日本における若手選手の育成
日本における若手選手の育成

日本における若手選手の育成

先日、地域密着型プロサイクリングチーム「那須ブラーゼン」が下部組織として、「那須ハイランドパークレーシングチーム」の発足について発表しました。Jプロツアー改革の中では、チーム単位で育成へと力を入れていく動きは、とても応援している一つの要素です。

但し、日本国内で普及しつつある地域密着型組織に伴う選手育成に関しては、世界的に成功している育成モデルの経験から、いくつかの疑問を持っています。下記の注意点を是非指導者にも若手選手にも一度でも読んでいただきたいところです。

1. 教育の責任

日本で聞いてショックを受けた話から本題に移りますね。ある国内チームの名監督が、プロ選手になりたいからと言って、ある若手選手を強制的に休学させた話です。

経済的に成立していない日本国内の自転車競技の指導者として、若手を自らチームに歓迎するにつれて、責任が生じることは当然かと思います。特に未成年の場合は、親の承認があっての育成ですから、「プロ選手になれる」と確実に言えない中で、子供を休学させるには相当の責任を取らないといけないはずです。プロレベルの自転車競技は、数多くのスポーツのように、とても限られた人数しか手にできないものであって、プロになれなかった若手選手、そしてキャリアを終えた選手は、何れ別の方法でご飯を食べていかなければならない時期が来るわけですから。教育は人の人生を決めるぐらいの要素ですから、決して軽視できることではありません。

そう考えると、安心して自転車競技に取り組むには、「アフターキャリア」を安定させておく必要が良く分かります。

2. 選手の精神面

「デュアルキャリア」という言葉はサラリーマンレーサーに限る言葉ではありません。ツール・ド・フランスで2位に輝いたロマン・バルデ選手は、2年前までは大学院生だったのです。日本では常識外だと思いますが、フランスではそういう事例が少なくありません。自転車競技をすぐに引退したとはいえ、自分こそ文武両道を無事に果たしてきた「プロ選手」の一人で、バルデ選手等を育てたAG2R la Mondialeの下部組織チームに所属していた頃は、選手の一つの義務として所属選手15人全員が大学生でもあったのです。

自転車選手というのは、練習の平均週間時間はおよそ20時間、多くて25時間です。実際には、午前中に4時間乗っておけば、午後は暇なんですね。それでは、勉強する時間が十分にあります。日本で両立できないのは、「勉強〜競技」両方が合わせにくいからですが、優しい環境があれば、スムーズに両立できます。具体的には、フランスは許可指定選手であれば、時間割が自分で組めたり、出席の義務がなかったりします。個人的には、大学一年生は月曜日に8時から20時まで、そして火曜日に8時から14時まで全ての授業を集中させて、それ以外は自由だったので、プロに相応しい練習をこなしながらいつの間にか卒業した感じです。

大学院に通ってもツールで2位になれるということなの?と思っている人が多いと思いますが、そういうことなんですね。フランスはむしろ、自転車だけしかやっていない選手の方は、イメージが悪い常識があるのです。自転車競技は、常にうまくいくものではありません。特に本場ヨーロッパでは、競技の密度が非常に高くて、とても高い精神力が問われるし、トップ選手でも少しだけでも調子が悪かったりすると千切れてしまいます。落ち込むと悪循環に落ちてしまい、断ち切るのがとても大変で、そういう場合は自転車以外のことでリフレッシュできる選手が圧倒的に有利です。精神のバランスというものですかね。

3. 嘘っぽいプロの境目

注目して頂きたいもう一つの要素は、「プロ」という言葉の意味に関してです。「プロ選手」とは何でしょうか?様々な意味を以下の図でまとめてみることで、とても曖昧な概念であることが良く分かります。

UCIが定める国際基準の「プロ」

->自転車国際競技連合「UCI」としては、「プロ選手」はプロコンチネンタル以上の登録チームの所属選手に限ります。それ以下の資格(コンチネンタル、Jプロツアー含めのUCI未登録チーム)はプロではないことは、国際的な常識です。

そういう基準でいけば、日本人のプロ選手は合計10人もいません。

自転車だけに集中しているからまたは報酬を得ているから「プロ」

-> プロコンチネンタル以下のレベルでも、報酬を得ている選手もいるので、プロだとは言えるでしょう。しかし、世界ほとんどの国では、UCI資格がない限り、報酬を得ているからと言ってプロとは言いません。クラブチームでたとえ月15万円を得ているとしても、あくまで「アマチュア」です。なので、曖昧なところは「コンチネンタル」登録の選手です。日本では、コンチネンタル登録をしていても1円も得ていない選手が大半です。フランスでは逆に、連盟によって規制されているため、コンチネンタル登録選手は全員最低賃金(国の就業規則に従うプロ契約)を得ていることが条件とされているため、コンチネンタルレベルでも全員「プロ」とは確実に言えます。そしてベルギーでは、同じコンチネンタルチームでは選手はプロ契約とアマチュア契約で別れています。国の連盟が定める規定によって全面的に違います。

専門知識があるから「プロ」

-> 日本では、「専門者」のことを「プロ」と名乗りやすいです。資格と関係なく「プロ」と名乗った方がビジネスに良いですからね。連盟が何も管理していない現在の日本では、ある意味、この言い方は成立します。但し、本当のプロとは程遠くてもJ「プロ」ツアーだからといって誇りを持って「プロ」だと名乗っては、大きな勘違いです。指導者も関係者も全員そうですが、そう言われてしまう若手選手の価値観が大きくズレてしまうんです。「世界プロ」とは明らかに大きな差があるので、本来はJプロレベルでも育成すべきことがたくさんあるはずですが、「プロ」と名乗っている選手を育成するのは、プロとしての信頼性がなくなりますね。だから、「Jプロツアー」で強くなりたい選手〜強く育てたい指導者は、この空々しい業界に騙されることなく、自分の中で「本当は全くプロではない」と忘れてはいけません。

(本当の意味での)経験のある人がしっかりと国内の選手育成循環を導いていかないと、変な方向に傾いてしまうことが私の心配です。そういう意味では、前例を作っていくことが、自分も含めて、本場の知識を持っている指導者の義務だと思っています。