
  2. 冬期のトレーニングについて — 29 12月 2020
  3. オンラインサイクリングの限界 — 24 4月 2020
  4. 世界で戦えるプロ選手になりたい高校生へのメッセージ — 12 4月 2020
  5. 時代の変わり目 — 14 2月 2020

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1月 26 2021

なぜ「FTP」を使わないことをおススメしているのか

この記事にたどり着いた多くのサイクリストの常識を裏返す理論になることは承知の上ですが、あえて結論から申し上げます:自転車ロードレースのトレーニングにおいて、多くのサイクリストに「FTP」の概念から身を引くことをオススメしています。

この結論はあくまでも私個人の意見でしかありませんし、「FTP」のコンセプト自体を否定しているわけではありませんので、ご安心ください。皆さんが今まで身についてきたトレーニングの概念が、間違っているわけではありません。

しかし、この論点は誰もが納得できる複数の明確な理由に基づけられていることを知って頂きたいです。

母国フランスでは、「FTP」はほとんど使われていないので、トレーニング法を専門に自転車競技に取り組んできた身として、むしろフランスとの関係が深い日本では絶対的な基準値として「FTP」がここまで普及しておりフランス発祥のトレーニング法が全く日本市場に入り込んでいない状態が不思議でなりません。

まずは現在のトレーニング理論が確立されるまでの流れを振り返って、少しずつ論点を説明していければと思います。

 

❶ 歴史:「伝統」が「トレーニング理論」として確立されてきたプロセス

ここ数年の日本では、国際化やパワーメーターの普及等によって、自転車ロードレースのトレーニングに関する情報を手に入れる機会が増えたと思います。自分は、日本に来て5年しか経っていませんので、身に染みて当事者として体験してきたわけではありませんが、指導者と若手選手に大きな差を感じることがあり、20年前とは環境が大きく変わったと推測しています。

更に、近年はトレーニングプログラムが組み込まれている「ズイフト」の爆発的な普及による影響もあり、数値化されたトレーニング方法は一般サイクリストにまで広がり、常識として定着してきているように感じています。

これは、「SFR」、「LSD」、「SST」、「TSS」や「FTP」など、様々な用語が会話やSNS等で流れるようになったことを見れば明らかでしょう。

自分が生まれ育ったフランスでも、過去20年でトレーニングに対するアプローチが大きく変わりました。昔、自転車特有の「伝統」として口コミで伝達されていた「教義」のようなものが、数値化が進むことによって、科学的な土台ができ、それが現在の「トレーニング理論」に繋がっています。

しかし、日本の場合は「伝統」がないと言わないまでも、この伝統は他所から導入されて現在定着しているトレーニング法とは全く異なっているものであり、繋がっていません。

 

❷ 世界に共存している、二つのアプローチ

勿論、世界中同じ人間ですし、この人間の体のことですから、どのアプローチであっても、正しければ基本的な原理が異なるはずはありません。しかし、この数値化のプロセスが世界中一斉に行われたわけではなく、様々なアプローチが平行して普及しました。今に至っても、主に2つのアプローチが共存しています:ヨーロッパから発祥したアプローチとUSAから発祥したアプローチの2つです。

「グラップ流」=基準はMAP

トレーニング法の全てを左右するのは、強度ゾーンの設定方法です。強度ゾーンは具体的な代謝の変化(有酸素性、無酸素性、非乳酸性等)の存在に基づけられ、実質的に人類共通の概念ですが、運動に対してどのようにアプローチするか(どこを重視するか)によって、この設定が微妙に違うこともありますし、それをどう測定してスムーズに日々のトレーニングに活用していくかというところで大きな違いが生まれます。

「強度ゾーン」の概念は、感覚ベースで昔からなんとなく存在していましたが、それを明確なスケールにまとめ、測定したデータをもとにトレーニングプランを作ることにきっかけとなったのは当時フランス自転車競技連盟のパフォーマンスマネージャーを務めていたFrédéric Grappe(フレデリック・グラップ)の「ESIEスケール」(échelle d’Estimation Subjective de l’Intensité d’Effort・直訳:強度の主観的算定スケール、1999)。日本でも使われている強度ゾーンとはほとんど変わらず、i1(intensité 1)からi7(intensité 7)、7つのゾーンを設定しています。

このスケールは、1.感覚に基づく具体的な基準(難なく会話できること、脚が痛み始める等)、2.心拍数に基づく基準、3.パワーに基づく基準の3つをすり合わせていますが、③パワーゾーンに関しましては、「PMA」(=MAP(Maximum Aerobic Power)、Vo2max時に維持できるパワー値)を基準としています。

グラップ氏の中心的作品は「Cyclisme et optimisation de la performance」(2005)。現在は、Groupama – FDJのヘッドコーチを務めています。

B.「コガン流」=基準はFTP

ほぼ同時に強度ゾーンの設定方法をリリースしたのが、アメリカのAndrew Coggan(アンドリュー・コーガン)です。これは、日本で幅広く使われている強度ゾーンで、初めて公開されたのは2001年です。しかし、この時点ではグラップ氏の「ESIEスケール」は既にヨーロッパで広く使われはじめており、ほとんど同じ区分をしています。主な違いとしましては、パワーゾーンの基準値は「MAP」ではなく「FTP」が使われており、従って計算方法も異なります。パワーゾーンの設定というよりも、コガン氏の主な貢献は、ウォークアウトの平等な評価基準となる「Normalized power」(NP)や、疲労を数値化できる「TSS」などといった様々な付加価値です。これは、Hunter Allen(ハンター・アレン)と共に出版された「Training and Racing with a Power Meter」(2006)の中に公開されたものです(日本では「パワー・トレーニング・バイブル」と翻訳されています…他に立派なトレーニング法もあるという上記の理由を踏まえて、これは非常に悪い翻訳だと、個人的に思いますが)。

 

❸ 日本では、ヨーロッパと違うアプローチが定着しました

両者の原始的作品が出版された頃(それぞれ2005年と2006年)から15年が経ちました。この15年ではそれぞれのアプローチが世界中に広がり、それぞれ標準化してきたわけですが、明確に分離しています。最初にあった「グラップ流」は、発祥の地フランスからラテン圏ヨーロッパに広がり、イタリア、スペイン、ベルギー(主にフランス語圏)、コロンビア等比較的に自転車競技の歴史が長い国に普及していきました。一方で、「コガン流」はアメリカから英語圏に広がり、イギリス、オーストラリア、アメリカ、そして日本を含む諸外国等比較的に自転車競技が新しい国に普及していきました。

しかし、日本では、日本一流の指導者でさえ大半はヨーロッパのトレーニング法は自分たちが学んだものと違うことを知らないぐらい、「コガン流」が市場を占めている状態で、不思議なことに「ヨーロッパ流」は未だに全く日本に入り込んでいないどころか、上記のような経緯があって他のアプローチが存在していることさえ知られていない状態です。

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12月 29 2020

冬期のトレーニングについて

自転車ロードレース選手にとって、冬は特別な時期です。シーズンが終わり、次のシーズンに向けての準備期間とも言われていますが、実は、冬のトレーニングで春から始まるシーズンの実績が決まると言っても過言ではないぐらい、非常に重要な期間です。 活動しているうちに、私が生まれ育ったフランス、そして生活している日本では、冬のトレーニングの認識と、付き合い方が大きく違うことに気が付きました。歴史の流れや競技環境からどのように違うのか、そして日本人選手の強化を進めるためにいくつかの点について認識と習慣を見直すことで大きく改善できると考えられるのかについて述べていきます。

「シーズン」のコンセプトの違い

フランスは100年以上の長い歴史を経て、自転車ロードレースのシーズンが2月から始まり、10月に終わるという今の仕組みに至るわけですが、なぜこのような「シーズン」のコンセプトが定着したのか考えたことはありますか?日本では、「シーズン」のコンセプトが薄く、外部的な要素に合わせた形で流動的なスケジュールで構成されることが多いです。高体連/学連は学校のスケジュールに合わせて年度ベースで構成されていますし、市民レースも一般市場の需要に伴って秋や冬こそ多くの有名な大会が開催されます。 この流れは、天候やスケジュールの関係(冬は晴れが多く、時間も作りやすい)が根本にあり、特に良いことでもなければ悪いことでもないでしょう。

しかし、長い歴史を「シーズン」のコンセプトが生まれたのは、天候の違い(ヨーロッパの冬は寒く、降水量が多い)の関係だけではなく、実はトレーニングの概念に基づいている理由が最も大きいです。気候の悪い期間を外したシーズン日程を定めることによって、「オフシーズン」を取ることができ、①シーズン中の高い負荷から回復し、②来る次シーズンに向けて更なる強化を図ることができます。この2点は、先ほど「春から始まるシーズンの実績が決まると言っても過言ではない」と示していた要素で、その重要性について細かく説明したいと思います。

「オフシーズン」:休養を取ることの重要性

これは「超回復」というトレーニング理論の根本にある現象を大規模(シーズン単位)に適用するという考えです。 「超回復」という現象は、一定の負荷から回復したあと、パフォーマンスが元より少し高い状態になるという、シンプルにトレーニングの「効果」を生み出すためのプロセスを示します。 日々のトレーニングで負荷を掛けたあと、適切な回復を取らないと疲労が溜まり効果が生まれないのと同じように、いちシーズンに区切りをつけて、深いところまで回復しないと、疲労が付いた状態でシーズンを迎え、早い段階でオーバートレーニングになってしまうリスクがあります。 「オーバートレーニング」というのは、「トレーニングの量が多すぎる」ことを示すと一般的に思われがちですが、これは間違いです。練習量が多すぎるというよりかは、回復が足りない現象を示します。要するに、トレーニング量が大して多くなくても、適切な休養を取らない限りは「オーバートレーニング」になる可能性があり、その状態が最も判明しづらいため、原因が見つからず長引く可能性が高いです。こうやって、モチベーションが高いがために十分な休養を取らず大切な一年を棒に振ってしまう選手が非常に多いです。

「ベース作り」:シーズンを通してのパフォーマンスと長期的な成長を左右する重要な作業

オフシーズンを設けるメリットは十分な休養と回復を保証することだけではなく、レースが連続する時期に取り組むことのできない「ベース作り」作業を着実に積んでいく目的もあるのです。家を建てる際に丈夫な基礎を最初に築くところから始めなければ大きな建築物が建てられないのと同じように、パフォーマンスを最大限に引き伸ばすためにはしっかりとした基礎練習に取り組む必要があります。日本のプロ選手の中でも、この「ベース作り」にどのような意味が困れているのか、正確に理解していない選手が多いので、簡単な言葉で説明してみたいと思います。 「ベース作り」は総合的な身体作りを進めるための基礎トレーニングのことを示しますが、心肺機能の観点に絞って申し上げると、多くの読者が既にご存じの通り「LSD」(Long Slow Distance)のトレーニングが中心になります。名の通り、低強度で距離を乗るトレーニングですが、持久力の強化を目指すトレーニングだと勘違いしている方が多いです。間接的な効果の一つであるのは確かですが、LSDの主な目的は「心肺能力の基礎強化」です。 心臓は、血液を送る役目を担う非常に大切な筋肉です。この血液は体中に酸素を運ぶので、(筋肉として)心臓の機能次第で、「最大酸素摂取量」(いわゆるVO2max)をはじめ、パフォーマンスが大きく左右されます。 筋肉ですから、この機能に関わるのは①鼓動の度に送られる血液の量を増やせるか(心臓の発達)、そして②血液が送られるスピードをいかに高められるか(心臓の強化)という、二つの要素が絡んできます。簡単に申し上げますと、心肺能力の観点から言えば①(心臓の発達)は「ベース作り」の目的、そして②(心臓の強化)は高強度トレーニングの目的に相当します。鼓動の度に送られる血液の量を増やすことによって、平常時の心拍数が下がり、心肺機能が高まるので、持久力の向上もそうですが、回復力の向上、よってはパフォーマンスの安定性やトレーニングの効果の向上にも大きく繋がります。そのため、シーズンを始める前(強度を上げる前)にこなしておくことが理想です。

これで、LSDトレーニングの目的をご理解頂けたと思いますが、理論に留まらず競技シーズンの環境に置き換えて具体的に考えてみましょう。LSDトレーニングの細かい部分は省略しますが、基本的にはL2強度(最高心拍数の70~85%)を繰り返し長時間維持するトレーニングです。「疲労=強度×時間」なので、LSD以外にも強度を上げれば疲労が爆発的に増え目的から逸れてきますし、強度を上げずに時間だけ増やせば疲労は溜まるけどコンディションは上がっていかないとういう状況になります。そのため、シーズン中(レースが続いている期間)は「ベース作り作業」ができず、効率よく行うためには「オフシーズン」が欠かせないということです。

まとめ

学年度に沿う高体連や学連の競技スケジュールや、民間が競技環境を支えていることもあり、日本では「オフシーズン」の概念が統一されておらず、その必要性を深く考えず何となく付き合っている選手が多い気がします。ホビースポーツやスポーツビジネスの観点では、年間を通して競技スケジュールが充実していることはプラスになるでしょう。しかし、競技の観点では、正しいトレーニング理論に基づいて、若いころから選手の「育成」と「強化」を前提としている環境が求められます。

生理学の観点では、冬期のトレーニングとの付き合い方は見え隠れしている日本と欧州の差の一つの原因ではないかと考えています。果たして、日本ではオフシーズンとベース作り作業を正確に理解している指導者がどれぐらいいるのでしょうか。

4月 24 2020

オンラインサイクリングの限界

新型コロナウィルスの世界的な感染拡大が続く中、Zwiftはじめ室内でトレーニングできるツールとしてオンラインサイクリングのブームが見られます。それまでも、固定ローラーもスマートトレーナーも普及していましたし、オンラインサイクリング機能アプリも既に存在していましたが、最近は社会交流が見直されている中で、そういったツールを活用した新なビジネスが幅広く展開されています。

自分も、子供の頃から現役まで固定ローラーを日常的に活用していましたし、今でもフランス自転車競技連盟と手を組んでいる大手メーカーの「Saris」と新たな事業展開を準備している最中ですが、最近はオンラインサイクリングの将来性について様々な記事やコメントを目にする機会が多く、サイクルスポーツの将来に対して不安要素も目に浮かんできているので、一歩引いた視点から方向性を考える必要なのではないかと考えています。

ヨーロッパでは、根が深い自転車ロードレース文化を支えている各ワールツアーレース主催者の中には、少しでも露出機会を設け、継続につなげるということで、中止になった大会のオンラインバージョンを代わりに開催している事例が複数ありました。現在、「ディジタルスイス5」というツール・ド・スイスのオンラインレースが行われていますが、第1ステージはロハン・デニス(現TT世界チャンピオン)が優勝し、第2ステージはステファン・クング(現TTスイスチャンピオン(3連覇)、元個人パーシュートやチームTT世界チャンピオン)が勝利したと、結果は明らかにFTPの高い順です。

ロードレースのトレーニング文化が昔から普及しているヨーロッパでは、オンラインレースに参戦すればロードレースに代わるトレーニングができると誰も思っていないので、新型コロナの感染拡大が収束したとたんに、オンラインサイクリングは単なる道具に戻るに違いありません。

しかし、日本では状況が違います。歴史や文化の違いから、メージャースポーツとして普及していないロード(公道)レース文化が薄いため、より適性の高いオンラインサイクリングが継続的に全面に出る可能性が高いです。ロードレースでいう走行環境やビジネスモデルで不足している部分を、オンラインであれば補えるということで、少しずつオンラインに置き換かえるべきではないか、という意見を目にすることが多くなりました。実際にサイクルスポーツのリアルとオンライン競技の力関係のバランスが既に変わっており、ハードルの高いロードレースからハードルの低いオンラインサイクリングに移行しつつあります。

確かに、投資が続けていけば、機材や技術の進化を経て、将来は実走に近い感覚まで再現できることは予想できますが、現段階では全く別物で、物理的な限界もあり、世界的にサイクルスポーツの基盤を支えている「移動・健康・環境」にはいくら頑張っても手は届きません。室内ではエンデュランススポーツに求められている心肺機能の発達(いわゆるベースづくり)はできないし、ケイデンスとトルクが同時にあがる高スピード域の追い込みもできないし、ペダリングの動きまで異なることも科学的に証明されています。そもそも、社会的な違い(就労時間が長く、日の入りが早い)から室内トレーニングが多いことと、ロードレースシーンが違う(ヒルクライム、トラック、クリテリウム、周回コースと普及している種目には持久力が問われない)ことが、ロードレース競技において世界と差が大きい原因になっているので、その差がさらに開いていくことが予想できてしまいます。

ロードレースのトレーニングとして室内練習を取り入れている方に、次のポイントを再意識して頂く必要があると思います。 ■ロードレースで強くなっていくためには、心肺のキャパシティー(容量)を最初に伸ばしていく必要があります。固定ローラーでは、短時間高強度や専門的なメニューが中心になり、心肺の動力性能(仕事率)のみが鍛えられるため、計測できる数値は高いものの、回復力、持久力や耐力が低く、本格的なのロードレースでは通用しません。 実はプロ選手含め、日本のほとんどの選手はその状態です。それは、環境の違いが主な原因であり、更に短時間型のトレーニングが中心となるオンラインサイクリングでは、全体的にその傾向が増す恐れがあり、日本と世界の差がさらに開く可能性があります。

オンラインサイクリングにハマっている一般レーサーと、ビジネス展開の一環としてその需要を意識的に養成している企業の立場からすれば、チャンスに見えますが、一方でサイクルスポーツをメージャーにしていくのであれば、様々な注意点もあるように感じています。オンラインサイクリングの展開は、あくまでも別競技という認識がある中で、両スポーツが相乗効果を出して平行して発展していくのか、ロードレース業界自体がオンラインサイクリングに移行していくのかでこれからのサイクルスポーツの普及状況が全く違います。そのため、共通点を活用すべきなのは間違いありませんが、まずは夢と現実の世界をはっきり分ける必要があると感じています。

4月 12 2020

世界で戦えるプロ選手になりたい高校生へのメッセージ

「ヨーロッパでプロ選手になりたいですが、どうすればいいですか?」と、毎年、何十人の若手選手から問い合わせを頂いています。日本に来てから問い合わせが続いているので、当初アドバイスを提供させていただいた高校生に関しては、今はどういう進路を選んで、実際にどういう結末になったかもはっきり把握できていて、日本国内における選手育成の大失敗を、何もできずに見送っていることになってしまっている自分がいます。

はっきり言わせて頂くと、本当に絶望するほど、高校生の皆さんが同じ悩みを持っていて、同じ選択肢を選んで、同じ失敗を繰り返しています。それを見渡している自分は痛いほど悔しくて、今の原動力の一つになっています。

自分の身の回りでは、間違っている認識が常識化してしまっていて、指導者も選手も偏っている方向に向かっている状況を良く目にしているので、その間違っている認識を、このブログを通じて、少しでも改善させることに貢献できればと思います。

1.「若い頃からヨーロッパに行かないとプロ選手になれない」

「プロ選手」をニッポ絡み以外のプロコンチネンタル登録以上のチームと契約をした選手に定義すると、今の成功事例の中では、ほとんどの選手が若い頃からヨーロッパの道を辿った事実が否めません。だからと言って、プロ選手になるには、ヨーロッパに行くのが早ければ早いほどいいとは限りません。ジュニアカテゴリー以前でヨーロッパへ行けるには、学校を捨てなければならない場合がほとんどで、プロ選手になれないという最も可能性の高い将来を犠牲にすることになってしまうので、非常に慎重に選択すべきです。ヨーロッパへ行くのは、最終的には必要になりますが、結局ヨーロッパへ行って壁にぶつかって日本に帰ってくる選手が95%を占めているわけで、なぜそうなったのかを考えると、ヨーロッパの経験を得にできる最低限のレベルを足していなかったからがほとんどです。

どういうことかといいますと、ヨーロッパのホビーレースを走るようでは日本のトップレースをの方は強い選手と一緒に走れるわけで、ヨーロッパへ行く意味がなくなります。そして、最低限の語学だって日本国内でも勉強できるし、良い指導者さえいれば最低限の走り方や実力も身に着けられるはずです。

ヨーロッパの育成モデルは、「順番に段階を踏む」コンセプトなわけで、段階を飛ばしてでもヨーロッパへ行くようでは、まったく何の意味もありません。

2.「大学にいけばプロになれない」

有名な指導者からとある選手が休学させられたり、進学を諦めさせられたりしている話を、残念ながらよく耳にしています。それは、非常に無責任な行為だと思います。プロ選手になる可能性が非常に低いわけで、大学を卒業した方はよっぽど可能性の広い未来を迎えられることは間違いありませんので、本来は若手選手の教育を考えることこそ指導者の責任です。

自分が親しいフランスの育成組織で例えると、AG2R la Mondialeのu23下部組織であるChambéry Cyclisme Formation(シャンベリー・シクリスム・フォーマション)の選手は去年、92%の卒業率で、毎年100%に近い卒業率を誇っています。そもそも、進学していないと所属できないわけで、外国人選手は言語学校に通わせられています。よく語っていますが、ロマン・バルデ選手ですら、大学院を卒業した年にツール・ド・フランスで3位に入っています。

進学することで、ヨーロッパに適応するためのオープンマインドや社会性、コミュニケーション能力、時間の有効的な使い方が学べる最高の機会でもあるわけで、逆にプラスになる経験値が多いでしょう。

3.「日本の大学に進学してもプロになれる」

だからと言って、進学するのがプロになるための道筋というわけでもありません。ヨーロッパの大学は、期末試験のある5月下旬から10月まで夏休みで授業がないし、それ以外の時間では、強化指定選手なら時間割が好きに組めたり、出席義務が免除になったりします。また、フランスの場合は学費は年間10万程度しかかかりませんし、いつでも専攻や大学を転学できます。

そして、日本は学連というのがあります。去年からは、実業団と学連が両立できるようになりましたので、大学生選手にとっては競技環境が非常に良くなりましたが、いまだに矛盾しているところが残っています。まず、インカレと全日本学生以外の大会は距離が非常に短く、走り方はヨーロッパのロードレースと全く違うので、練習や経験になるかどうかは微妙なとこるです。同様経験の少ない大学生を相手にしているので、チームプレイ、走行技術、位置取りや走り方等を回りの選手から学ぶことはできません。そして夏休み期間中にインカレがあり、合宿がずっと続いたりしているので、ヨーロッパ遠征に行ける機会もそうは多くありません。さらに、インカレを優勝したとしても、世界からみたときは何の価値もないので、実績にもなりません。学連を走る場合は、その辺りの自覚が必要で、世界的なプロ選手になる面では、実業団と合わせて競技日数が増やせることと、学費が免除して頂けることが、唯一のメリットでしょう。

進学すべきなのか?しないべきなのか?というのは、ケースバイケースの問題で、条件がそろえば、いずれも不可能ではないでしょう。但し、ほとんどの場合は、進学をした選手の方は明るい将来が待っている場合がほとんどなのも事実です。

4.「UCI登録チームに所属して、格の高いレースを走ればいい」

世界で走れるプロ選手になりたいという意向があれば、アジアのUCIチームへの所属は強く諫めます。なぜなら、国際的にはUCI登録選手はプロ選手という解釈があり、プロの大会に出場できるようになりますが、UCIアジアツアーで勝ちまくってもレベルやレースの質が違いすぎてヨーロッパのプロチームは参考にすらしてくれないし、日本の大学生選手、又は大学卒業生選手にはUCIヨーロッパツアーで上位に入るための知識や技術が身に付けられる場がないので、夢のような世界です。要するに、ヨーロッパのプロチームがスカウトしているヨーロッパのアマチュア大会に出場権を失ってしまうので、実質世界への扉を自らが占めるようなものです。

具体的に例えると、ニッポの日本人選手は(ヨーロッパ経由で入団した別府選手を除いて)ほぼ全員、UCIアジアツアーの大会でしか実績が作れず、ヨーロッパツアーでは完走がやっとの世界で、その多くが日本に帰ってくることは、同様の原因です。はっきり言ってしまえば、このシステムを導入した人たちは、プロになるための正しいパイプを現時点ではまだ作れていない(順番を守っていない)ということでしょう。

5.「日本ナショナルチームで海外の経験を積めばいい」

これも大きな勘違いです。ナショナルチームというのは、経験を積むための場ではなく、実績を作るための場です。要するに、個人として、あるいはチームの一員として勝負に絡めることができない選手には、そもそもネイションズカップの出場資格がないわけで、それが可能になっているのは、たまたま日本で強い選手が揃わないからです。極端に言えば、完走もできないネイションズカップに出場する唯一のメリットは、いくら日本で優勝していても世界の中では自分がいかに弱いかを選手に自覚させることだけで、そう考えると、その前の段階である各国のトップ大会で勝負をする経験の方は時間が有効的に使えると考えられます。

なぜなら、ネイションズカップを走っているヨーロッパの選手たちは、年間50レース以上を走っていて、その激しい争いの中でそれぞれのナショナルチームに選抜されている選手なので、県大会、地方大会、インターハイ、全日本選手権、国体だけの、年間10レースにも達していない日本人選手とは経験値やレース強度の次元が違います。

逆に言うと、ネイションズカップで上位の実績が作れていれば、ヨーロッパでは大きく評価されるので、それができるための経験値と実力を、まずつけていきましょう。

 

最後になりますが、日本からワールドツアーに繋がる道が存在していないことがそもそもの原因で、それは今の世代の選手の責任ではなく、前の世代の選手であった今の世代の指導者の責任であって、指導者より若手選手の方が正しい場合を良く目にしてきました。しかし、今の世代の選手が、次の世代の責任者として活躍してくれないと、いつまでもこの悪循環が続きます。日本から世界で輝くプロ選手になることの価値が非常に高く、それに見合った反省と工夫の繰り返しの末にあるので、前の世代の失敗事例をスマートに分析した上で、全力で挑戦して頂きたいところです。

2月 14 2020

時代の変わり目

日本最高峰の宇都宮ブリッツェンが歴史的なエースである増田選手の東京2020オリンピック出場枠獲得に向けて、クラウドファンディングを実施することを発表しました。UCIポイント獲得を目標に、海外のUCIレースを転戦するための支援を募集しているそうです。

実は先日、ツール・ド・ランカウイでステージ優勝を果たした中根選手の成績を見たフランス人の友達から「これで中根選手の五輪出場は決定だね」という連絡が入りました。「いいえ、日本の五輪出場枠はUCIポイントに基づいたナショナルフェデレーションによる特別ランキングで決定するんだ。むしろ、現状は中根選手の出場はかなり厳しい」と説明しましたら、「中根選手がいくら実力を見せても、コースの相性やコンディショニングは、五輪出場の選定の基準にすらなっていないってこと?」と。そうなんです。日本にとっては、五輪の結果ではなく、それまでのプロセスが全てですから。

むしろUCIアジアツアーの格下レースでポイント稼ぎを狙らっているこの現状を考えると、代表選手が確定した時点で日本ナショナルチームのオリンピックロードレースが終了するといっても過言ではないでしょう。

しかし、誰もが東京オリンピック自体を諦めた一方、「五輪に出場するため」の争いが日本のレベルを上から引っ張ってくれているのは事実です。業界の中では、過去1年間で例年より多くの変化が確認できましたし、これからの一年は競技状況や力関係が更に変動することが予想されます。中根選手率いるニッポはフランスのチームと契約を結び、方針をガラッと変えました。フランスと契約を結ぶことによって、別府選手を獲得でき、ナショナルコーチの浅田氏率いるエカーズもマルセイユ郊外に拠点を置くフランス南部のN1アマチュアチームと協調体制を強化し、それが石上選手の加入にも繋がりました。ニッポに関しては、ラ・トロピカル・アミサボンゴで別府選手の総合13位や、中根選手の優勝などもあり、その成果が既に出ています。また、いつも丁寧にアシストの仕事をこなしていた新城選手が自分からポイントを狙いに行く姿も確認でき、本気を出していることが良く分かります。そして増田選手率いる宇都宮ブリッツェンは、あくまでもポイント狙いとはいえ、初めて日本を離れ海外レースに出場するようになりました。新リーグの構造や実業団×学連の二重登録の実現等もあり、競技環境が大きく変化してきています。

但し、果たしてそれは日本国内の全体レベルの安定的な向上に繋がっていくのか?心配要素も少なくありません。日本国内の競技業界率いるJBCFが新リーグの発表を通じて積極的な姿を示しながらも、ボスの右京氏がオリンピック関連業務に専念していることもあり、レース数の急激な縮小が気になります。マウンテンバイク競技の大会会場として生まれ変わっている修善寺サイクルスポーツセンターが利用できなくなり、神奈川県の自転車競技連盟が県大会を中止せざるを得なかったり、予算縮小の関係で、ナショナルチームの強化指定選手も半分程減らされたりと、育成の底辺が非常に苦しんでいる現状です。果たして「底辺を拡げる」作業をなくしては「上から引っ張る」方法が成り立つのか?明らかに時代の変わり目に立っている中で、いかに2020年以降のことを視野に入れて時代の変遷を迎えるかが、新時代の展望を大きく左右しているでしょう。

サイクリングファンにとって、応援している選手が五輪に出場できるかどうかがいくら重要な話でも、自転車業界全体からすれば、誰が出場しても日本の弱さを見せつけられるに過ぎないことは間違いありませんし、いくらその戦いに力を入れても、自己満足以外は何の成果も生じないでしょう。

「ツール・ド・栃木」が発足された2017年まで絶好調だったにも関わらず、1990年の世界選手権を契機に発展してきた栃木県の「自転車王国」は、それまで県内で多く開催されていた大会の半分以上がなくなり、その多くの原因は「地元からの反響」「経済の不安定」だとされています。

そのうち、東京オリンピックの自転車ロードレース競技が山梨県と静岡県で開催されることが決まり、一般社会でも「自転車」に対しての関心が大きく向上しました。自治体が自転車の振興に力を入れるようになり、地域内でオリンピックを代表している自転車ロードレースの話題性が非常に高まっています。その状態を作った上で、いかに受け入れ態勢を整えられるかが、「レガシー」として五輪を引き継ぐ「自転車の聖地」の基盤になると考えています。

当時の栃木県「自転車王国」にはなかった、山梨県と静岡県ならではの強みは主に二つあります。

①は「一般社会を巻き込む力」です。1990年の世界選手権は、世界最高峰イベントとして、大きな前例を作りましたが、あくまでも「業界内での」最高峰だけであり、「一般社会を巻き込む力」は限られていました。オリンピックは、スポーツを超える世界規模のイベントとして、競技自体がマイナーでも、メージャーの効果を引き出せます。

②は「国際性」です。日本国内での戦いではなく、オリンピックだからこそ、「世界」視野に入れるようになっています。山梨県の場合は、自転車文化やホストタウン制度を通じて、特にフランスとの関係性が大きく全面に出ています。日本では

これからは栃木県に変わって、富士山地域が新たな自転車の聖地になるだけではなく、「一般社会を巻き込む力」と「国際性」を上手くマッチさせることが出来れば、山梨県と静岡県の取り組みをきっかけに、自転車ロードレース競技がメージャースポーツになる将来が見えてくるのではないでしょうか。

2月 03 2020

自分にしか分からない世界

今週、香山選手と福田選手がフランスへ羽ばたきます。

19歳、それは自分がAG2R la Mondialeの下部組織に入り、ツール・ド・フランスが見えてくるような位置に立った年でもあります。

その当時の自分は、将来のことですごく悩んでいました。「仕事としての自転車競技」の真実と、自分の中の野望を同時に知り、結局はプロ選手を諦める決断に繋がりましたが、開いたままにしてしまったこの道の先を、この二人が辿ってくれることがその当時の自分の運命だったのかもしれない。

AG2Rの下部組織では、1月末までにWTチーム専属の医者に予約を取って病院でVo2max測定テストを受ける義務があります。特殊的な固定ローラーのような機械の上で、倒れるまで強度を徐々に上げていきます。400wの段階をギリギリクリアできたのが当時の自分の限界でした。「お前は才能に優れているとは言えないけど、サミュエル・デュムランは60のVo2maxでツールでステージ優勝をしてるからね。この数値でプロになれないとは言い切れない」のが医者の言葉でした。そのときは、悲観的に受け止めて絶望したのを良く覚えています。今になって、本当は凄く希望の湧く言葉だったのではないかと思います。プロになるかどうかは、そういうところで決まるんだな、って。それが、正にその言葉の意味だったでしょう。

19歳の自分が持っていなかったこの一つを二人が手にしています。その一つを、今まで通りに磨き続けていけば、自分を上回ってくれるかどうかではなくて、それがいつになるか、そしてどれぐらい上回ってくれるかだけの問題です。今のところ、自分にしか分からない世界がまだ残っていますが、その世界もあと少しで消えるものでしょう。

7月 04 2019

東京2020自転車ロードレースの「観戦禁止エリア」について

先週末、オリンピック組織委員会の方から東京2020オリンピック自転車ロードレース競技のテストイベントの「観戦禁止エリア」について公表がありました。結論からいうと、山梨県に関しては、道志村は道志みちの駅蕗周辺、山中湖村は平野湖畔と山中湖畔のみ観戦可能ということが明らかになりました。基本的には、道路上の観戦は危ないと見なされ、歩道のない区間は全て観戦禁止となっている設定です。結果として、コース上のどこを見ても、1km以上の登りで観戦できる区間は一つもありません。

極端に言えば、オリンピック組織委員会のスタンスは以下の通り︰

・競技フィールドに進入することは危険です。

・事故があった場合は、責任が主催側にあります。

先ず、それらの対策の実現性に関して疑問を持っています。

・道路上の観戦は禁止されますが、道路の脇は、禁止することが難しいでしょう。森の中から観戦すればいいのではないか、ハイキングコースを使って見ればいいのではないか、あるいは隣の土地に入って観戦すればいいのではないかという行動が発生するでしょう。

・距離もあって、安全確保を任される多くのスタッフは警備員ではなく、一般のボランティアです。その方々がどこまで対応できるかが予想できません。

・更に、海外から多くの来客が見込まれています。彼らは、「観戦禁止エリア」があることなんて想像すらしていないので、非常にがっかりするだろうし、彼らを抑えるのも簡単ではないでしょう。

・前例のない規模のロードレース開催なので、新たな基準となる部分が多く出てくるはず。本来、必要のないところに大勢のボランティアを配属するというのは、今後大規模の自転車大会を開催したときには、ハードルがとても高くなります(無理に近いです)。

オリンピックは、国家予算を使って開催されています。日本国民のお金を使う上では、社会に貢献できる前提での開催となります。オリンピックを開催するメリットとして、大きく2つがあります。

1.スポーツの普及

2.日本のPR

もちろん、完全に観戦できないわけではありませんし、放映されるわけでもあります。但し、そこで大きな問題点が2つ出てきます。

・1.スポーツの普及︰観戦できる平地区間は、集団が一瞬で通過して終わるので、慣れていない住民に競技の魅力を伝えることが出来ません

・2.日本のPR︰自転車競技を見慣れている世界中の視聴者がスカスカな道で開催される大会を見てとても驚きます(理解できません)

自分としては、つまり、スポーツの普及に失敗した上では、日本が世界に恥ずかしい場面を見せることになるのではないか、ととても心配しています。そうなってくると、わざわざオリンピックを開催する意味までなくなるのではないかというところまで考えさせられます。とても軽視できる次元の話ではないでしょう。

7月21日にテストイベントが同コースで開催されるわけですが、個人的には、失敗した方がいいのではないかとまで思うようになってしまいました。

私が自転車の選手になろうと思ったきっかけは、フランス国民として、思わず「自転車文化」に馴染んでいたからです。いわゆる「自転車の本場」(フランスではそんな表現は一切ありませんが)では毎年、2ヶ月間も続く夏休みが始まるのと同時に、世界最大の年次スポーツイベント「ツール・ド・フランス」が開幕されます。3週間に渡って、世界のトップ選手が自国の道路を駆けつけて、そしてそれは朝の9時から夜の6時まで公共放送を独占しています。何よりも、「ツール・ド・フランス」を生で見たことのないフランス人は珍しいです。なぜなら、無料で近くまで通ってくれるからです(「フランス一周」という意味ですからね)。130年以上の歴史を持つそんな自転車競技は、昔から「民族に一番近いスポーツ」として知られています。

道路沿い(あるいは道路上)で観戦するのが自転車競技です。言い方を変えれば、一般的には、自転車競技ロードレースの場合は、道路沿いで観戦できないケースはありません。自分が知っている範囲では、道路上の観戦が唯一禁止されたケースは2015年のLacets de Montvernierという峠です。理由としては、道路が狭い(4メートル)上で、ヘアピン(lacets)が連続していたからで、実験の意味も含まれていました(逆に、通常観客が溢れている登りで誰もいないのが新鮮で、放送時に意外な静寂が話題になりました)。それ以外は、毎年1億人超えの客数を誇るツール・ド・フランスは、観戦を禁止した事例はありません。もちろん、世界最大の自転車ロードレースイベントで観戦禁止エリアが設けられることが一切ないということは、格下の大会でもそんなケースはないというまでもありせん。

日本国内は、ヨーロッパと違って、そういった「自転車文化」は存在していなくて、自転車ロードレースもマイナースポーツと呼ばれています。それは、歴史や文化、様々な理由がありますが、社会の違いが大きく関係していると思われます。特に、欧州では「民族に最も近いと言われるスポーツ」=良い意味で「社会性の最も高いスポーツ」は、日本になってくると悪い意味で「民族に対して一番負担が大きいスポーツ」になってしまいます。「自分の家の前に来てくれる、無料で楽しめる理想の娯楽」から「長距離に渡って生活道路を止める分、儲けもしないスポーツ」という捉え方に変わります。それは、メジャー・マイナーの話以前にも、このスポーツの概念に関して(欧州の成功の理由に関して)の理解不足を表していると思います。

自分が思うには、「責任」に対する考え方が極端に異なることが、一番大きいのではないかというのがあります。ヨーロッパでは「自己責任」が基本となっていて、責任が行動を起こす人間にあります。日本では責任はグループ側が負って、環境を設ける人間にあります。その結果として、「問題があった場合」に対する考えが行動に先立って、否定から入るシステムが普及しています。自転車に限る話ではありませんし、「社会としてはありなのではないか?」という考えもあれば、「国際化に接するのであれば、否定から入るのでは意味がない」という考えもあるでしょう。

歴史の中では、どの国を見ても、オリンピックが黒字で終わることは一切ありませんし、むしろ社会に多くの被害が出る事例も多くあります。東京2020の開催は、世界中に日本の魅力を発信するために決まったはずです。オリンピックを開催する意味を、忘れられているような気がします。

1月 20 2019

山中湖サイクリングチーム

全てを込めたこのプロジェクトがいよいよスタートを切ります。

 

自転車を成り立たせようと、世界とは通じない独自のビジネスモデルに傾いてゆく日本国内か、頼り切りにしているけど、日本人には向いていない本場ヨーロッパか、二者択一に迫られている若手選手の状況、そしてどちらを選んでも過去10年の成功率がゼロに留まっている現実、そんな事実を踏まえた新たな取り組み、「山中湖サイクリングチーム」です。

 

このプロジェクトを通じて、人生に一度しか経験できない「オリンピック」、そして日本と世界をつなげる「富士山」を背景に、日本の自転車競技界が悩まされているこの厳しい現状に自分なりの解決を提供し、将来ではところどころ参考にされる見本にしていきたいと思います。

 

もちろん、一人でやっていく訳ではありません。半年前から支えてくれている地元の方々、そしてオリンピックの土地を訪れてきた多くのサイクリストが力を貸してくださっています。その感謝の気持ちを込めて、2月3日にチームプレゼンテーションと記者会見を行います。

 

参加は無料なので、是非このプロジェクトの誕生を一緒に生で見に来てください!

 

www.yamanakakocyclingteam.fr

1月 12 2019

自転車時代

私がこの職(山中湖村国際交流員、自治体のオリンピック調整役)に着いたことは、たまたまではありません。オリンピックコースの中心に選ばれた道志村、山中湖村、小山町、そして富士山地域は、ターニングポイントとなる歴史的なイベントを迎えるところだと思います。日本の伝統が深く影響されるわけではありませんが、「自転車時代」に入るところだと言っても、過言ではないと思います。

前日、2019年の全日本選手権がオリンピック・パラリンピックのゴール会場である「富士スピードウェイ」にて開催されることが発表されました。全面的に、行政(小山町)そして企業(オリンピックゴールドパートナーのトヨタ)の動きによって確定したことは確実で、「機運醸成」はあっちこっち聞くようになりました。この地域にとっては、課題とされている「離村傾向」に向き合う大きなチャンスですから。

オリンピックが開催されても、本番だけでは長期的な影響はないと思います。大切にしていかなければならないのは、「オリンピックがあるからできるようになること」または「レガシーとして継続性のあること」です。

「オリンピックのチャンス」というものは、大きく2つあると思います。先ずは、「一般の人に注目される」ことです。ジャパンカップ開催のきっかけとなった1990年の全日本選手権は、あくまでも自転車ロードレースを知っている人に関心されないイベントである中で、栃木県はここまで盛り上がってきました。オリンピックは、それ以上の影響力を持っています。誰でも知っている大会ですし、この地域ではこの自転車競技大会しかありません。つまり、自転車ロードレースのことを耳にしない住民はいないということです。それは日本の自転車競技会としては、史上初めての状況です。

2つ目は、「国際基準そのまま日本にやってくる」ことです。一般的にも重視される点ではないと思いますが、それこそ日本にとって大変な影響を与える要素になると思います。歴史的にもそうですが、特にスポーツに関しては、島国の日本は独特なシステムを持っていて、その影響で国際的に輝いているとは言えません。一方で、国際化がどんどん進んでいく中で、これから諸々と国際基準に合わせていく傾向が見えてくると予想できます。その中で、オリンピック大会を通じて、世界的に認知されている自転車競技を知るきっかけとなるでしょう。世界ではすでに成り立っているから、世界基準へと合わせていき、一気に差を詰めていく動きがようやく見えてくるのかもしれません。

これから「自転車時代」に入る富士山地域において、我々は大切な役割を果たしています。自転車に相応しい「貢献循環」を生み出し、社会へと上手く連携していけば、「車時代」を過去なものにしていける部分もあるかもしれません。これからの2年間で、どこまで物事を変えていけるか、とても楽しみです。

1月 03 2019

日本人を相手の大晦日

皆さん、明けましておめでとうございます!

フランス帰省は今日で終わりになります。合計14日間の帰省で諸々確認できたので、しばらく安心して日本に帰ることができます。

フランスで4年ぶりの正月は、相変わらず日本人を相手にしての越年でした。地元リヨン地域の北部に家族と一緒に住んでいる日本人最強選手の別府史之選手に誘って頂いて、フランス語と日本語で言葉を交えながら、4年前までに走り回っていた練習コースを一緒に巡って自分にとっては特別な大晦日でした。

別府選手は、仕事である自転車選手生活にとても真剣に取り組んでいるからということもあって、発信することはそれほど多くありませんが、日本のロードレース界の鍵を握っている一人の存在だと感じました。特に印象に残ったのは、史上最強の日本人選手であるかもしれないにも関わらず、多くの国内選手よりも、常に謙虚していることです。そういうことから、日本人選手としての活動ではなくて、世界で戦っている選手としての活動を重視していることが分かります。

上のレベレで戦えるようになるために、日本という心地の良い領域をわざわざ離れて、知らない業界の中で自力でちょっとずつ居場所を作ってきた選手です。尊敬する選手は、一人増えました。

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