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なぜ「FTP」を使わないことをおススメしているのか
なぜ「FTP」を使わないことをおススメしているのか

なぜ「FTP」を使わないことをおススメしているのか

この記事にたどり着いた多くのサイクリストの常識を裏返す理論になることは承知の上ですが、あえて結論から申し上げます:自転車ロードレースのトレーニングにおいて、多くのサイクリストに「FTP」の概念から身を引くことをオススメしています。

この結論はあくまでも私個人の意見でしかありませんし、「FTP」のコンセプト自体を否定しているわけではありませんので、ご安心ください。皆さんが今まで身についてきたトレーニングの概念が、間違っているわけではありません。

しかし、この論点は誰もが納得できる複数の明確な理由に基づけられていることを知って頂きたいです。

母国フランスでは、「FTP」はほとんど使われていないので、トレーニング法を専門に自転車競技に取り組んできた身として、むしろフランスとの関係が深い日本では絶対的な基準値として「FTP」がここまで普及しておりフランス発祥のトレーニング法が全く日本市場に入り込んでいない状態が不思議でなりません。

まずは現在のトレーニング理論が確立されるまでの流れを振り返って、少しずつ論点を説明していければと思います。

 

歴史:「伝統」が「トレーニング理論」として確立されてきたプロセス

ここ数年の日本では、国際化やパワーメーターの普及等によって、自転車ロードレースのトレーニングに関する情報を手に入れる機会が増えたと思います。自分は、日本に来て5年しか経っていませんので、身に染みて当事者として体験してきたわけではありませんが、指導者と若手選手に大きな差を感じることがあり、20年前とは環境が大きく変わったと推測しています。

更に、近年はトレーニングプログラムが組み込まれている「ズイフト」の爆発的な普及による影響もあり、数値化されたトレーニング方法は一般サイクリストにまで広がり、常識として定着してきているように感じています。

これは、「SFR」、「LSD」、「SST」、「TSS」や「FTP」など、様々な用語が会話やSNS等で流れるようになったことを見れば明らかでしょう。

自分が生まれ育ったフランスでも、過去20年でトレーニングに対するアプローチが大きく変わりました。昔、自転車特有の「伝統」として口コミで伝達されていた「教義」のようなものが、数値化が進むことによって、科学的な土台ができ、それが現在の「トレーニング理論」に繋がっています。

しかし、日本の場合は「伝統」がないと言わないまでも、この伝統は他所から導入されて現在定着しているトレーニング法とは全く異なっているものであり、繋がっていません。

 

世界に共存している、二つのアプローチ

勿論、世界中同じ人間ですし、この人間の体のことですから、どのアプローチであっても、正しければ基本的な原理が異なるはずはありません。しかし、この数値化のプロセスが世界中一斉に行われたわけではなく、様々なアプローチが平行して普及しました。今に至っても、主に2つのアプローチが共存しています:ヨーロッパから発祥したアプローチとUSAから発祥したアプローチの2つです。

  1. 「グラップ流」=基準はMAP

トレーニング法の全てを左右するのは、強度ゾーンの設定方法です。強度ゾーンは具体的な代謝の変化(有酸素性、無酸素性、非乳酸性等)の存在に基づけられ、実質的に人類共通の概念ですが、運動に対してどのようにアプローチするか(どこを重視するか)によって、この設定が微妙に違うこともありますし、それをどう測定してスムーズに日々のトレーニングに活用していくかというところで大きな違いが生まれます。

「強度ゾーン」の概念は、感覚ベースで昔からなんとなく存在していましたが、それを明確なスケールにまとめ、測定したデータをもとにトレーニングプランを作ることにきっかけとなったのは当時フランス自転車競技連盟のパフォーマンスマネージャーを務めていたFrédéric Grappe(フレデリック・グラップ)の「ESIEスケール」(échelle d’Estimation Subjective de l’Intensité d’Effort・直訳:強度の主観的算定スケール、1999)。日本でも使われている強度ゾーンとはほとんど変わらず、i1(intensité 1)からi7(intensité 7)、7つのゾーンを設定しています。

このスケールは、1.感覚に基づく具体的な基準(難なく会話できること、脚が痛み始める等)、2.心拍数に基づく基準、3.パワーに基づく基準の3つをすり合わせていますが、③パワーゾーンに関しましては、「PMA」(=MAP(Maximum Aerobic Power)、Vo2max時に維持できるパワー値)を基準としています。

グラップ氏の中心的作品は「Cyclisme et optimisation de la performance」(2005)。現在は、Groupama – FDJのヘッドコーチを務めています。

B.「コガン流」=基準はFTP

ほぼ同時に強度ゾーンの設定方法をリリースしたのが、アメリカのAndrew Coggan(アンドリュー・コーガン)です。これは、日本で幅広く使われている強度ゾーンで、初めて公開されたのは2001年です。しかし、この時点ではグラップ氏の「ESIEスケール」は既にヨーロッパで広く使われはじめており、ほとんど同じ区分をしています。主な違いとしましては、パワーゾーンの基準値は「MAP」ではなく「FTP」が使われており、従って計算方法も異なります。パワーゾーンの設定というよりも、コガン氏の主な貢献は、ウォークアウトの平等な評価基準となる「Normalized power」(NP)や、疲労を数値化できる「TSS」などといった様々な付加価値です。これは、Hunter Allen(ハンター・アレン)と共に出版された「Training and Racing with a Power Meter」(2006)の中に公開されたものです(日本では「パワー・トレーニング・バイブル」と翻訳されています…他に立派なトレーニング法もあるという上記の理由を踏まえて、これは非常に悪い翻訳だと、個人的に思いますが)。

 

❸ 日本では、ヨーロッパと違うアプローチが定着しました

両者の原始的作品が出版された頃(それぞれ2005年と2006年)から15年が経ちました。この15年ではそれぞれのアプローチが世界中に広がり、それぞれ標準化してきたわけですが、明確に分離しています。最初にあった「グラップ流」は、発祥の地フランスからラテン圏ヨーロッパに広がり、イタリア、スペイン、ベルギー(主にフランス語圏)、コロンビア等比較的に自転車競技の歴史が長い国に普及していきました。一方で、「コガン流」はアメリカから英語圏に広がり、イギリス、オーストラリア、アメリカ、そして日本を含む諸外国等比較的に自転車競技が新しい国に普及していきました。

しかし、日本では、日本一流の指導者でさえ大半はヨーロッパのトレーニング法は自分たちが学んだものと違うことを知らないぐらい、「コガン流」が市場を占めている状態で、不思議なことに「ヨーロッパ流」は未だに全く日本に入り込んでいないどころか、上記のような経緯があって他のアプローチが存在していることさえ知られていない状態です

本来の理由としては、細かいようですが、主な原因が翻訳の関係にあると思われます。アレン氏が創業した「Peaks Coaching Group」の日本支社ができ、「Training and Racing with a Power Meter」が日本語に翻訳されたことがきっかけで、リソースが増えていきました。もう一つの理由は、近年はズイフトが爆発的に発展したことも触れたと思いますが、ズイフトはアメリカの企業で、コガン氏の基準をもとに開発されているので、英語で得られる情報の量が圧倒的に多いこともあり、英語圏のトレーニング法に沿って行く流れが自然とできていったのではないかと思います。

 

❹ しかし、なぜ日本でヨーロッパ流(FTPよりMAP)をもっと普及させるべきか

両方とも、立派なトレーニング法として成立していますし、現時点ではどちらも多くのワールドツアーチームで実践されているので、どちらが上かという話ではありません。基本的な原理が同じなので、原理的な部分(人間生理学)と独断的な部分(水準や測定基準等)さえ正しく区別できれば、選手の活動に何の影響もありません。しかし、実際には基準値の向上が目的になってしまうケースが多いこともあり、どの基準値を使うかが選手のパフォーマンスに反映されることは事実でしょう。

近年のツール・ド・フランスでは「コガン流」を実践しているチームが連勝している事実もあるので、改めて申し上げますが、「コガン流」を否定する論点ではありません。しかしそれでも、日本ではヨーロッパ流をもっと導入すべきではないかと考えている理由をご説明します。

 

①まず、「FTP」は1時間維持できるパワー値と言われていますが、実際に1時間同じパワー値を出すロードレースは日本で実際にほとんど存在していません。日本の場合は短い周回ばかりで、タイムトライアルでさえ1時間走り続けるほど長い大会は一つもありません。従って、走行環境やレースの形態が大きく異なるアメリカやオーストラリア等では参考にしやすい数値でも、日本という環境においては、現実味を欠いている概念です。(例外としては、ヒルクライムに特化している選手、ズイフトで活躍したい選手やトライアスリートを挙げられますが)

主な理由としましては、本来自転車ロードレースのためではなく、アメリカではメージャーなトライアスロン競技も含め浅く広く活用できるように定められた数値です。

 

②そして、1時間最大の出力をテストで測定するハードルは非常に高いですから、「FTP」の計測方法の9割以上は間接的測定です。直接的に測れる水準はいくらでも選べるし、一番普及しているFTPの計測方法である20分走から95%、97%、または100%(20分走そのまま)の数値を使うコーチもいるので、非常に分かりにくい基準といえるのではないでしょうか。また、20分維持できる強度と1時間維持できる強度の落差には大きな個人差(脚質、練習歴、レベル等)があるので、その時点で「1時間維持できる強度」として一斉に定義できなくなりますよね。

ましては、もう一つの人気計測方法である「ランプテスト」は「MAP」の測定テストなわけですから(ちなみに、これもグラップ氏による発明)、FTPを直接的に病院で測定する場合を除き、そのままMAPの数値を基準に使った方が詳しい設定ができるでしょう。どうせ間接的な計測方法は後付で開発されたわけですから。

 

③もう一つの理由は、日本の走行環境とレースシーンの特徴です。フィジカル面ではVo2max領域で勝負が決まるレースが大半なので、具体性をもたらすためには自分のパフォーマンスの基準として活用すべきなのはMAPではないかと思います。MAPの基本的な測定方法はランプテスト(最も詳しい)と5分走(最も実施しやすい)なので、日々のトレーニングの中でも計測しやすいです。また、インターバルトレーニングの大半はVo2max(L5)領域なので、MAPを標準値として使った方が分かりやすいのではないでしょうか。

 

④そして、③に結びついてきますが、何よりもご理解頂きたいのは「FTP」は有酸素性作業代謝(L4)が中心となる数値なのに対して、「MAP」は無酸素性作業代謝(L5)が中心となる数値なので、求められる能力が異なります。前者を得意とする選手はクライマーやルーラーといった脚質ですが、後者を得意とする選手はパンチャーやスプリンターに相当する選手だったりするので、FTPが得意/不得意というだけでパフォーマンス面で特別な意味があるとは限りません。あくまでも基準値ですから、「FTP」と同じように「MAP」の単なる向上が目的化してはいけないと思いますが、万が一そうなったとしても、その中でMAPを向上させた方が直接パフォーマンスに響きますし、L5は疲労を抑えつつ最もコンディションが上がりやすい領域でもあるので、オーバートレニングになりにくいといったメリットもあります。

 

⑤また、もしもフランス、イタリアやスペインなどラテン圏ヨーロッパで活動しようと思う選手であれば、コガン流のトレーニング法の知識があることは大きなプラスになるのは間違いありませんが、実際「グラップ流」が主に基準化しているので、回りの選手や指導者に学ぶには、上記説明してきた基本的な概念と違いを把握する必要があるでしょう。現時点で海外で活動している日本人選手の8割ぐらいは、それに相当すると思います。

 

「FTP」がいいのか、「MAP」がいいのかの議論は別として(20分走の数値を使うなど、他に方法もあります)、とにかくあくまでも基準値(人間が勝手に決めた水準)でしかないことをご理解頂き、他に方法があること、そしてその中でもしかしたら自分のトレーニングの場合にはFTPを活用するのは最善策ではなかったりすることをご理解頂けたでしょうか。きっと興味深いご意見をお持ちの方もいると思いますし、中にはどうしても「FTP」強く推薦する方もいらっしゃると思うので、皆さんのお考えや質問などをお聞かせ頂けたらと思います!

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  1. Pingback: 【ロードバイクトレーニング】20分簡易テストのFTPは推定値だから意味ないの!? | ZWIFTワーカー

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