冬期のトレーニングについて
冬期のトレーニングについて

冬期のトレーニングについて

自転車ロードレース選手にとって、冬は特別な時期です。シーズンが終わり、次のシーズンに向けての準備期間とも言われていますが、実は、冬のトレーニングで春から始まるシーズンの実績が決まると言っても過言ではないぐらい、非常に重要な期間です。
活動しているうちに、私が生まれ育ったフランス、そして生活している日本では、冬のトレーニングの認識と、付き合い方が大きく違うことに気が付きました。歴史の流れや競技環境からどのように違うのか、そして日本人選手の強化を進めるためにいくつかの点について認識と習慣を見直すことで大きく改善できると考えられるのかについて述べていきます。

「シーズン」のコンセプトの違い

フランスは100年以上の長い歴史を経て、自転車ロードレースのシーズンが2月から始まり、10月に終わるという今の仕組みに至るわけですが、なぜこのような「シーズン」のコンセプトが定着したのか考えたことはありますか?日本では、「シーズン」のコンセプトが薄く、外部的な要素に合わせた形で流動的なスケジュールで構成されることが多いです。高体連/学連は学校のスケジュールに合わせて年度ベースで構成されていますし、市民レースも一般市場の需要に伴って秋や冬こそ多くの有名な大会が開催されます。
この流れは、天候やスケジュールの関係(冬は晴れが多く、時間も作りやすい)が根本にあり、特に良いことでもなければ悪いことでもないでしょう。

しかし、長い歴史を「シーズン」のコンセプトが生まれたのは、天候の違い(ヨーロッパの冬は寒く、降水量が多い)の関係だけではなく、実はトレーニングの概念に基づいている理由が最も大きいです。気候の悪い期間を外したシーズン日程を定めることによって、「オフシーズン」を取ることができ、①シーズン中の高い負荷から回復し、②来る次シーズンに向けて更なる強化を図ることができます。この2点は、先ほど「春から始まるシーズンの実績が決まると言っても過言ではない」と示していた要素で、その重要性について細かく説明したいと思います。

「オフシーズン」:休養を取ることの重要性

これは「超回復」というトレーニング理論の根本にある現象を大規模(シーズン単位)に適用するという考えです。
「超回復」という現象は、一定の負荷から回復したあと、パフォーマンスが元より少し高い状態になるという、シンプルにトレーニングの「効果」を生み出すためのプロセスを示します。
日々のトレーニングで負荷を掛けたあと、適切な回復を取らないと疲労が溜まり効果が生まれないのと同じように、いちシーズンに区切りをつけて、深いところまで回復しないと、疲労が付いた状態でシーズンを迎え、早い段階でオーバートレーニングになってしまうリスクがあります。
「オーバートレーニング」というのは、「トレーニングの量が多すぎる」ことを示すと一般的に思われがちですが、これは間違いです。練習量が多すぎるというよりかは、回復が足りない現象を示します。要するに、トレーニング量が大して多くなくても、適切な休養を取らない限りは「オーバートレーニング」になる可能性があり、その状態が最も判明しづらいため、原因が見つからず長引く可能性が高いです。こうやって、モチベーションが高いがために十分な休養を取らず大切な一年を棒に振ってしまう選手が非常に多いです。

「ベース作り」:シーズンを通してのパフォーマンスと長期的な成長を左右する重要な作業

オフシーズンを設けるメリットは十分な休養と回復を保証することだけではなく、レースが連続する時期に取り組むことのできない「ベース作り」作業を着実に積んでいく目的もあるのです。家を建てる際に丈夫な基礎を最初に築くところから始めなければ大きな建築物が建てられないのと同じように、パフォーマンスを最大限に引き伸ばすためにはしっかりとした基礎練習に取り組む必要があります。日本のプロ選手の中でも、この「ベース作り」にどのような意味が困れているのか、正確に理解していない選手が多いので、簡単な言葉で説明してみたいと思います。
「ベース作り」は総合的な身体作りを進めるための基礎トレーニングのことを示しますが、心肺機能の観点に絞って申し上げると、多くの読者が既にご存じの通り「LSD」(Long Slow Distance)のトレーニングが中心になります。名の通り、低強度で距離を乗るトレーニングですが、持久力の強化を目指すトレーニングだと勘違いしている方が多いです。間接的な効果の一つであるのは確かですが、LSDの主な目的は「心肺能力の基礎強化」です
心臓は、血液を送る役目を担う非常に大切な筋肉です。この血液は体中に酸素を運ぶので、(筋肉として)心臓の機能次第で、「最大酸素摂取量」(いわゆるVO2max)をはじめ、パフォーマンスが大きく左右されます。
筋肉ですから、この機能に関わるのは①鼓動の度に送られる血液の量を増やせるか(心臓の発達)、そして②血液が送られるスピードをいかに高められるか(心臓の強化)という、二つの要素が絡んできます。簡単に申し上げますと、心肺能力の観点から言えば①(心臓の発達)は「ベース作り」の目的、そして②(心臓の強化)は高強度トレーニングの目的に相当します。鼓動の度に送られる血液の量を増やすことによって、平常時の心拍数が下がり、心肺機能が高まるので、持久力の向上もそうですが、回復力の向上、よってはパフォーマンスの安定性やトレーニングの効果の向上にも大きく繋がります。そのため、シーズンを始める前(強度を上げる前)にこなしておくことが理想です。

これで、LSDトレーニングの目的をご理解頂けたと思いますが、理論に留まらず競技シーズンの環境に置き換えて具体的に考えてみましょう。LSDトレーニングの細かい部分は省略しますが、基本的にはL2強度(最高心拍数の70~85%)を繰り返し長時間維持するトレーニングです。「疲労=強度×時間」なので、LSD以外にも強度を上げれば疲労が爆発的に増え目的から逸れてきますし、強度を上げずに時間だけ増やせば疲労は溜まるけどコンディションは上がっていかないとういう状況になります。そのため、シーズン中(レースが続いている期間)は「ベース作り作業」ができず、効率よく行うためには「オフシーズン」が欠かせないということです。

まとめ

学年度に沿う高体連や学連の競技スケジュールや、民間が競技環境を支えていることもあり、日本では「オフシーズン」の概念が統一されておらず、その必要性を深く考えず何となく付き合っている選手が多い気がします。ホビースポーツやスポーツビジネスの観点では、年間を通して競技スケジュールが充実していることはプラスになるでしょう。しかし、競技の観点では、正しいトレーニング理論に基づいて、若いころから選手の「育成」と「強化」を前提としている環境が求められます。

生理学の観点では、冬期のトレーニングとの付き合い方は見え隠れしている日本と欧州の差の一つの原因ではないかと考えています。果たして、日本ではオフシーズンとベース作り作業を正確に理解している指導者がどれぐらいいるのでしょうか。