自転車で地域&人づくり
sisbos
Blog

Blog

Blog

  • 日本の自転車ロードレース界が先進している部分について(2/2)
    3 January 2022
    日本の自転車ロードレース界が先進している部分について(2/2)
    写真 © JCL公式 「日本の自転車ロードレースが先行している部分について」ということで記事を作成しましたが、先日はその第一弾として、比較のために世界が抱えているいくつかの課題を取り上げてみました。 今回は第二弾として、国内で特に注目や評価している取り組みを深掘して、どのように先行していると考えているかについてご説明できればと思います。 「スポーツ」と「まちづくり」について 2015年に「スポーツ庁」が設立され、2018年に「日本体育協会」が「日本スポーツ協会」に名義変更されたように、「スポーツ」という言葉が日本に定着し浸透してきましたが、本当に最近のことだというのもよく伺えます。日本の場合、「スポーツ」の前身は「体育」であり、その歴史的背景を踏まえると「教育」から交差してきた二次的分野のようなものに該当するとも言えます。そのため、今は「運動に対する認識」のすべてが世界共通概念の「スポーツ」にまとまってきたとはいえ、日本社会の中ではスポーツの位置づけがまだ少し特徴的な気がしています。 しかし面白いのは、社会の中で「身体運動」の立ち位置が「体育」から「スポーツ」へと移行している中で、「スポーツまちづくり」という新しい分野が生まれたことだとみています。スポーツを部分的に活用して社会や地域の発展に取り組むのは、世界各国にはもちろんあることですが、独立している一つの分野として研究されており、一つの業界にまとまってきたのが割と異例で非常に興味深いと思っています。 これはスポーツに限らず、「まちづくり」というコンセプト自体でさえ、私にとって日本に来るまでは馴染み薄かったです。自然災害、都市化や少子高齢化等日本特有の課題があるためかは分かりませんが、国や企業からローカルな団体や個人まで、社会が様々なスケールで個々の意欲のみならずコミュニティのニッズを満たす方向にも自主的に動いていることも日本特有の素敵な側面で、これから世界全体が直面する環境やエネルギー問題を乗り越えるために決定的なノウハウになるのではないかと思っています。 「地域密着型スポーツ」について 上記の論点に因んで、「地域密着」も簡単に直訳できない言葉の一つです。「地域密着型クラブはJリーグがヨーロッパから持ってきたもではないか」という疑問も聞こえてきますが、日本で考える「地域密着型モデル」はその先に進んでいると思います。なぜなら、ヨーロッパのスポーツは地域の中で生まれたものなので、本来の姿が「地域密着型」です。日本のスポーツは上記のとおり教育の一環として生まれ、社会の中で位置づけられてきたので、「地域密着型モデル」は後付けで導入されイノベーションです。結果的に何が違うかというと、ヨーロッパは昔からの固定概念を引き継いでいるのに対して、ゼロから「地域密着型モデル」を作り上げた日本はヨーロッパ、アメリカ、アジア等の仕組みを自由に参考にしつつも、現代社会にフィットするように独自の取り組みも活発に取り入れた結果、昔のままに固定されているヨーロッパのスポーツシーンとは違って、地域のニッズに応じる形で新しいクラブやチームが多く誕生しており、新しい市場が出来き拡大しつつあります。ヨーロッパ人としては、その部分を羨ましく見ています。 自転車競技の例がいちばん分かりやすいです。ヨーロッパはどのスポーツでも昔からクラブ型に統一されている仕組みで、選手育成が成功している理由でもありますが、自転車競技の場合は地方自治体の補助金が主な収入源で、プロチームに関しては完全に企業スポンサー型ですよね。チーム単体で地域に密着し独自の活動だけでプロのクラブを成立させた事例は、ヨーロッパには一つも存在していません。 そのため、10年前 Jリーグを参考に誕生した宇都宮ブリッツェンが「地域密着型モデルを自転車競技への導入」を実現したのは、日本初ではなく、世界初と言ってもいいのではないかと思っています。 「ジャパンサイクルリーグ」の挑戦 しかし、去年誕生された「ジャパンサイクルリーグ」(JCL)が目指しているのは、それを全国に広げ、ひとつの仕組みとして成立させることです。ただでさえ、日本語で意味する自転車競技の「地域密着型」プロチームは世界で一つも存在していないにも関わらず、それをシステマチックに成立させることができれば、アメリカのNBAのように、日本のみならず世界を動かせる取り組みが生まれることになると思います。 もちろん、自転車競技に関して世界レベルでも前例がないことだからこそ、その実現性を十分に疑うこともできますし、実際には初年度でいくつかの致命的なハードルが明かされましたが、リーグは既に存在しており立派な1年目を切ったので、これからどのように価値を生み出していき、システム全体を成立させていくかを非常に興味深く観察し研究していきたいと思っていまし、課題の洗い出しも含め自転車の可能性を信じている日本国民の皆さんが一丸となってこの新しい取り組みを支えていってほしいと思っています。 JCL一年目の総評及び今後の展望と課題について、後日別の記事で述べる時間を作れるように頑張ってみたいと思います。 まとめ 先日の第1弾では、サイクルスポーツに関して世界最先端を走っているヨーロッパのシステムが抱えている課題を取り上げ、今回の第2弾では、日本が起こしているイノベーションがどうのようにそれに応じられるのかについて述べました。表面しか触れていませんが、ツールド東北や富士ヒルクライム、ルーツ・スポーツ・ジャパンの「ツールドニッポン」や分散型イベントへのシフト、競輪業界で革命を起こそうとしている「PIST6」やシクロクロスの普及など、深掘りしていけば例に挙げられる取り組みは他にたくさんあります。世界に視点を変えることで、皆さんがヒントになるような情報を見つけられたら嬉しいなと思っています。
    続きを読む...
  • 日本の自転車ロードレース界が先進している部分について(1/2)
    30 December 2021
    日本の自転車ロードレース界が先進している部分について(1/2)
    写真ⒸSatoru Kato 今年9月、「日本の自転車ロードレース界が、なぜ世界から遠ざかっていくようになったのか」という記事の中で、世界で通用する自転車ロードレース界を築く観点において、トップリーグが二つに分裂した近年の流れを厳しく評価していました。 しかし、これはあくまでも「世界で通用する自転車ロードレースを築く」という観点の話であり、結局のところメージャーに引き上げていくために欠かせない道筋だとは思うので厳しい総評に変わりはありませんが、観点を置き換えると、「日本流」を強調したとてもイノベーティブで興味深い取り組みもありました。 上記紹介した記事の中には、「JBCFの中からほとんどの地域密着型チーム「…」が「Jプロツアー」を離れた「…」背景にある数年前からの価値観と考え方の違いがある(ことについて)個人的な見解があり、今回の記事の趣旨ではないので省略します」と書いていたので、その「個人的な見解」について述べていきたいと思いますが、全てを一遍に述べると長文になってしまうので、今回は自分がどの目で見ているのか(1/2)についてお話をさせて頂き、次回は注目し期待を寄せている具体的な取り組み(2/2)について深掘りしていきたいと思います。 どの立場で見ているかによって、評価が全く変わってくる まず、当たり前のことですが、私が日本語で発信している際、あくまでも日本人向けの内容しか発信していません。日本の環境をどうすれば改善できるかや、世界の中で参考になる部分などの観点で話をしています。対象にしている日本の読者がもっとも興味を持っているのは、自分たちのことだからです。とはいえ、それがあくまでも一つの観点に過ぎず、むしろ日本人ではない自分の本来の観点ではなかったりします。 ヨーロッパ向けに発信している際は視点が逆になります。日本で「本場」と言われているヨーロッパの自転車競技環境は美化されがちですが、このヨーロッパもいくつかの課題を抱えています。日本在住者や業界関係者としての観点はもちろんですが、当然ながらヨーロッパ人としての観点もあり、自転車の話に限らず、どちらにウェイトをおくかによって、見解が全く違ってくることもしばしばあります。 日本とはまるで違うにせよ、ヨーロッパも多くの課題を抱えている もっとも代表的な例で申し上げますと、フランスをはじめ自転車競技歴史の長い国々の多くは、「レース数の急減」という大きな課題に直面しています。 プロ競技だけ見ていると、レベルが年々上がっていき、大会数も大きく変動していないので、発展し続けているようにも見受けられますが、実はピラミッドの頂点を支えているアマチュア部分を取り巻く水面下の環境に関しては、高齢化及び補助金の削減の影響を真正面に受けており、構造的で致命的な問題に面しています。近年のネオプロ選手の若年化の原因でもあったりします。 分かりやすく言えば、私がアマチュアとして活動していた10年前より、今のロードレース大会総数が3から4割ほど減りましたが、この当時も同じことが既に言われていたので、実質的に30年で大会総数が当時の3割ほどにまで減ってきました。チーム数も選手数も、同じ傾向にあります。 どうやって継続してきたかと言えば、私の出身地を例に挙げますと、20年前はローヌ県、ロワール県とアン県の3県(リヨン市の周辺地域)で構成されている「リヨネ地域圏」でした。私が走っていた頃は、このリヨネ地域圏が隣のドフィネ地域圏(クリテリウム・ドゥ・ドフィネのドフィネですね)と合併し、アルプス方面を含めた計8県をまとめる「ローヌアルプ地域圏」に変わりました。更に4年前は、このローヌアルプ地域圏が隣のオーヴェルニュ地域圏と合併し、現在は「オーヴェルニュ・ローヌアルプ地域圏」という計12県の管轄になりました。それでも、地域圏選手権大会を例にあげると、参加者数が「リヨネ地域圏」の当時とはほぼ変わっていないのです。 フランスの場合、毎週末1000円で大会に参加できる理想とされている環境は実は、昔から完全なる無償ボランティアの努力によって成立しているものであり、この仕組みが崩壊しつつあります。理由としては、上記述べた一元化の傾向もそうですが、それを可能としていた社会主義の国柄が薄まってきていること(=補助金が削減されること)や、日本にはまだほど遠いですが社会の官僚化が進んでいること(=安全性を考慮した施策や法律等によるハードルが高まること)などが挙げられます。そのため、ボランティアモデルのアマチュアリズムから抜け出し、パラダイムを立て直す必要がありますが、イノベーションが全くできておらず、衰退がどんどん進んでいるのがヨーロッパのアマチュア自転車競技界の現状だったりします。 「本場」でも、日本から学ぶべき点も多々 本題に戻りますが、そういう観点で見ていると、日本の自転車競技界は非常に先進的で、ヨーロッパの課題に響く取り組みが多いです。なぜなら、そもそもボランティアに頼れる社会構成ではない(労働時間が長く、助成金割合が低いなど)こともあり、「スポーツから最大限の価値を生み出し、稼ぐ仕組みを作ること」に対する意識が高いからです。それが、ヨーロッパに必要な「パラダイムの立て直し」の一つの参考になると思っており、その観点でとても興味深く見させて頂いているわけです。 ここ数年の「ジャパンサイクルリーグ」(JCL)が掲げている企業理念や事業内容は正しくそれに該当しており、数年前から見え隠れしていたこの新しい価値観の誕生に注目していました。全てに賛同しているわけではありませんが、「自分たちだけの力で稼ぎ、ビジネスを成立させる」という点をはじめとして、中には非常に先進的で将来性の高い取り組みも数多くあると考えています。「地域密着型スポーツ」の考えはヨーロッパから入ってきたというイメージが普及していると思いますが、実際には「日本流」の地域密着型モデルは、ヨーロッパのモデルとは全く違うものになっており、どのように違うのか、そして具体的にどの点について興味を示し期待しているのかについて、次の記事で述べていきたいと思います。
    続きを読む...
  • 「ヨーロッパの壁」
    6 December 2021
    「ヨーロッパの壁」
    日本に来てから、早いことに6年経ちました。 本来、競技と一線を引くつもりで来日した私ですが、経験してきた母国の自転車競技と、日本で行われている自転車競技にどれだけ差があるものかを実感して、なんだかんだで再び自転車競技に関わることを決意する流れに吸い込まれました。 私にしか分からないこと、私にしかできないことがあるに違いない、と思ったからです。 だって、自転車ロードレース競技において日本人選手が乗り越えられない「ヨーロッパの壁」の向こう側から来ているわけですから。 世界で戦えるようになるための観点から考えたら、日本の自転車競技界が何よりも必要としている存在なはずです。 しかし、不思議なことに、「本場との架け橋」のような活動をしているときに限って、自分であれば堂々と実行していけるようなことを、日本人を巻き込んでやろうとしていると、その日本人が「私」という壁にぶつかるかのようなことが起きます。 私の立場からすれば、本当に不思議でなりません。 もちろん、立場を置き換えると、「私」が「日本人」という壁にぶつかっている、とも捉えます。結果的には、全くイコールのことでしょう。 ましてや、日本では経験できない、常識化されていないようなことに関しては、私の意見や考え方がどうしても「マイノリティ」に該当するので、反対意見は必ず「マジョリティ」になるわけです。ずっとそんな中で生活していると、頭がおかしくなるぐらい、自分を疑うようになってきます。 正しく表現できていないのか? それとも、自分が正しく理解できないのか? あるいは、そもそも学んできたことは間違っているのか? そういうときは、地元の友達、アマやプロで活動している先輩の選手や指導者の知り合いに相談することが多いのですが、そうしていると、今度は私の意見や考え方が再び「マジョリティ」に該当していることが確認できます。 やっぱり、学んできたことは間違っていない。 でもそう考えると、自分が正しく理解できていないわけではない。であれば、「正しく表現できていない」ということになるでしょう。 しかし、6年経過して、困ることがないぐらい日本語を習得できても、全くもって「日本の壁」にぶつかることに変わりは見受けられません。それがいつも、「新しいこと」を伝えよう、実行しようとしているときです。要するに、「母国」(フランス、或いはヨーロッパ)と「異国」(日本)を繋げようとしている、「架け橋」を担っているときです。 結局のところ、日本人選手が「ヨーロッパの壁」にぶつかっているのと全く同じように、私は「日本の壁」にぶつかっているということでしょう。 では、数年経っても、それがなぜ改善されていかないのか。 最初は、それは「自分に問題があるから」だと思っていました。 その「問題」を見つけて、解決していけば、きっと壁を乗り越えられるようになると思っていました。 しかし、それは自分に「問題」があるのではなく、「抵抗」があるからだというのが分かってきました。 6年で変わったのは、ネイティブに割と近い言語力を習得できたことや、日本社会で生活できるようにもなったことです。それは、様々な問題を乗り越えて、成長し続けてきたから、日本文化に対する理解を深めようと努力した結果です。 6年経っても変わらなかったのは、日本に来るまでの間に受けてきた「教育」や、自分の中で養われてきた「価値観」です。自分の軸となっている部分なので、そう簡単には変わりません。 もっというと、外部からの刺激を歓迎して成長に繋げる傾向がある一方、自分の「教育」や「価値観」を否定されるようなことには、生存本能に近いような形で、抵抗する衝動が芯から湧いてきます。 このように、人間には「可変」と「不変」の部分があることを学びました。 そのように考えるようになってから、「壁を乗り越える試練」を施すよりも、自然と「壁にぶつからない戦略」を考えるようになりました。 それで、再び立場を置き換えてみました。「ヨーロッパの壁」にぶつかっているのであれば、その壁を「乗り越える」のではなく、「避ける」方が有効だと。 自分が壁の向こうから来ているのだから、壁を乗り越える方法をみんなに教えていけばいいことだと思っていた当初の発想が、蛙に飛ぶ方法を教えようとするのと一緒だと。 そんな中で、自分が持っている唯一無二の経験とノウハウをどのようにしてイノベーションに繋げていけるのかについて、まだ回答は出ていませんが、少しずつ近づいているのではないかと思っています。 同じようにして、唯一無二のチャンスを目前にしている日本の若手選手が「ヨーロッパの壁」を乗り越えられなくても、世界に近づいていって頂けたらいいなと思います。
    続きを読む...
  • 「ギア規制」の背景と根拠について
    1 December 2021
    「ギア規制」の背景と根拠について
    フランス自転車競技連盟(FFC)が昨日、2022年1月から、U17カテゴリーのギア規制を取り下げることを発表しました。U19の規制はすでに、2019年をもって解放していたので、U15を卒業すると、ギア規制が一切なくなるということになります。日本では、「ギア規制」のルールに対する認識が古かったり、浅かったりしているので、この記事ではギア規制の背景と根拠について述べたいと思います。 ギア規制とは何か?&その現状 自転車ロードレース競技においては、選手の年齢に合わせて「ギア規制」という、外部からみたら不思議に思うような仕組みが存在します。 日本の場合、U19(17、18歳)の選手は7.93m(52×14)、U17(15、16歳)の選手は7.01m(46×14)、U15(13、14歳)の選手は6.10m、U13(11、12歳)の選手は5.66mにギア規制が設定されています(一回転で自転車が進む最大距離のこと・ギアは700×23cのホイールを利用の場合、参考として)。 U19の7.93mに関しましては、UCI(自転車国際競技連合)が世界共通で定めている数値ですが、U17以下はUCIが管理しているカテゴリーではないため、各国のNF(自転車競技連盟)に任されています。そのため、国によって、大きなバラつきがあります。 例えば、ヨーロッパでは日本と同じ規制を設けているのはドイツとオランダのみです。 ドイツU17 : 7.01m(46×14)U15 : 6.10m(40×14) オランダU17 : 7.01m (46×14)U15 2年目 : 6.55 m  (46×15)U15 1年目 : 6.14 m (46×16)(オランダは、U15を更に二つに分ける仕組み) ここからは私の推測なのですが、日本は恐らくオランダ古代の規定をそのまま導入し、それ以降ずっと変更されずに今に至るということなのではないかと考えています。 一方で、フランスやベルギー等では、規定がまた違います。参考まで、現時点でヨーロッパ各国の規定を下記に記載します。 フランス(2021年まで)U17:7.62m(50×14)U15:7.01m(46×14)(私の時代では、U17は7.47m(49×14)だったが、2013年に変更された) ベルギーU17 : 7.32m(48×14)U15 : 6.40m(48×16) スイスU17:6.94m(52×16)U15:6.10m(46×16) イタリアU17:6.94m(52×16)U15:6.20m(52×18) デンマークU17:6.94m(46×14)U15:6.20m(42×14) そもそも、なぜギアを規制しているか? ギア規制が初めて導入されたのは1921年に開催されたスカウティングを目的としたトラック大会だったそうで、100年を超える歴史の長い措置です。当時から、規制の理由としてあげられているのは、「筋力(トルク)を重視した運動は負荷が高いのに対して、柔軟性(ケイデンス)を重視した運動は負荷が低い」という仮説があり、成長期に高い負荷をかけることが成長に影響をもたらすことが懸念されています。 そこから、人類の遺伝的や文化的な変化、機材メーカーの供給やカテゴリー分けの仕組み等に左右されてきましたし、一時期なくなったカテゴリーもありますが、若手選手を怪我や障害から守ること、伸びしろを担保してプロに上がるまでに「燃え尽きてしまう」ことがないようにすることを理由として、ずっと規制が行われてきたのが自転車ロードレース競技の長い歴史のひとつです。 フランス(及びUCI)でギア規制に対する考え方が再検討されている理由 ところが、ロードレース種目とトラック種目では100年以上の歴史のある措置であることに対して、マウンテンバイク、シクロクロスやBMXという、比較的に発展の新しい種目では規制が存在していませんが、特定の影響が観察されたことはなく、科学的な根拠が存在しないということで、近年はUCIをはじめ、ヨーロッパ各国はギア規制に対する考えを再検討しはじめています。連盟専任の医者の依頼のもと、「ギアを規制するより、ディレーラーの正しい使い方を教わった方がいい」という仮説をもとに、フランス自転車競技連盟が2019年にU19の選手6名に対する実験調査を実施したところ、規制されているレース(U19のみの場合)より、規制がされていないレース(大人と混走する場合)の方が、観察された最高ケイデンスが高い、という結果が明かされました。ようするに、ギア規制を設けることはそもそも、高ケイデンスでの運動を促しているわけではない、ということです。 その背景には、フランスは近年、トルク力が重視とされているタイムトライアル種目で世界レベルでの成績が悪かったことがあり、その原因の一つとして、ギア規制が挙げられていたこともあります。また、サッカーをはじめとする他のスポーツに見習い、自転車競技でも近年、ネオプロがプロ契約を結ぶ時期がどんどん若年化していることも注目されています。 この調査を受けて、2020年より、フランス自転車競技連盟の規定上、U19カテゴリーのギアを開放する方針を決めました。国際舞台では、UCIはまだ規定を改めていませんので、今年はフランス代表の選手から矛盾が指摘されることもありましたが、UCIも、U19カテゴリーに関するギア規制を取り下げることを検討していることを明らかにしています。そうなれば、UCIはU19のギア規制しか差がめていないわけですから、UCIの規定上、ギア規制のルールが一切なくなるということになります。 更に、U17カテゴリーに関しても、フランス自転車競技連盟が2021年12月31日をもって、ギア規制を取り下げることを発表しました。もともと、U17カテゴリーへの適応も検討されてはいましたが、コロナ禍で機材を手配するハードルが莫大的に上がったことが転換点だったとされています。今のところ、自転車関係者からは、批判の声が上がってます(FFCを含め、政府や有権団体に対する批判が盛んなのもフランス文化です)が、今年7月に東京オリンピックフランス代表GMとして来日したエマニュエル・ブルネ氏はこう説明しています:「トルク力の向上を目的とする運動は、健康に影響をもたらすどころか、選手の成長の一環として必要不可欠な要素であり、自転車だけではトルク力の強化が不十分であることまで科学的に証明されています」。
    続きを読む...
  • 日本の自転車ロードレース界が、なぜ世界から遠ざかっていくようになったのか
    10 September 2021
    2020年2月に、「時代の変わり目」という記事を公開していました。 そのときは、新型コロナウィルスが蔓延する直前で、国内トップリーグの分裂もまだ誰も思いがけていませんでした。日本の自転車競技界は世界に近づいていくのか、それとも悪い方向に交差してしまうのか、両方の可能性がまだ残っていました。 当時は、次のポジティブ要素を注目していました。 ・「五輪に出場するため」の争いが日本のレベルを引き上げてくれていた ・競技状況や力関係の構図が変動する前兆があった ・あくまでもポイント狙いとはいえ、宇都宮ブリッツェンが初めて欧州のレースに出場した ・実業団×学連の二重登録や、念願の新リーグの構造が実現された/される予定だった しかし、「果たしてそれは日本国内の全体レベルの安定的な向上に繋がっていくのか?心配要素も少なくありません」と、次の点を懸念していました: ・JBCFが新リーグの発表を通じて積極的な姿勢を見せつつも、レース数が急減し、理事長の右京氏が組織委員会の仕事と兼務を始めていた ・修善寺CSCが利用できなくなったり、予算縮小でナショナルチームの強化指定選手も半分程度に削減されるなど、政府や連盟から選手育成より東京五輪の短期施策が優先されていた 「果たして「底辺を拡げる」作業をなくしては「上から引っ張る」方法が成り立つのか?明らかに時代の変わり目に立っている中で、いかに2020年以降のことを視野に入れて時代の変遷を迎えるかが、新時代の展望を大きく左右しているでしょう。」と、疑問的な結論を挙げていました。 その時から、2020年と2021年シーズン、二つのシーズンが経過しました。新型コロナウィルスが世界中に蔓延し、東京オリンピックの延期が決まり、トップリーグがJBCFとJCLに分裂するなど、想定外の方向に流れていきましたが、それも含め、間違いなく「時代が変わった」といえると思うので、ここ2年の出来事を踏まえ、現状を分析し、いったん評価を出してみたいと思います。 ①若手を中心に、競技環境が悪化している ・「オリンピック優先」の短期ビジョンで取り組んできた →例年育成の中心となっている修善寺サイクルスポーツセンターがオリンピックの関係で2年間利用不可能になったり、U23以下のナショナルチームの活動予算が削減されたりと、JOCやJCFは将来の可能性を広げるより目の前の結果を求める施策を選択したように伺います。 ・ヨーロッパに比べると、中止された大会の割合が大きく、未だに持続可能な運用方法(ウィズコロナ運用)に至っていない →ヨーロッパ各国の感染状況が日本より何倍も酷かった時期があったにも関わらず、しっかりした施策を講じることで、立ち直りが速く、通常とまでいかないまでも、2020年は育成の基盤となるコアなレースはしっかりと残していましたし、2021年はウィズコロナの運用方式を見つけほとんどの大会を開催できました。一方で、日本では2020年でも通常に戻る場面まであったにもかかわらず、大会の中止が相次ぎ、今でも光が見えない状況が続いています。この状況が続けば続くほど、限られた時間で詰められる経験や、トレーニングの強度の差がより広がっていきます。この差を、この世代の選手がこれから詰めていき、いつかワールドツアーにたどり着けられるとは現実的に考えられないので、数年にわたる世代を犠牲にすることになるといっても過言ではないと思います。 ・U19以下は全日本選手権が2年連続中止に →本日、U19以下の全日本選手権の中止が発表されました。去年に引き続き、2回連続の中止になります。その結果、2003年生まれの選手は全日本選手権の成績を残すことができませんでしたし、2002年と2004年の世代もこの影響を食らっています。一見、全員同じ状況におかれているので不公平はないように見えますが、日本国内で世界的に評価されている唯一の大会ですから、今まで扉を開けてくれていたきっかけを一つの世代が丸々失ったようなものです。 そもそも、大会が少ないなかで、全日本選手権が開催されないことは、モチベーションに大きな影響を与えることもいうまでもありません。 ②業界内のバラつきが酷くなっている 個人的には、日本国内の自転車業界の分散状態を日本と世界の差の根本的な原因と見ています。このたった2年間で、少しずつまとまる傾向にあったその分散状態が恐ろしい勢いで更に広がってしまいました。 ・トップリーグの分裂 →JBCFの中からほとんどの地域密着型プロチームと、企業スポンサー型チームの一部が今までともに盛り上げてきた「Jプロツアー」を離れ、「ジャパンサイクルリーグ」という新しいリーグのもとに集結しました。背景には、ずっと興味深く観察してきた数年前から続いていた価値観と考え方の違いがあります。この状況に対しては個人的な見解があり、今回の記事の趣旨ではないので省略しますが、確実に言えるのは、我々の大好きなスポーツが弱っていた時期に、分裂が起こってしまうことは、双方それぞれがいくら頑張っても、競技レベルの低下につ繋がってしまうことです。 ・衰退傾向にあった伝統や歴史の長い組織や古い価値観が前面に戻った →自転車ロードレースにおいては、日本とヨーロッパは天と地ほどのレベルの差があり、現状を変えていかなければ追いつくこともないことは、誰も否定しない事実です。しかし、コロナ禍を迎てからは、入国制限の関係で外国人選手との接点が突然なくなり、JBCFが「原状回帰」を訴えたり、基盤の丈夫な高体連、学連やJKAなどは既存のサーキットコースを活用して基盤を固めるなどして、結局変わりつつあった自転車ロードレースシーンが過去の状態に引き戻されたように思えます。これは、安定を取り戻したという意味では良いことかもしれませんが、現代の若手選手のニッズや野望に答えられるか、そして世界との差を詰める方向に進んでいくかといえば、疑問が残ります。そして、この中で育ってきた世代の中では、保守的な価値観を養成することにも繋がるのではないかと心配しています。 ③向いている方向は、世界ではない ・世界を見据えるプランの存在が消え去った →2019年3月にJBCFが発表した新リーグの構想は、ツール・ド・フランスを頂点とした世界の仕組みで戦える選手の輩出を最大の目標として掲げており、分裂を予覚していた多少の矛盾はあったものの、それに向かって自転車業界全体を統合させる明確なプランはあった。しかし、現実に引き戻されたのか、その当時の方向からは大きく逸れてしまい、原状回帰を掲げる保守派と国内の興行的なプロ化を目指す改革派の二極に分かれる始末。その結果、どちらからも世界に繋がる現実的なビジョンが示されておらず、世界が更に遠ざかってしまったように見えます。 そして、定期的に浮き上がってくる「世界を目指さなくてもいいのでは?」という議論。 最終的にJリーグを成功に導いたのは、ワールドカップで活躍する日本ナショナルチームでした。日本国民が期待しているのは、世界で戦う日本人の出現です。この挑戦を途中で諦めてしまうのでは、自転車ロードレース界で努力を重ねている選手、関係者、ファンなど、全てを否定することになってしまいます。世界のトップを頂点に据えなければ、誰もついてきませんし、世界が届きそうになってはじめて、一気に盛り上がるのが全ての競技スポーツの現実です。誰もが諦めそうになったときに、世界を掴むことに成功した若者こそ、次世代の大スターになるに違いない。今、苦しい時期を迎えているからこそ、若手選手には、必死に世界を目指し続けてほしいし、それを支える全ての関係者には、それに応えられるように、一層意識を高めてほしい。
    続きを読む...
  • なぜ「FTP」を使わないことをおススメしているのか
    26 January 2021
    この記事にたどり着いた多くのサイクリストの常識を裏返す理論になることは承知の上ですが、あえて結論から申し上げます:自転車ロードレースのトレーニングにおいて、多くのサイクリストに「FTP」の概念から身を引くことをオススメしています。 この結論はあくまでも私個人の意見でしかありませんし、「FTP」のコンセプト自体を否定しているわけではありませんので、ご安心ください。皆さんが今まで身についてきたトレーニングの概念が、間違っているわけではありません。 しかし、この論点は誰もが納得できる複数の明確な理由に基づけられていることを知って頂きたいです。 母国フランスでは、「FTP」はほとんど使われていないので、トレーニング法を専門に自転車競技に取り組んできた身として、むしろフランスとの関係が深い日本では絶対的な基準値として「FTP」がここまで普及しておりフランス発祥のトレーニング法が全く日本市場に入り込んでいない状態が不思議でなりません。 まずは現在のトレーニング理論が確立されるまでの流れを振り返って、少しずつ論点を説明していければと思います。   ❶ 歴史:「伝統」が「トレーニング理論」として確立されてきたプロセス ここ数年の日本では、国際化やパワーメーターの普及等によって、自転車ロードレースのトレーニングに関する情報を手に入れる機会が増えたと思います。自分は、日本に来て5年しか経っていませんので、身に染みて当事者として体験してきたわけではありませんが、指導者と若手選手に大きな差を感じることがあり、20年前とは環境が大きく変わったと推測しています。 更に、近年はトレーニングプログラムが組み込まれている「ズイフト」の爆発的な普及による影響もあり、数値化されたトレーニング方法は一般サイクリストにまで広がり、常識として定着してきているように感じています。 これは、「SFR」、「LSD」、「SST」、「TSS」や「FTP」など、様々な用語が会話やSNS等で流れるようになったことを見れば明らかでしょう。 自分が生まれ育ったフランスでも、過去20年でトレーニングに対するアプローチが大きく変わりました。昔、自転車特有の「伝統」として口コミで伝達されていた「教義」のようなものが、数値化が進むことによって、科学的な土台ができ、それが現在の「トレーニング理論」に繋がっています。 しかし、日本の場合は「伝統」がないと言わないまでも、この伝統は他所から導入されて現在定着しているトレーニング法とは全く異なっているものであり、繋がっていません。   ❷ 世界に共存している、二つのアプローチ 勿論、世界中同じ人間ですし、この人間の体のことですから、どのアプローチであっても、正しければ基本的な原理が異なるはずはありません。しかし、この数値化のプロセスが世界中一斉に行われたわけではなく、様々なアプローチが平行して普及しました。今に至っても、主に2つのアプローチが共存しています:ヨーロッパから発祥したアプローチとUSAから発祥したアプローチの2つです。 「グラップ流」=基準はMAP トレーニング法の全てを左右するのは、強度ゾーンの設定方法です。強度ゾーンは具体的な代謝の変化(有酸素性、無酸素性、非乳酸性等)の存在に基づけられ、実質的に人類共通の概念ですが、運動に対してどのようにアプローチするか(どこを重視するか)によって、この設定が微妙に違うこともありますし、それをどう測定してスムーズに日々のトレーニングに活用していくかというところで大きな違いが生まれます。 「強度ゾーン」の概念は、感覚ベースで昔からなんとなく存在していましたが、それを明確なスケールにまとめ、測定したデータをもとにトレーニングプランを作ることにきっかけとなったのは当時フランス自転車競技連盟のパフォーマンスマネージャーを務めていたFrédéric Grappe(フレデリック・グラップ)の「ESIEスケール」(échelle d’Estimation Subjective de l’Intensité d’Effort・直訳:強度の主観的算定スケール、1999)。日本でも使われている強度ゾーンとはほとんど変わらず、i1(intensité 1)からi7(intensité 7)、7つのゾーンを設定しています。 このスケールは、1.感覚に基づく具体的な基準(難なく会話できること、脚が痛み始める等)、2.心拍数に基づく基準、3.パワーに基づく基準の3つをすり合わせていますが、③パワーゾーンに関しましては、「PMA」(=MAP(Maximum Aerobic Power)、Vo2max時に維持できるパワー値)を基準としています。 グラップ氏の中心的作品は「Cyclisme et optimisation de la performance」(2005)。現在は、Groupama – FDJのヘッドコーチを務めています。 B.「コガン流」=基準はFTP ほぼ同時に強度ゾーンの設定方法をリリースしたのが、アメリカのAndrew Coggan(アンドリュー・コーガン)です。これは、日本で幅広く使われている強度ゾーンで、初めて公開されたのは2001年です。しかし、この時点ではグラップ氏の「ESIEスケール」は既にヨーロッパで広く使われはじめており、ほとんど同じ区分をしています。主な違いとしましては、パワーゾーンの基準値は「MAP」ではなく「FTP」が使われており、従って計算方法も異なります。パワーゾーンの設定というよりも、コガン氏の主な貢献は、ウォークアウトの平等な評価基準となる「Normalized power」(NP)や、疲労を数値化できる「TSS」などといった様々な付加価値です。これは、Hunter Allen(ハンター・アレン)と共に出版された「Training and Racing with a Power Meter」(2006)の中に公開されたものです(日本では「パワー・トレーニング・バイブル」と翻訳されています…他に立派なトレーニング法もあるという上記の理由を踏まえて、これは非常に悪い翻訳だと、個人的に思いますが)。   ❸ 日本では、ヨーロッパと違うアプローチが定着しました 両者の原始的作品が出版された頃(それぞれ2005年と2006年)から15年が経ちました。この15年ではそれぞれのアプローチが世界中に広がり、それぞれ標準化してきたわけですが、明確に分離しています。最初にあった「グラップ流」は、発祥の地フランスからラテン圏ヨーロッパに広がり、イタリア、スペイン、ベルギー(主にフランス語圏)、コロンビア等比較的に自転車競技の歴史が長い国に普及していきました。一方で、「コガン流」はアメリカから英語圏に広がり、イギリス、オーストラリア、アメリカ、そして日本を含む諸外国等比較的に自転車競技が新しい国に普及していきました。 しかし、日本では、日本一流の指導者でさえ大半はヨーロッパのトレーニング法は自分たちが学んだものと違うことを知らないぐらい、「コガン流」が市場を占めている状態で、不思議なことに「ヨーロッパ流」は未だに全く日本に入り込んでいないどころか、上記のような経緯があって他のアプローチが存在していることさえ知られていない状態です。 本来の理由としては、細かいようですが、主な原因が翻訳の関係にあると思われます。アレン氏が創業した「Peaks Coaching Group」の日本支社ができ、「Training and Racing with a Power Meter」が日本語に翻訳されたことがきっかけで、リソースが増えていきました。もう一つの理由は、近年はズイフトが爆発的に発展したことも触れたと思いますが、ズイフトはアメリカの企業で、コガン氏の基準をもとに開発されているので、英語で得られる情報の量が圧倒的に多いこともあり、英語圏のトレーニング法に沿って行く流れが自然とできていったのではないかと思います。   ❹ しかし、なぜ日本でヨーロッパ流(FTPよりMAP)をもっと普及させるべきか 両方とも、立派なトレーニング法として成立していますし、現時点ではどちらも多くのワールドツアーチームで実践されているので、どちらが上かという話ではありません。基本的な原理が同じなので、原理的な部分(人間生理学)と独断的な部分(水準や測定基準等)さえ正しく区別できれば、選手の活動に何の影響もありません。しかし、実際には基準値の向上が目的になってしまうケースが多いこともあり、どの基準値を使うかが選手のパフォーマンスに反映されることは事実でしょう。 近年のツール・ド・フランスでは「コガン流」を実践しているチームが連勝している事実もあるので、改めて申し上げますが、「コガン流」を否定する論点ではありません。しかしそれでも、日本ではヨーロッパ流をもっと導入すべきではないかと考えている理由をご説明します。   ①まず、「FTP」は1時間維持できるパワー値と言われていますが、実際に1時間同じパワー値を出すロードレースは日本で実際にほとんど存在していません。日本の場合は短い周回ばかりで、タイムトライアルでさえ1時間走り続けるほど長い大会は一つもありません。従って、走行環境やレースの形態が大きく異なるアメリカやオーストラリア等では参考にしやすい数値でも、日本という環境においては、現実味を欠いている概念です。(例外としては、ヒルクライムに特化している選手、ズイフトで活躍したい選手やトライアスリートを挙げられますが) 主な理由としましては、本来自転車ロードレースのためではなく、アメリカではメージャーなトライアスロン競技も含め浅く広く活用できるように定められた数値です。   ②そして、1時間最大の出力をテストで測定するハードルは非常に高いですから、「FTP」の計測方法の9割以上は間接的測定です。直接的に測れる水準はいくらでも選べるし、一番普及しているFTPの計測方法である20分走から95%、97%、または100%(20分走そのまま)の数値を使うコーチもいるので、非常に分かりにくい基準といえるのではないでしょうか。また、20分維持できる強度と1時間維持できる強度の落差には大きな個人差(脚質、練習歴、レベル等)があるので、その時点で「1時間維持できる強度」として一斉に定義できなくなりますよね。 ましては、もう一つの人気計測方法である「ランプテスト」は「MAP」の測定テストなわけですから(ちなみに、これもグラップ氏による発明)、FTPを直接的に病院で測定する場合を除き、そのままMAPの数値を基準に使った方が詳しい設定ができるでしょう。どうせ間接的な計測方法は後付で開発されたわけですから。   ③もう一つの理由は、日本の走行環境とレースシーンの特徴です。フィジカル面ではVo2max領域で勝負が決まるレースが大半なので、具体性をもたらすためには自分のパフォーマンスの基準として活用すべきなのはMAPではないかと思います。MAPの基本的な測定方法はランプテスト(最も詳しい)と5分走(最も実施しやすい)なので、日々のトレーニングの中でも計測しやすいです。また、インターバルトレーニングの大半はVo2max(L5)領域なので、MAPを標準値として使った方が分かりやすいのではないでしょうか。   ④そして、③に結びついてきますが、何よりもご理解頂きたいのは「FTP」は有酸素性作業代謝(L4)が中心となる数値なのに対して、「MAP」は無酸素性作業代謝(L5)が中心となる数値なので、求められる能力が異なります。前者を得意とする選手はクライマーやルーラーといった脚質ですが、後者を得意とする選手はパンチャーやスプリンターに相当する選手だったりするので、FTPが得意/不得意というだけでパフォーマンス面で特別な意味があるとは限りません。あくまでも基準値ですから、「FTP」と同じように「MAP」の単なる向上が目的化してはいけないと思いますが、万が一そうなったとしても、その中でMAPを向上させた方が直接パフォーマンスに響きますし、L5は疲労を抑えつつ最もコンディションが上がりやすい領域でもあるので、オーバートレニングになりにくいといったメリットもあります。   ⑤また、もしもフランス、イタリアやスペインなどラテン圏ヨーロッパで活動しようと思う選手であれば、コガン流のトレーニング法の知識があることは大きなプラスになるのは間違いありませんが、実際「グラップ流」が主に基準化しているので、回りの選手や指導者に学ぶには、上記説明してきた基本的な概念と違いを把握する必要があるでしょう。現時点で海外で活動している日本人選手の8割ぐらいは、それに相当すると思います。   「FTP」がいいのか、「MAP」がいいのかの議論は別として(20分走の数値を使うなど、他に方法もあります)、とにかくあくまでも基準値(人間が勝手に決めた水準)でしかないことをご理解頂き、他に方法があること、そしてその中でもしかしたら自分のトレーニングの場合にはFTPを活用するのは最善策ではなかったりすることをご理解頂けたでしょうか。きっと興味深いご意見をお持ちの方もいると思いますし、中にはどうしても「FTP」強く推薦する方もいらっしゃると思うので、皆さんのお考えや質問などをお聞かせ頂けたらと思います!
    続きを読む...
もっと表示させる