2月 19 2018

川島町クリテリウム

昨日、埼玉県川島町の方で開催された川島町クリテリウムに参加してきました。結果は、4年ぶりの単独優勝でした!

力での勝利に見られただろうと思いますが、実はそうではなく、強風の中での技術、そしてチームメイトの高木三千成とのチームプレイがなければ、優勝はできませんでした。また、相手の技術不足で勝ったといっても間違いないですが、どういうことですか??と言われるだろうなので詳しく説明しようと思います。

レース展開  3km*12周=合計36km  コースは真平坦だが、コーナーが多く、強風もあり割ときついコース。

最初の1周はローリングスタートかと思ってしまい、5人程の集団を逃がしてしまう。すぐに前方上がり、逃げにブリッジをかけコントロールライン通過時は逃げ集団に。

ローテーションに加わり、チームメイトの高木三千成も単独でブリッジをかけるので最後の20メートルは後ろに下って先頭まで引っ張ってあげる。そこからローテーションのペースを上げて、なんだかんだヴェントス2人とTRC Panamaredsの中井選手だけに絞られる。

2対1状態になってきたので、後ろとの差が安定したと判断してから、ガンガンと仕掛ける。1回、2回、3回逃げだすも毎回1.5キロぐらいで中井選手が追いついてくる。それでチームメイトの高木が遅れて、1対1状況に。そこで後半に入ってくる。

実力だけで上手く逃げ出せないと理解し作戦を変える。高木が後ろにいるので交替せずに後ろに立つ。中井選手はそれでも捕まりたくないようで一人で引っ張っていく。それで更に3周が経過し、残り3周半(10キロ強)。

少し垂れてきたと判断し、激しいアタックをかける。全開より差が開き、今回はなかなか追いついてこない。しかし、一発で7~8秒に広がったものの、差がそれより広がっていかない。1対1のTTバトルに切り替わる。

最終的には、縮まることも広がることもなく、ずっと同じタイム差で逃げ切り優勝。

自分から見てのレース

最初の1周目はコースと風の向きを分析するために、少なくとも1周だけは少し押さえて仕掛けていかないことにするも、いつの間にか5人程の逃げが出来ていることを確認。

力を使わずに(風を受ける側を使わずに)少しずつ前方に上がり、2キロ時点で前に上がり切る。丁度横風でイン側に位置を取っているし、逃げは一発で届けそうな距離にあるので後ろが付いてこれないように思いっきりイン側に付けながらアタックをかける。22秒581w、最大777wとマックスではない。それで先頭に合流する。

私を含めて6人なので、しばらく様子をみて丁寧にローテーションに入る。先頭を取っているとき以外、風を受ける状況にならないように常に集中して対応する。

すると、後ろにミッチがブリッジをかけているのを確認。最後の20mは横風で我々よりきついだろうと思い、下がって引っ張ってあげる。それでヴェントスが2人に。

ミッチが回復できるようにしばらく(1周?)待ち、回復できたと思った時点で一番弱い選手をなくすためにミッチと二人で先頭を取って少しイン側に寄りながらペースを上げる。それで弱い方の選手が風を受け、足切りになる。2人以外は、一人しか残らないが、明らかに一番強い一人だ。

差を広げるためにしばらく3人で回る。ミッチの調子を伺う。OKとのことだから、そろそろ仕掛け始めようと判断。

2対1という状況に持って行けたしゴールまでかなりの距離が残っているので、実は下手なことをやらない限りそこで私たちの勝ちがもう決まっている。人数の戦いになってくると、先ずはタイム差を安定させるように協調体制をとって、そしてなるべく早い段階で仕掛けるのが共通な作戦。タイム差がもう安定しているので、第2ステップに進む時間がくる。

そこで、やり方が2つある。

・ヴェントス2人で先頭で回りながら、ドアを閉めて(風を受けるように一番イン側に寄って)相手を千切れる。それでワンツーフィニッシュが出来るが横風でない区間でどうしても回らない相手が回復できるので実力があれば最後まで残ってしまうことがリスクだ。

・一人ひとり仕掛けて相手を疲らせて追いついてこれない状況になるまで繰り返す。ヴェントス一人を逃がせば、もう一人は回らないから更に待って後からブリッジかけて先頭に合流してワンツーの可能性もある。

但し、相手の実力によって時間がかかることもあるかもしれないので早い段階でタイム差をを安定させて仕掛ける必要はそこにある。

従って、ガンガンと仕掛けることに。仕掛ける場所は必ず横風区間に入る前にする。すると、付いて失敗して付いてこれたとしても思いっきりインを走っている私と同じぐらい風を受けているからカウンターのリスクはほぼない。

1回目は、3~4秒の差が付くも、3分ぐらい経ったら追いついてくる。1回目だけなので、限界まで行かずに少し待ってあげる。

次の周、同じ場所で仕掛けてみる。全開のアタックで相手も自分も同じぐらい疲労を付けたので、丁度同じ展開が繰り返される。更に1回仕掛けてみるも同じく少ししてから追いついてくる。

そこで相手の実力~得意苦手が分る。

私の得意は短時間高強度、差を作ることには問題ないがその差を維持することが難しい。逆に、相手は短時間高強度が少し苦手みたいだけど実力はあるしFTP走が得意ように見える。

元々、ミッチと交替で仕掛けるつもりだったがアタック合戦でミッチが遅れてしまい1対1という状況になってしまった。更に仕掛ければ相手も自分も同じぐらい疲れていくのでここで優勝を安定させるには相手を疲らせる必要があることを判断する。ミッチがいなくなったことで交替で仕掛けられなくなったが、追走にいるので私には後ろを待つ選択肢もある。従って、回らないことにする。

回らなくなっても、相手が引く続ける。彼にとってどうしても1対1の状況のままが良いみたいで、文句を言わずに引いてくれる。

ただ、そこは相手が「ドアを閉める」べきだった。私が協力しないなら、風を受けてくれる必要もないが、思いっきり横に寄らないでくれるので僕は次の攻撃に最適な場所を探しながら楽に3周を送る。

残り4周に入った時点では、相手が垂れてくるように見えるので、この周で抜け出すことを決める。

選んだ場所は、後ろ~横風区間で、道が悪い個所のある場所。変速の音がしないように適切なギアを備えておいて、少し後ろに下がって、良いタイミングで風を受けない側から思いっきりアタック。相手を抜けるタイミングでは、速度の差が大きく、道が悪いのですぐに反応できない。そして、その直後は右折なので、コーナーで更に差が付く。それだけですぐ6~7秒に広げる。

しかしなかなか詰めてこないにしても、諦めないで追ってくる。

それで数キロが経過して、ラスト一周で追いついてきたら1対1勝負になってしまい僕も付かれている状態でスプリントに任せて負けてしまうという最悪のパターンの可能性も見えてくる。そうなるとやばい。しかし、中々戻ってこないし、今の状況がまだおいしいので全力で踏み続ける。

TT走のペース管理として、自分の特徴もあって、速度が低い区間(向かい風~横風)は全力で踏んで、追い風区間は踏み続けながら少しだけ余裕を持っておく作戦。そうなると、コースの北部(風が北西から吹いてくる)が一番きついがあとは少し回復できるのでそこは我慢して出し切る。

差が全く変わらないが、詰めてこなければ僕の勝ちなのでそれでいい。

ラスト一周が特に心配だが、残り5分なら出し切ったら付いてくることはないので、本当に死ぬほど出し切る。残り1キロぐらいで勝利が決まり、逃げ切り優勝。

結論

相手は力負けに感じただろうと思いますが、冷静に考えてみると彼の方が強かったに違ありません。

3周も引いてくれたし、それでもタイム差を維持することが出来たということは、私より力(最低でもTT力)があったことが明らかになります。

そして、コーナーが周8ヶ所あったと考えると、私のコーナリングがほとんど完璧だったのでそこで3秒ぐらい?稼いだと考えても良いと思います。

1人で引っ張ってくれるときにちゃんとイン側に寄っていたら、僕はそんなに楽に回復することが出来なくて力の差が更に縮まったと思います。

私の反省をすると、残り10周で仕掛けるのがかなり速かった。もっと遅く仕掛けていたら勝利がもっと早く安定しかと考えられます。逆に、少しだけでも早く仕掛けていたら、最後追いつかれてしまい、負けるリスクもあったので少しギリギリだったと言ってもいいです。

あくまでいうと、風の中の走りもコーナリングも得意のでAACAとかよりは得意なレースでしたが、FTP走が弱点ということで逃げ切りができたのは今後の自信に繋がります。

皆さん、ロードレースの戦略を少しでも伝えることが出来たでしょうか。

さて、沖縄開幕戦まではあと少ししか残っていません。今週はかなりハードなメニューを組んで、疲労もあったんですが沖縄まで疲労を抜けて、更に強い状態で挑みたいと思います。今後とも、東京ヴェントスの熱い応援を宜しくお願いします!

2月 15 2018

AACAカップ第1戦、第2戦

ウェイトマシーン、パワーメーター(FSA Powerbox)、ガーミン等、東京ヴェントスとチームサプライヤーのおかげで選手として最高の練習環境に恵まれながら、練習を再開してから順調に5800kmを走ってきて、練習の数字を見ると今年の冬の課題であった3年前の体力を戻すことができたかなと思うところです。10日後の開幕戦に向けての追い込み期間が丁度今日の6時間半の練習で終わりになって、過去の7日間で810km、29時間を走り遂げました。

その追い込み期間の中で、アメリカに出張中な二戸監督の代わりに、AACAカップのチーム遠征を担当しました。AACA第1戦と第2戦が同じ週末に行われて、一泊二日の遠征でチームの若手を中心に、実際にチームプレイをしてみたり、開幕戦に向けて色々準備をしたりと充実した遠征を送りました。

今回のメンバーは以下の通り:

古田 潤 (Ventos) 増田 弘誠 (Ventos) 私 (Ventos) 永富 一騎 (Freccia) 有村 尚輝 (Freccia)

そして、膝の怪我を治療中のアレックス選手は結局出場できませんでしたが、特別スタッフとして付き合ってくれて、若手に走り方を教えたり、経験を伝えたり等と、非常に良い人だなと改めて思わせられました。

自分は、去年の第1戦で優勝、第2戦で2位という実績があるので、今年はガチで勝利を狙うよりか、調子の仕上がりに努めるのと、プレイングコーチとして若手の指導を中心に走ることにしました。

AACA第1戦

各選手の生な走りが見てみたかったため、コースや相手チームのこと以外は、戦略的な話はしなかった。そのせいか、序盤は前方で動いていたのがほぼ私だけで、高強度をたくさん入れられたのでそれはそれでよかったが、チームプレイの面ではそれを本番でやってしまうと、全てのアタックに対応できずにチームの入っていない集団を逃がしてしまう可能性が高いので、途中から声をかけたりとチームをまとめるようにした。

そういうこともあって、中盤からはチームメイトに支えてもらって少し休むことができた。一旦、私を含める5人の逃げ(奈良から若杉選手、キナンから雨乞選手と中島選手、EQADSから津田選手、自分)ができて、各チームがちゃんと入っていてそれが行けるかもと思ったが、協調体制をとってガチで踏んでも差がなかなか広げられなくて1周回ちょっとで吸収されるので、今日はやはりゴールスプリント勝負だということが分かった。

練習の意味も含めて、古田君に調子を伺ってみると良いとのことなので、古田君に任せることに。最後の一周、有村君と増田君が積極的に動いてくれたので、集団の中で正しいタイミングを待つ。残り1キロ弱のところ、自分のスプリントを開始して先頭に出て、最終コーナーで丁度逃げていたキナンの椿選手に追い付いて、古田君にスペースを譲るために横に寄せて終了。しかしパッと確認してみると、私の後ろには入っていなくて、7~8番手ぐらいで曲がる姿を見かける。あとから聞いたところ、元チームメイトの貴行水野選手が間に入ってしまって、番手を失ったとのことだった。人としてはとても優しいが、走っている姿はフラフラして少し危険な動きをすることもある選手なので、気持ちに負けず番手をしっかり守るべきだとは言いたいところだが、焦って譲ってしまった気持ちが理解できるのは否めない。それでも4位まで上がってこられたので、残り200m私の後ろにしっかりついていれば、勝ちだったかもしれないので、今回のミスは少し残念だった。

レース後のミーティングでしっかり反省会をして、今回のミスは仕方ないことにすると、どうやれば古田君が番手を落とさないのかを考えてみる必要があって、残り2キロから1キロまでにトレインにもう一人が入って早めに引っ張ってくれれば、位置取りの戦いが激しい集団の中に影響されずに、自分の決めたタイミングと位置から仕掛けることができるので、それを次の日に活かせることに。

そして、ミーテイングが終わったら、アレックスに叱らたこともありました。古田君がイン側で抜けられるように最終コーナーで踏み辞めるのではなくて、ゴールラインまで踏み続ければ、優勝は難しかったかもしれませんが、最低でも5位には確実に入っていて、もしくは3位以内にも入れたかもしれないと。確かに言われてみると、スプリントを開始した時点で後ろを確認するべきだったかもしれないし、古田が付いていないことを確認できていれば、もう少しだけ踏んで、コーナー手前で丁度椿選手を抜けることができていたら、差が付いて1着すらできていたかもしれません。終わったことなので仕方ないけど…確かにな、と思わせられました。

AACA第2戦

僕自身は沖縄の公式開幕戦に向けて、早起きをして朝食をとる前に1時間半走りに行ってきました。前日と違って、今回は事前ミーティングをしっかりと行って、土曜日の反省点とミーティングの意見交換を踏まえて、作戦を決めました。その作戦は、レースを2つに分けることでした。残り3周のところまでは、前日上手く出来なかったチェックの交替で逃げに必ず一人の選手以上を送り込むことに集中して、それで逃げが決まればそれで行く。残り3周では集団が1つの状態な場合は、スプリント体制に切り替えて、今回は3人のトレインを組んで、増田~古田~トムという順番で挑む。有村と永富のフレッチャ枠は、残り半周まで交替でチェックに入って回らない作戦。

しかし、レース会場に着いたら、とんでもない風が吹いていて、微妙に横風だったので、レースの展開に大きく影響を与えそうということで、もう一度ミーティングを行いました。最初に決めた作戦を忘れずに、後手に回らないように、更に早い段階で、更にまとまった状態で展開を作ることに。ウォーミングアップのときに、横風を実際に走って、横風の未経験な若手選手にどういう風にを走ればいいか簡単な講習会をしてから早めにスタートラインに並びました。

前からスタートを切ったということで、前日の優勝者、雨乞選手のファーストアタックに増田と私が付いていて、少し差が開く。当然、集団がそれをなかなか許さないが、すぐのカウンターで数人の選手が先頭に出て、それに僕が再び反応して再び差が開く。

しかし、横風を走れない選手がほとんどで、「右に寄って」と何回叫んでも反応がないので、選手が一人ひとり千切れていく。勿体ない…けれど一人がけが生き残る。この選手も横風が全く走れない状態だが、彼は実力があって、私の指導でペースを上手く管理しながら、差を広げていく。

後ろに振り向いても集団が見えないぐらいまで差が開いた時点で、「少し余裕を持って後ろの様子をみよう」と指示を出す。4周目辺りでは、15人ぐらいの集団が追いつきそうになって、そこに古田がしっかり入っている。キナンからは1人しかいないからか、協調体制がすぐに整っていて、ローテーションが綺麗に回っていく。

すると、キナンの選手がいなくなる。理由は分からないが、キナン2人を含む4人の追走集団が出来ていることは確認できる。それでキナンが追いついていくかと思ったら、甘いな…と思いながら全員で更にペースを上げて差が再び開く。

この逃げが勝ち逃げということが中盤辺りで明らかになる。古田君に調子を聞いてみると、あまり良くない…ということで自分は力を溜める。周回賞のベルを一回しか聞こえない(周回賞がいつあるかは非常に分かりにくいけどお金が付いているわけではないからいいか)けど、その時はしっかりとる。相変わらず調子がいい、余裕を持てて快適なレースを送っていく。

ただ残り3周のぐらいのところで元チームメイトのおっぺい選手がアタック。力はありそうだが、FTP走が苦手だから一人ならすぐに戻ってくるから心配ない…と思った通りに戻ってきてくれる。しかし、それで激しいアタック合戦が始まる。始まると調子が思ったより全然悪いことに気が付く…あれ、余裕がなくなっている。同じタイミングで古田君がいなくなるし、相当マークされてる…それでも自分で狙っていかないといけないけどきつい…という不快な状況にいきなり変わってしまう。

どう動いても、勝負が手に届くパターンが見えてこない。インタープロの二人が当然、一人ひとり仕掛けていく。そしてそれに津田君が必ず付いていて、私も何とかついていくときに力の差を実感する。序盤であんなに余裕を持っていたのに、前日そんなに強く感じなかったのに…と悩みながら最後の一周を向かって、ハンガーノックだということに気が付く。

そのとき、優勝がもう手に届かないことが明らかになっていて、どう食らいついていけるかにしか頭が回っていなかった時点で、おっぺい選手が前で差を開ける。それに一度反応するも、しっかり付いてくるし、おっぺい選手の加速の方はパワーがあって、残り半周ぐらいでおいていかれて、完全に撃沈。

結局、インタープロ勢も中学生の津田君にボコボコされて彼が圧倒的に単独で優勝する。

きつい強度を落としたあとは、どれぐらい力が抜いているかに気が付く。なんとなくゴールラインまで辿り着くが、通過して自転車を降りようとしたら、倒れそうになる。

原因は、朝練に出たのは問題ないですが、食べずに行ったし、補給食も持っていなかったので、途中で食べることもできませんでした。そして、スタート3時間前に取った食事は、食パンとジャム6枚のみ。白いパンは、炭水化物ではなくて、長く持つエネルギーになるのではないので、それが朝練の回復に全部使われてしまって、スタートラインに並んだ時は既にハンガーバンクになりかかっていました。

既に分かっていたことなので、トレーニングレースであっても、勝負から外れられたことをやってしまったのは勿体ないし、自分らしくないミスでもあります。節約をした過ぎて、変なことをやってしまいましたが、今度こそ食事を軽視せずに、パーフォーマンスに関わっている全ての細かいことにも集中を向けます。

さて、今週末は最後のトレーニングレースとして疲労が付いた状態で川島クリテリウムに出場するので、古田君のトレインの組み方を中心に動いてみようと思っています。次の週は、自分のために動くことになるので、そのときはガチで走って勝負に入れるように、いや、勝利できるようにしっかり走りたいと思います。

1月 22 2018

大磯クリテリウム

12月上旬からチーム練習を週に2回のペースで重ねてきて、沢山の新加入を迎えたチームで走ることに慣れながら、基本能力を磨いてきた。1月中旬になって、ようやく強度を入れ始める時期がやってきたということで、レースの感覚を取り戻すためにチームで大磯クリテリウムに参加することを決めた。

前日、5時間ほどのチーム練習も行ったし、翌日から雪が降る見込みだったため、ほとんどの選手にとってこの大磯クリテリウムはサイクル最後の日だったので、かなりの疲労が溜まっている状態での参戦だったが、それでも現時点での力を尽くして良いリザルトに期待していた。尾根幹のセブンイレブンで集合して、ヴェントスとフレッチャエリートクラスの参加選手に加えて、応援に来てくださったサポーターさん、そして練習のために付き合ってくれた古田潤君というメンバーで自走まで会場に向かった。

途中のコンビニ休憩で簡単なチームミーティングを行って、チーム力を上手く使うことによって、ヴェントスに有利な展開を作っていく作戦を決めた。しかし、今回のレースは良い選手が数人揃っていたため、それほど簡単に決まらないパターンになる可能性は十分あるということも挙げておいた。

序盤は少し様子を見たかったので意識的に後ろに並ぶも、ペースが思ったよりも速くて、前に上がるために力を使わざるを得ない。しかし力を使っても疲れてくる感覚がないので、自分も激しいアタックに挑戦してみることに。差をつけることに成功しても、決定的な逃げには繋がらない。力はあるが疲労の影響か高強度不足かなかなか出し切れない感じもする。いつの間にか集団がかなり絞られてきて、20人の中で周りにチームメイトは3人残っているが、チーム内では私を含めて圧倒的に抜ける選手はいないので、攻めていく立場ではなくなってきたと判断して、アタックをかけるより付いていく作戦に。

しかし、後半は思った以上に回りの選手が少し垂れてきて、前半より楽に動くことが出来る。登りも風もないのに集団は有力選手に絞られてきて、スプリントになる可能性がまだ高いにしても、場合によって決まる可能性もなくはないと判断する。ラスト5週でヴェントスの選手を含まない4人の逃げが形成されて、やばいと判断してブリッジする。有力選手が数人入っていたし、かなり大きい差ができたので、「このストレートで集団が詰めてこないと決まるぞ」と思って全開で交替するも、ぎりぎり追いつかれてもとの状況に戻る。2人の選手がカウンターで先頭に出るのでチームメイトを呼ぶが、誰も上がってこない。ブラウの小野寺選手に付いて2番手に立つが明らかに一番強い紺野選手のチームメイトも入っているので、交替を求められれば終わりという不快な状況になってしまった。しかしなぜか小野寺選手は一度も振り向けることなく、ラスト一周で差を詰めてくれる。そのタイミングで山岸選手がアタックするも、誰も驚かずすぐに付いていく。自分は最終コーナーの手前で4番手から3番手に上がって、紺野選手の後ろという完璧な位置に付く。

しかし紺野選手がスプリトをかけないので一瞬迷って、後ろから抜かれたくないので早い段階で行くことに。追い風ということもあって他のカテゴリーでスプリントを始めた選手が勝つと確認していたので行けるかと一瞬思ったが、後ろから圧倒的に抜けられて、何もできずに5番手フィニッシュ。

位置取りが上手くできたが、タイミングが合わなかったのか、力が足りなかったのか最後のすスプリント勝負がうまく行かなかった。集団スプリントを制したことが数回あるが、その中登り力、位置取りとコーナーの技術を活したことが多くて、直線のスプリントは割と苦手意識がある。最高パワーも1060w程とウォームアップの方がパワーが出た。加速力が前より低くなってしまったのか、完全に力勝負で負けてしまった。調子がまだまだ上がっていないがJプロツアーのクリテリウムで何ができるかできないか、そしてチームとして何が課題になりそうかということに対して参考となりそうなレースだった。

去年も参加していた大磯クリテリウムだが、今年は全く異次元レベルのレースだった。後半は強度が少し落ちてきたが、前半はフランスのカテゴリー1に近いレベルではなかったかなと思っている。観戦してくださった方々も多かったし、主催側もかなり盛り上がったのではないかと思うので、今後は日程がJBCFレースに被らないように意識して頂いて、今後もレベルの高いレースにしていきたいと思っています。

来週は疲労を抜けてより高いコンディションで東京ウインターロードレースに参加する予定です。まだトレーニングレースという形だが、そこは本気で狙って行く気で挑みたいと思います。

1月 17 2018

新年会、チーム機材のご紹介

いよいよ開幕戦まで残り40日間となりました!チーム練習が週に2回のペースで続いており、練習再開してから3500キロを走りました。本格的なベーストレーニングが終わり、これから2年間自転車競技をやめたことで弱まってきた筋力~高強度力を戻すことがこれからの主な課題となります。

昨日、サイクルゲートの池田さんに2018年のチーム機材を組み立てて頂きました。今期は機材サプライヤーに頂くマシーンが大きな進化を遂げ、全選手が最高の機材でシーズンに臨むことになります。

練習の組み立てを紹介させていただきます。レース版は後ほど紹介いたします。

フレーム カレラ・ SL7 コンポーネント シマノ・Ultegra クランク FSA・Powerbox 練習ホイール Vision・Trimax 35 練習タイヤ ハッチンソン・Intensive サドル サンマルコ・Regale Racing White ステム FSA・SL-K ハンドルバー FSA・エナジーコンパクトハンドル

そして先日、東京ヴェントスの新年会が立川の中華料理店「五十番」にて行われました。インフルエンザのふらふら世界に滞在していたため二戸監督の欠席は残念でしたが、一年中サポートしてくださる皆さんと沢山の交流ができてとても楽しい夜でした。

今期最初のレース強度を果たすために、来週末行われている大磯クリテリウム、そして再来週の第1回東京ウィンターロードに出場します!

12月 20 2017

外国人選手の意見 第7回

こんにちは、Jプロツアーで戦っている東京ヴェントスの選手、そしてコーチでもあるトムです。

最近、プロ選手らしい練習を再開させたため、そして内部の仕事でかなり忙しくなったため、時間の余裕を求めるブログの更新がなかなかできない状態が続きました。

そんな中、先日、日本国内の自転車ロードレースを代表している「Jプロツアー」の方針が、運営会社JBCFによって発表されました。その時、担当しているチーム練習が予定されていたため、今年は欠席させて頂いて、後から二戸監督に発表会の内容を伺いました。内部で色々と噂が流れていた通り、2018年を準備期間としていて、2019年からJプロツアーの登録規定、ということは全体的な方針が大きく変化されるようです。

選手活動の面でも、チーム運営の面でも、私の活躍がそのJプロツアーに大きく関わっていて、自分の将来に影響を与えるぐらいの変化でもありますが、それよりも、日本の自転車界全体が大きく変わることを予想できるので、それについて強い意見を持っています。

加盟規定の更新を図る理由として、JBCF側は、競技としても興行としても自転車ロードレース界の価値を高めるために、日本のロードレースをプロスポーツとして定着させていく必要があると判断して、新たに加わった規定が欠かせない条件だと説明しています。

本場ヨーロッパと違って、日本のスポーツ業界には公的機関からお金が入っておらず、興行の面を発展させていかないとスポーツ自体が盛り上がらないのは日本の事実です。自転車ロードレースもそれと変わらず、ロードバイクに優しくない環境、社会、文化の中で活躍していくことが非常に難しいです。

但しその反面、日本国内のシステムが独自になりすぎると、長期的な定着に要される国際化がまた難しくなって、競技レベルが上がらずスポーツ自体も盛り上がっていかない場合が出てきます。それは日本自転車界の現状です。JBCFを運営している方々も勿論、それに意識しているだろうし、意識しているからこそ基準を改善させようとしているでしょう。

しかし、長期的な発展を目指すのであれば、特に外から投資がほとんど入ってこないスポーツとして、お金の循環を上手く考える必要が出てきます。

 

さて、具体的に話しましょう。主な変化は以下の通り:

・2019年のJプロツアーチームは最大20チームとする

現在22チーム、それほどの変化はありません。但し、新しい登録規定では20チームも登録できるかどうかが本当の問題になってきます。

・チームは運営法人が行い、法人登記を必須とする

恐らく国際基準(UCIコンチネンタル登録基準)に合わせるための規定なので、正当な規定でしょう。

・運営法人の本社所在地をチームのホームタウンとする

そこは、「チームのホームタウン」は何かを明らかにする必要があるということなので、あくまで「ホームタウン」が必要になってくると予想できます。現時点では、国際プロ化を進ませた地域密着型チームは2つのみ(宇都宮ブリッツェン、那須ブラーゼン、両方とも自転車の県と呼ばれている栃木県で自転車文化を盛り上げることに成功しつつあるチームで、全国唯一の例)。他のチームは、運営法人に本社所在地はありますが、「ホームタウン」と言えるぐらいのものはありません。将来、地域密着型化を義務付けるということであれば、地元を見据えていないそういったチームを無視することになってしまい、国内プロサイクリングを代表するはずな「Jプロツアー」と国際プロサイクリングの差が更に広がるでしょう。現時点でも、その現象が起きつつあります(去年、総合優勝を果たした、現在アジア首位のチーム右京、今年アジアツアーを転戦している愛三工業レーシングチームとインタープロサイクリングアカデミーがJプロツアーをスキップすることにしました)。

・外国人選手の出走は1チーム2名まで

自分自身日本在住の外国人選手として、非常に不利な条件でもありますが、それ以上に、日本の自転車界における全てのプレーヤーが「自転車選手は本場に触れるなければいけない」と満場一致で認識しているにも関わらず、日本の国内自転車ロードレース界に魅力を感じている本場から来た選手に制限付けることは矛盾にしか思えません。本場フランスのアマチュアシリーズ戦(DN1フランスカップ)において、同じくアンダー26歳か外国人選手を2名までにしていますが、フランスの自転車界には本場を知る必要はないので、理由は一致しません。

・チーム運営を専任で行うマネージャーを1人以上置く

・チーム登録料は年間200万円(税抜、今までは税抜100万円)

・1チーム2名以上の選手に月15万円(年180万円)以上の報酬を支払う

上記の3つの条件はすべて、新たに加わった規定で、それに備えるための準備期間が9か月ぐらいとされています。2017年までの規定で言うと、遠征費を除いて、Jプロツアーに参戦するために、110万円前後が必要だったと言ってもいいでしょう。しかし簡単に計算してみると、2019年以降は、それが8倍(!!!)近くになってきます。

2019年から、Jプロツアに登録している上で必要となる年間費(最低、遠征費を除いて)

・チーム登録料税込                                                                …

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10月 29 2017

JPT 経済産業大臣旗ロードチャンピオンシップ 群馬大会 DNF

昨日は、2017年Jプロツアー最後戦が群馬のCSC特定コースで開催された。ということは、今のところ、オフシーズンが始まっている!半分ぐらいは本気で乗っていなかったこともあって、あっという間 に終わったシーズンだった。

しかし、ポイントレイティングがAAAAだったということもあって、後半戦の中で最も狙っていたのは群馬大会だった。個人的にはポイント数は別に関係ないが、7位に入っていた東京ヴェントスには、6位に上がる可能性もあって、9位まで落ちる可能性もある。そして、前回の輪島ロードレースでピュアホワイトジャージを譲った大前君には、取り戻すチャンスもまだ考えられる。色々な面で、最後の順位を決めるとても重要な大会。

仕事の都合で、4月の2連戦には参加できなかったが、去年の大会にはあの頃の調子で参加したことがあるので、コースの特性は分かっている、自分の経験で、同じコースで同じカテゴリーが走るとしても、10月はレベルの差が激しくて、4月のレースと同じ展開には絶対期待できないと確信して積極的に走ることにする。

集団の後方でスタートしたので、序盤はコースの特性を身に付けて、様子を見ながら3周目からアタックに加えようという作戦で挑む。スタートからペースが速いので、無理やり上がろうとせず、上がりやすい区間だけ(ゴール辺り)で上がることに。2周目に入るところには、30位前後で位置をとる。下りで集団が再び伸びて、先頭が見えなくなるが、下りが終わったところでいきなり止まる。7人ほどが先行していることを確認。この中には、東京ヴェントスの選手の姿がないように見えるので、スペースが空く瞬間にアタック。誰も付いてこない、容認される。すぐに先頭と合流。

先頭集団には全ての有力チームが入っている。インタープロは元チームメイトの悠人君、ブリッツェンは岡、ブラーゼンは柴田、シマノは湊、マトリックスは佐野、キナンは中西、イナーメも一人乗っている。しかし、キナンの中西が全く回ってくれない。最初は、タイム差を広げるために遠慮せずに踏むが、タイム差がすぐ1分を超えてくるので、回りながら足をためる作戦に。

スタートから、一回も全力で行く必要なく、タイム差が徐々に広がっていく。しかも、4周目辺りに、いきなり3分50秒に。イナーメの選手が「ほんま?ほんま?」とバイクの人に確認を求めるが、ほんまのようだ。こんな良い調子で、こんなおいしい展開になって、今日はうまいことをやれば、負けられない…

しかし、まだ15周ぐらい残ってるから、まだしばらく我慢して…と自分を説得する。力の余裕をまだ見せなくてもいいし、うちはクラブチームだから、プロチームを引っ張る必要もないから、たまにキナンの選手の後ろに隠れて、脚を溜める。

安定したペースで進んでいるし、後ろに追走集団ができている情報が入ってきて、そこにチームメイトが乗っている岡選手がローテーションに入らなくから、タイム差が少し詰まる。その結果、ペースがかなり緩んだため、結局ブリッツェンの阿部と奈良の安原がブリッジに成功する。そのタイミングで、下りの途中で、岡選手のウインドブレーカーが背中から落ちてきてディレーラーに突っ込む。「終わってるね、かわいそうだな…」と思いながらロテーションに戻る。

そして45キロ地点で大きいトラブルが発生する。ゴールラインを通過するタイミングで、後輪がいきなり回らなくなって滑りながら転びそうになる。自転車を降りてみたら、ディレーラーが後輪に突っ込んでいた…信じられない。自転車を振り回しながらシマノのニュートラルカーを呼ぶがなぜかゴールのところで停まっている…やっと向かってくれる。まさか無視されながら通過する?と一瞬思ったが周りの人の声のお陰で数メトル先のところで停まってくれて車を降りる。壊れた自転車が目の前にあるのに「なんですか」と言われて、何も反応がない。結局自転車を下してくれず車に戻ってそのまま置いていかれる。

どういうことかよ…

それで私の最後のレースが終わる。

仕方ないことなのでトラブルがなければどこまで行けた?かは分からないし、「たら~えば」の世界になるけど、久しぶりに勝てる自信があった。本当に。

ニューカレドニアは落車の影響で良いリザルトを獲得できなかったが、別に海外を目指しているわけではない私にとって、別に大したことではなかった。しかし、海外で磨いてきた調子をメカトラのせいで本番で生かすこともできずに終わるというのは、本当に悔しい…その前メカトラに遭った岡選手はちゃんと対応してもらったのに、何故私は無視されたかも分からない。しかも、変速してトラブルが起きたのではなかったし、別にインナーローで走っていたわけでもないので、今でも原因不明のまま…

でも、終わったことだから仕方ないし、結局チームは奇跡的にギリギリ6位に上がることもできたから、気持ちが何とか落ち着いた。

さて、これからはトム選手からトム監督に切り替えて、来年のチーム造り、そして色々なプロジェクトに集中していきます!これからも宜しくお願いします!

10月 26 2017

外国人選手の意見 第6回

最近、外国人選手の意見を書く暇はなかなか見つからないが、東京ヴェントスの運営に関わらせてもらった9月中旬から、日本の自転車界を新たな目線で考えることができて、思ったことはたくさんありました。

その一つは、若手選手の育成について。現時点では、若い頃から国際シーンの基準を満たす育成ができる環境は日本にありません。その考えの基、「海外で走ってみたい」と思っている高校生がほとんどです。そして、海外で育成させるのが当然最も効果的な育成と思っている監督、コーチ、元プロ選手もほとんどです。なので、毎年、日本の最も強いジュニア選手、そしてその例に憧れて、自転車競技の経験のない、普通に弱いジュニア選手が何人か海を渡っていきます。

ボンシャンス、エカーズ、チームユーラシア、そして色々な代理人が海外に挑戦する機会を作っています。対象の選手は基本的に、年齢は17歳~20歳の間、場所はフランスとベルギーが90%。自費で海を渡るのは99%の選手。

フランスの例で説明します。フランスでは、18歳までは、年齢のカテゴリー分けで走ります。しかし、ジュニア(17~18歳)からは、ジュニアレースに加えて、レベル順でいえば3、2、1、レベルのカテゴリー分けのレースにも参加できるようになります。そのため、参加できるレースの範囲がとても広くなります。

海外で走る日本人選手は、年齢を問わず、カテゴリー3から始まるのがほとんどです。カテゴリー3というのは、一番下の競技レベルなので、本気で走っているのではなくて、ホビーレーサー向けのカテゴリーです。しかし、海外1年目でカテゴリー2に上がれない日本人選手は半分以上。別に弱いからだけではなくて、戦略、走り方、フォーム、体力、ということの基本的な技術はまだ身に付いていないからです。せっかく日本から海外の自転車競技を経験するために来たにも関わらず、1年にわたってホビーレーサーの他に相手がいなかったという例がほとんどです。技術のある相手選手と一緒に走りたいなら、カテゴリー1で走る必要があるが、そうするとすぐに千切れる選手がほとんどで、有力選手だけといっても、勝負に絡む機会はありません。

そう考えれば、せっかくフランスまで行くのは、本当に割に合いますか?フランスの自転車界が分かる人には、この矛盾がすぐに分かります。

日本人選手が特に弱いわけでもありません。今年のU23世界選手権は、序盤にできた逃げ集団には2人も入っていました。しかし、詳しく見てみれば、ネイションズカップに参加した6人の選手の中、5人が国内で活躍しています(もう一人は途中で国内チームに移籍してきました)。

新城幸也(33歳)と別府史之(34歳)以外には、海外の道を使って成功した例がないのは事実です。この2人がプロに上がったのは、そろそろ10年前の話になります。

文化、言語、基準、走り方、全てが違う、日本人に適応していない環境で無理やり一人で活躍しても、身に付くことが本当にあるのかは大きい疑問。その反面、既に国内外で成績を出している選手が世界の舞台に挑戦するというのは、当然なことですが。

なので、海外に憧れている選手達、そしてそれ以上、自転車競技の経験豊富な監督達などが、同じぐらいの動力を国内の方に向けた方が、日本国内で育成できるようになると共に、日本の自転車界が全体的に発展していくのではないでしょうか。

「海外に行って、自分がダメということに気づいた」とか、「17歳の頃、チームの寮に引っ越して、支えてもらわなくなって自転車を辞めようと思いました」とかのような話は、日本の選手から何回か聞きました。海外でハイレベルスポーツ競技の活躍に適応できる選手がいるとすれば、才能の話はともかくにして、それに苦戦して諦める選手もいます。

ということで、海外で行う活躍を考え直して、国内で育成できる環境を作ることに集中してほしい。

そして最後に、若手選手へのメッセージです。

早くだけ海外に挑戦したい、なるべく早くPで走りたい、と思うのは当然ですが、自分が長期的に、最後的に目指していることを忘れずに、それは本当に正しい段階か、準備が本当にできているか、そしてタイミングが本当に合っているか、としっかり考えてほしい。自分が出来ると思い込んでいても、海外レベル、そして国内トップレベルは甘くない。詳しく見てみたら、完走すらできなくなって、弱くなっていく選手が非常に多いし、モチベーションを失って諦める選手もいっぱいいます。国内で優勝している選手だって、海外で簡単に成功しているわけではないから。

しかし、自分の可能性を信じて、野心を持つのは、成功に欠かせないことなので、自転車競技で食べていけるようになりたい、ツール・ド・フランスで優勝できるようになりたいと思っている選手は、自転車の楽しみを忘れずに、徐々にステップアップできるように応援しています。

10月 22 2017

ツアー・オブ・ニューカレドニア、レースレポート

世界中のアマチュアレースの中で最もステージ数が多い、10日間で12ステージを重ねるツール・ド・ニューカレドニアに出場してきた。天国に一番近い島と呼ばれるニューカレドニアは初めてではない。もう3回目なんだが、ヨーロッパのレースと違う雰囲気がすることでいつも最高に楽しい2週間が過ごせる。レースが終わったあと、伝統的な伏屋に泊まったり、地元の方々にご馳走を用意していただいたり、真っ白な砂浜でゆっくりしたりすることがこの2週間の日常生活。

しかし、甘いレースでもなくて、参加人数が60人ほどに限られているため、毎日激しい展開が繰り返す中、10ステージ、10回逃げ切りになる。特に、ステージレースの少ない日本で活躍している若手選手には、とてもおススメな経験。毎年、元プロ選手の福島兄弟が監督するボンシャンスを連れていて、今年も日本人選手は6人参加していた。

私は、2013年と2014年、アンダー1年目と2年目の頃に参加したことがあって、思い出の多いレースだ。2014年は、毎日激しいアタックをコントロールに努めて、総合リーダーのチームメイトを引っ張って総合優勝を果たしたこともある。しかし、個人的には、ステージ9位、8位、7位、5位、4位、3位、トップテンの順位に何回か入ったことはあるが、2位と1位だけには届かず、やり遂げる必要を感じて今年3回目の出場を決めた。

第1、2、3ステージ、ウベア島での開幕

最初の3日間は、ウベア島という天国に似ている環礁で平坦ステージが行われた。各チームが地元の家庭に世話してもらって、毎晩伝統的な伏屋に泊めて頂いた。ご飯は、村の広場で集まって、市民の人たちが作ってくださった料理を、主催者、記者、審判、選手、レースの関係者全員、毎日一緒にご馳走した。

コントロールしにくいステージレースでは、第1ステージは、総合ランキングを決めることが多いので、最初からアタックに加えてチームメイトと2人で14人の勝ち逃げに乗ることが出来た。有力選手全員入っていて、タイム差が2分40秒まで広げてスプリント勝負になる。残り1キロのところ、現在フランスU23チャンピオンのラフェー選手が単独アタックして、チームメイトがコントロールしてくれるので、完璧な展開になりそう。しかし、残り500メートルのところ、スプリントを始めるときにチェーンが落ちるせいでペダルが外れて、路面に当たっていきなり落車。表彰台が見える時点で落車するなんて最悪だし、これから残り11ステージは傷だらけのままの出走になってしまう。結果は、仕方なく14位だが、タイム差は優勝者と同タイムにしてもらう。

第2ステージは、12キロの個人TT。タイムトライアルが苦手ということで、特に狙うステージではないが、総合に大きい影響を与えると予想されるので、全力で挑どむことに。しかし、機材の移動が遅れるせいでスタート時間も遅れることになって、自分のスタート時間が知らずに1分40秒遅れの出走。結果は、3分半ほど失って、総合14位のまま…

第3ステージは、必ず逃げに乗って優勝に絡むという作戦で出走。第1ステージと同じく、脚が非常に良かったが、スタートから何回かアタックを繰り返しても、中々決まらない。50キロほどのところ、位置を少し落としていたタイミングで7人が飛び出してそのまま決まる。最悪…後ろの集団スプリントに加えてみるも13位。

第4、5、6ステージ、北の端っこまで

翌日はヌメアに戻って休日。金曜日から、ヌメア辺りから北部までの上がりが始まる。道路は一本しかないので、3日間にわたってずっと同じ道路を走る感じ。

休日は休むことが出来たが夜は傷が痛すぎて徹夜をしてしまった。そのせいで第4ステージの調子は最悪で1日集団の後方でのんびりすることに。チームメイトが勝ち逃げに乗ってくれて1分半先行して、総合6位に上浮。私は集団スプリントで違う方向に先導されてしまったが集団と同タイムにもう一回してもらった。

第5ステージは130キロほどの最長距離。チームメイトが入った逃げが再び先行して、タイム差が徐々に広がる展開に。2分、3分、4分…後ろはリーダーチームがコントロールできない。アタックが再開した最中にチェーンを落としたせいで千切れて、車を使うのが固く禁止されているレースなので二度と戻らないかと思い込んでいたところ、最後の力を尽くして登りで飛び出して奇跡的に復帰。その時、タイム差は5分まで広がっていた。有力選手のアタックに何回か反応するも、追走集団が形成されない。残り30キロ時点で、遂にばらけてくると脚が終わってしまって、後ろのグルペットで完走。チームメイトが追走集団に6分程の差をつけて、見事に総合2位に上浮。私は11分遅れて16位に撃沈。

第6ステージでリベンジして必ず逃げに乗ると決心。30キロ程アタックを繰り返した末、やっと逃げる。しかし3人だけ。タイム差を早くだけ広げようとして、30秒まで開くも、山岳賞の登りで有力選手のアタックで集団がばらけて、アタックの最中で吸い込まれる。逃げていたせいで6人のできた先頭集団に入れず、追走集団に位置を取る。しかし追走にはリーダージャージを発見!チームメイトのためにコントロールして、総合首位に上浮!私は11位。

第7、8、9ステージ、総合優勝を目指しての走り

チームメイトがマイヨジョーヌ!しかしチームは彼、私、集団に残る力すらないもう一人という3人に限るので、きつい日々が予想される…第7ステージは3,5キロ、平均勾配11%のアモス峠を含む、ハードなステージ。序盤から、アタックが続く中、総合に絡む選手をチェック。しかしチームメイト本人を含む10人ほどの逃げが形成される!最高だ。しかし、少したってから、小さな登りを使って他の有力選手が飛び出して先頭集団が20人弱に。それはまずい、私も飛び出してみて、先頭に合流。そのまま山岳賞が続くアップダウン区間に入る。先頭集団が絞ってくるが今日は脚が良い、峠を先頭で超えられそう。しかし、下り区間で先頭から総合2位と4位の選手が差をつけてそのまま先行。すぐに先頭に出て集団を引っ張るが、次の登りに入るとカウンターされる。ずっと20メートルぐらい遅れて登って、頂上付近でやっと追いつくも、ギアを変えたら、チェーンがいきなり落ちてしまう…後ろには誰もいなかったし、回復する時間もなかったので、追いつくことはできなかった。追っていた集団がどんどんと差を開けて1分半先行でゴールして、チームメイトが総合2位に戻る。ミスをしていなければ、レース展開が変わって、マイヨジョーヌを守っていたかもしれない…自分の大ミスで反省。

第8ステージは、総合首位ではなくなったので攻撃的な作戦に復帰。何回かアタックに乗るも、また良いタイミングが見つからず5人を逃がして毎日と同じくそれが決まる。ステージ最高位を上げるために6位争いに絡んでみようと思って、残り2キロの左抜カーブでいきなり2度目の落車。砂利があって何故か自分だけが滑ってしまった…(そして後ろの2人も巻き込んでしまった)。しかし1回目の落車で回復しきれなかった傷に加えて更に傷がついた私だけが立ち上がれない…ディレーラーハンガー、ディレーラーが壊れているが何とか完走。しかし前回と同じく、午後は個人タイムトライアルもある…第9ステージの13キロの個人TTは、傷のままスペアバイクで完走。もう走る気がない…

第10,11,12ステージ、悪夢のような閉幕

次の第10ステージは山岳ステージ。自転車は直せない、翌日にヌメアで解決できることを祈ってスペアバイクで完走するしかない。しかしスペア―バイクは10速に11速のホイルを付けた自転車…最初の40キロは、平坦だがダンシングができないし横風区間もあってしんどかったが何とかクリア。しかし峠にぶつけると腰が痛すぎて、身体がダメすぎて、すぐに千切れる…翌週の群馬に向けて無理をせずに楽なペースで完走をすることに。結果は、50分遅れて最後位、総合19位から39位へ撃沈。

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10月 04 2017

ツール・ド・ニューカレドニア!

今日は、ツール・ド・ニューカレドニアに出場するために、ニューカレドニアのヌメアヘ旅立ちの日!

先週末、地元の檜原ヒルクライムの開催をサポートする東京ヴェントスの代表として、先導をさせていただきました。レースのときは自由走だったので、調子を確認するために前向きに動くことにした。急勾配が始まるところでアタックして、都民の森を単独で登って、最後の1キロで捕まったが、出走人数が600人を超える中、プロの頃の調子が戻りつつあることを確認できた!そして東京付近で30キロのラインレースを開催できるなんて、最高に楽しい!

今晩はヌメアに着陸する。その後の3日間を回復に専念して、土曜日と日曜日は100キロと80キロのラインレースが予定される!調子の仕上げに使うつもりだ。3年前優勝したことがある大会だが、本番であるツール・オブ・ニューカレドニアはあと一歩届かないことが何回かあったので、今度はきちんと本番でステージ優勝を持ち帰りしたい!

ツール・オブ・ニューカレドニアは、来週の木曜日(12日)から翌週の土曜日(21日)の10日間で行われる。ボンジャンスの参加を含めて、日本人選手は6人も出場するので、応援をよろしくお願い致します!

そして、最後戦の群馬はピークでJPT復帰を図っているので、最後の目的は得意な群馬のコースで勝利を果たすこと!

さて、出国まで残り9時間!バイバイ!

9月 25 2017

JPT 前橋クリテリウムー赤城山ヒルクライム 25位

Jプロツアー第18戦、前橋クリテリウム

先週の秋吉台ロードレースに続いて、今週末前橋クリテリウムと赤城山ヒルクライムの群馬県2連戦が開催された。どちらも得意なレースではないが、最近の調子が良いので、有利な展開に持っていくことができれば、チームとしては結果が残せると思いながらレースに臨んだ。

とはいえ、スタートする40分前ほどのコース試走でヘアピンコーナーの立ち上がりで攻めてみたところ、チェーンが滑って転びそうになって、何回全力で踏んでみても、結果は変わらず、クリテリウムレースに欠かせない加速力は全く使えない状態。

新車の新しいチェーンに古いスプロケットの組み合わせがダメなのが原因かと思っていたが、ホイールを何ペア使ってみても、解決しない。原因を探す時間はないので、今日のレースに参加しないチームメイトの平野さんに自転車を貸して頂いて、ローラーで5分のウォーミングアップをして、そのまま集団の最後尾で出走。

自分の自転車ではなくても集中していつもの走りをしようと思ったが、その考えが甘かったとすぐ分かる。最後尾で、ブレーキが逆、クランクが短い、変速が違う、そしてサドルを4.5センチも上げた自転車でクリテリウムを走るのは、全く楽しくない。

レースの前半を我慢したが、ギリギリ完走するだけなら、やる気がないしブレーキングが危ないと思ってレースを降りることにした。

調子が良いときに、テクニカルで得意なクリテリウムレースを自分の走りが出来ないことはとても悔しいが、チームをまとめるという私の役目を全く果たせなかったのは、一番の反省点。仕方ないと言っても、こんな姿は見せたくなかった。チーム全体の失敗(走りをまとめられず、その結果上位に誰も入らなかった)の責任を引き受けている。

という結論の上で、翌日のヒルクライムで本当の走りを見せる気を出して、そのまま自走で赤城山の下見をしてきて、5時起きなので早めに布団へ。

Jプロツアー第18戦、赤城山ヒルクライム

赤城山のコースは、前半の勾配が緩くて、空気抵抗の影響が大きいので、最初の9キロぐらいを集団の中部で脚を回す作戦。予想通り、マトリックスが先頭でペースを作ってくれて、集団内ではかなり余裕。しかし周りの選手も同じ状態で集団がなかなか縮まらない。残り15キロになってくると、脚を使わずに少しづつ前方へ上がり始める。残り12キロ、森に入るときは、20番手辺りで位置を取っている。マトリックスの佐野選手が少しペースアップに努めるが、まだ少し余裕。勾配がきつくなって、強度も少し上がってきて、集団が遂に30人、そして20人ぐらいに絞ってくる。

大きな動きがあったのは残り8キロのところ。アシストを2人残していたルビレッドジャージのホセ・ビセンテ選手がいきなりいつもの異次元アタック。そこにはさすがに反応できず、ばらける集団の12番手ぐらいで千切れかける。

才田さんと横塚さんの後輪に付きながらもがいていると同時に、単独で飛び出したホセの姿がどんどん離れていく。その後ろ、ざっくりまとまった追走集団がなんとか追う。数えてみると、13人が先行。その後ろ、数メトルの差があって、レオモの二人と私がいる。更に後ろには、選手が一人ひとり登っていく。

あまり連帯を取らず、自分のペースで調整する感じレオモの二人に、何も調整せずにもがいている感じの私が付いていく模様。どれほど付いていっても、回復が出来ない。アクア多摩の選手が一人追いついてきてペースアップを始めるが、私はそれに付いていけず、更に千切れかける。

その後、回復のためにペースを緩めてみるが、遅くなるだけなので、前のペースに戻って何とか登っていく。アイラン選手と佐野選手、そして群馬グリフィンの狩野選手に追い付かれて、また千切られる。どうしても自分のペースが見つからない。ここまで余裕で登ってこられたのに、なんでできなくなってる?と悩みながら、更に馬渡選手、グリフィンもう一人の選手から抜かれる。

それで十分よ、それ以上は許さないと思って踏みなおすも、後ろから追いついてきそう2人の選手の姿を確認。ペースを少し緩めて、残り500メトルで捕まるが、スプリントで絶対に負けないと自信を持って残り250メトルで加速。普段は付いてこないが、今日は得意な登りスプリントでも負ける?やはりゴール手前で抜かれて、25位でゴール。

前半はいつもの調子で予想通りに14番手まで耐えれたが、パワーがどんどん垂れていって千切れた選手に再び抜かれまくった後半。ポイントを獲得するためだけの出場だったのに、どんどん下がっていってポイントを逃がしてしまった。今週の練習から回復しきれなかったのか、普通にVo2maxは良いけどFTPが弱いのか、分からないが、前半のペースを守ることに成功していたら、13位争いのはずだったので、何かうまくいかなかった。

レースシーンへの復帰となった秋吉台ロードレースと調子は同じぐらい良かったにもかかわらず、土曜日でも日曜日でも、良い結果に活かすことが出来なかった。次のレースに向けてもう1段パワーを上げるための練習に努めて、プロの頃に近いコンディションを目指していく。

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