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登録日時: 28 11月 2013

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  3. 自転車時代 — 12 1月 2019
  4. 日本人を相手の大晦日 — 3 1月 2019
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7月 04 2019

東京2020自転車ロードレースの「観戦禁止エリア」について

先週末、オリンピック組織委員会の方から東京2020オリンピック自転車ロードレース競技のテストイベントの「観戦禁止エリア」について公表がありました。結論からいうと、山梨県に関しては、道志村は道志みちの駅蕗周辺、山中湖村は平野湖畔と山中湖畔のみ観戦可能ということが明らかになりました。基本的には、道路上の観戦は危ないと見なされ、歩道のない区間は全て観戦禁止となっている設定です。結果として、コース上のどこを見ても、1km以上の登りで観戦できる区間は一つもありません。

極端に言えば、オリンピック組織委員会のスタンスは以下の通り︰

・競技フィールドに進入することは危険です。

・事故があった場合は、責任が主催側にあります。

先ず、それらの対策の実現性に関して疑問を持っています。

・道路上の観戦は禁止されますが、道路の脇は、禁止することが難しいでしょう。森の中から観戦すればいいのではないか、ハイキングコースを使って見ればいいのではないか、あるいは隣の土地に入って観戦すればいいのではないかという行動が発生するでしょう。

・距離もあって、安全確保を任される多くのスタッフは警備員ではなく、一般のボランティアです。その方々がどこまで対応できるかが予想できません。

・更に、海外から多くの来客が見込まれています。彼らは、「観戦禁止エリア」があることなんて想像すらしていないので、非常にがっかりするだろうし、彼らを抑えるのも簡単ではないでしょう。

・前例のない規模のロードレース開催なので、新たな基準となる部分が多く出てくるはず。本来、必要のないところに大勢のボランティアを配属するというのは、今後大規模の自転車大会を開催したときには、ハードルがとても高くなります(無理に近いです)。

オリンピックは、国家予算を使って開催されています。日本国民のお金を使う上では、社会に貢献できる前提での開催となります。オリンピックを開催するメリットとして、大きく2つがあります。

1.スポーツの普及

2.日本のPR

もちろん、完全に観戦できないわけではありませんし、放映されるわけでもあります。但し、そこで大きな問題点が2つ出てきます。

・1.スポーツの普及︰観戦できる平地区間は、集団が一瞬で通過して終わるので、慣れていない住民に競技の魅力を伝えることが出来ません

・2.日本のPR︰自転車競技を見慣れている世界中の視聴者がスカスカな道で開催される大会を見てとても驚きます(理解できません)

自分としては、つまり、スポーツの普及に失敗した上では、日本が世界に恥ずかしい場面を見せることになるのではないか、ととても心配しています。そうなってくると、わざわざオリンピックを開催する意味までなくなるのではないかというところまで考えさせられます。とても軽視できる次元の話ではないでしょう。

7月21日にテストイベントが同コースで開催されるわけですが、個人的には、失敗した方がいいのではないかとまで思うようになってしまいました。

私が自転車の選手になろうと思ったきっかけは、フランス国民として、思わず「自転車文化」に馴染んでいたからです。いわゆる「自転車の本場」(フランスではそんな表現は一切ありませんが)では毎年、2ヶ月間も続く夏休みが始まるのと同時に、世界最大の年次スポーツイベント「ツール・ド・フランス」が開幕されます。3週間に渡って、世界のトップ選手が自国の道路を駆けつけて、そしてそれは朝の9時から夜の6時まで公共放送を独占しています。何よりも、「ツール・ド・フランス」を生で見たことのないフランス人は珍しいです。なぜなら、無料で近くまで通ってくれるからです(「フランス一周」という意味ですからね)。130年以上の歴史を持つそんな自転車競技は、昔から「民族に一番近いスポーツ」として知られています。

道路沿い(あるいは道路上)で観戦するのが自転車競技です。言い方を変えれば、一般的には、自転車競技ロードレースの場合は、道路沿いで観戦できないケースはありません。自分が知っている範囲では、道路上の観戦が唯一禁止されたケースは2015年のLacets de Montvernierという峠です。理由としては、道路が狭い(4メートル)上で、ヘアピン(lacets)が連続していたからで、実験の意味も含まれていました(逆に、通常観客が溢れている登りで誰もいないのが新鮮で、放送時に意外な静寂が話題になりました)。それ以外は、毎年1億人超えの客数を誇るツール・ド・フランスは、観戦を禁止した事例はありません。もちろん、世界最大の自転車ロードレースイベントで観戦禁止エリアが設けられることが一切ないということは、格下の大会でもそんなケースはないというまでもありせん。

日本国内は、ヨーロッパと違って、そういった「自転車文化」は存在していなくて、自転車ロードレースもマイナースポーツと呼ばれています。それは、歴史や文化、様々な理由がありますが、社会の違いが大きく関係していると思われます。特に、欧州では「民族に最も近いと言われるスポーツ」=良い意味で「社会性の最も高いスポーツ」は、日本になってくると悪い意味で「民族に対して一番負担が大きいスポーツ」になってしまいます。「自分の家の前に来てくれる、無料で楽しめる理想の娯楽」から「長距離に渡って生活道路を止める分、儲けもしないスポーツ」という捉え方に変わります。それは、メジャー・マイナーの話以前にも、このスポーツの概念に関して(欧州の成功の理由に関して)の理解不足を表していると思います。

自分が思うには、「責任」に対する考え方が極端に異なることが、一番大きいのではないかというのがあります。ヨーロッパでは「自己責任」が基本となっていて、責任が行動を起こす人間にあります。日本では責任はグループ側が負って、環境を設ける人間にあります。その結果として、「問題があった場合」に対する考えが行動に先立って、否定から入るシステムが普及しています。自転車に限る話ではありませんし、「社会としてはありなのではないか?」という考えもあれば、「国際化に接するのであれば、否定から入るのでは意味がない」という考えもあるでしょう。

歴史の中では、どの国を見ても、オリンピックが黒字で終わることは一切ありませんし、むしろ社会に多くの被害が出る事例も多くあります。東京2020の開催は、世界中に日本の魅力を発信するために決まったはずです。オリンピックを開催する意味を、忘れられているような気がします。

1月 20 2019

山中湖サイクリングチーム

全てを込めたこのプロジェクトがいよいよスタートを切ります。

 

自転車を成り立たせようと、世界とは通じない独自のビジネスモデルに傾いてゆく日本国内か、頼り切りにしているけど、日本人には向いていない本場ヨーロッパか、二者択一に迫られている若手選手の状況、そしてどちらを選んでも過去10年の成功率がゼロに留まっている現実、そんな事実を踏まえた新たな取り組み、「山中湖サイクリングチーム」です。

 

このプロジェクトを通じて、人生に一度しか経験できない「オリンピック」、そして日本と世界をつなげる「富士山」を背景に、日本の自転車競技界が悩まされているこの厳しい現状に自分なりの解決を提供し、将来ではところどころ参考にされる見本にしていきたいと思います。

 

もちろん、一人でやっていく訳ではありません。半年前から支えてくれている地元の方々、そしてオリンピックの土地を訪れてきた多くのサイクリストが力を貸してくださっています。その感謝の気持ちを込めて、2月3日にチームプレゼンテーションと記者会見を行います。

 

参加は無料なので、是非このプロジェクトの誕生を一緒に生で見に来てください!

 

www.yamanakakocyclingteam.fr

1月 12 2019

自転車時代

私がこの職(山中湖村国際交流員、自治体のオリンピック調整役)に着いたことは、たまたまではありません。オリンピックコースの中心に選ばれた道志村、山中湖村、小山町、そして富士山地域は、ターニングポイントとなる歴史的なイベントを迎えるところだと思います。日本の伝統が深く影響されるわけではありませんが、「自転車時代」に入るところだと言っても、過言ではないと思います。

前日、2019年の全日本選手権がオリンピック・パラリンピックのゴール会場である「富士スピードウェイ」にて開催されることが発表されました。全面的に、行政(小山町)そして企業(オリンピックゴールドパートナーのトヨタ)の動きによって確定したことは確実で、「機運醸成」はあっちこっち聞くようになりました。この地域にとっては、課題とされている「離村傾向」に向き合う大きなチャンスですから。

オリンピックが開催されても、本番だけでは長期的な影響はないと思います。大切にしていかなければならないのは、「オリンピックがあるからできるようになること」または「レガシーとして継続性のあること」です。

「オリンピックのチャンス」というものは、大きく2つあると思います。先ずは、「一般の人に注目される」ことです。ジャパンカップ開催のきっかけとなった1990年の全日本選手権は、あくまでも自転車ロードレースを知っている人に関心されないイベントである中で、栃木県はここまで盛り上がってきました。オリンピックは、それ以上の影響力を持っています。誰でも知っている大会ですし、この地域ではこの自転車競技大会しかありません。つまり、自転車ロードレースのことを耳にしない住民はいないということです。それは日本の自転車競技会としては、史上初めての状況です。

2つ目は、「国際基準そのまま日本にやってくる」ことです。一般的にも重視される点ではないと思いますが、それこそ日本にとって大変な影響を与える要素になると思います。歴史的にもそうですが、特にスポーツに関しては、島国の日本は独特なシステムを持っていて、その影響で国際的に輝いているとは言えません。一方で、国際化がどんどん進んでいく中で、これから諸々と国際基準に合わせていく傾向が見えてくると予想できます。その中で、オリンピック大会を通じて、世界的に認知されている自転車競技を知るきっかけとなるでしょう。世界ではすでに成り立っているから、世界基準へと合わせていき、一気に差を詰めていく動きがようやく見えてくるのかもしれません。

これから「自転車時代」に入る富士山地域において、我々は大切な役割を果たしています。自転車に相応しい「貢献循環」を生み出し、社会へと上手く連携していけば、「車時代」を過去なものにしていける部分もあるかもしれません。これからの2年間で、どこまで物事を変えていけるか、とても楽しみです。

1月 03 2019

日本人を相手の大晦日

皆さん、明けましておめでとうございます!

フランス帰省は今日で終わりになります。合計14日間の帰省で諸々確認できたので、しばらく安心して日本に帰ることができます。

フランスで4年ぶりの正月は、相変わらず日本人を相手にしての越年でした。地元リヨン地域の北部に家族と一緒に住んでいる日本人最強選手の別府史之選手に誘って頂いて、フランス語と日本語で言葉を交えながら、4年前までに走り回っていた練習コースを一緒に巡って自分にとっては特別な大晦日でした。

別府選手は、仕事である自転車選手生活にとても真剣に取り組んでいるからということもあって、発信することはそれほど多くありませんが、日本のロードレース界の鍵を握っている一人の存在だと感じました。特に印象に残ったのは、史上最強の日本人選手であるかもしれないにも関わらず、多くの国内選手よりも、常に謙虚していることです。そういうことから、日本人選手としての活動ではなくて、世界で戦っている選手としての活動を重視していることが分かります。

上のレベレで戦えるようになるために、日本という心地の良い領域をわざわざ離れて、知らない業界の中で自力でちょっとずつ居場所を作ってきた選手です。尊敬する選手は、一人増えました。

12月 27 2018

日本における若手選手の育成

先日、地域密着型プロサイクリングチーム「那須ブラーゼン」が下部組織として、「那須ハイランドパークレーシングチーム」の発足について発表しました。Jプロツアー改革の中では、チーム単位で育成へと力を入れていく動きは、とても応援している一つの要素です。

但し、日本国内で普及しつつある地域密着型組織に伴う選手育成に関しては、世界的に成功している育成モデルの経験から、いくつかの疑問を持っています。下記の注意点を是非指導者にも若手選手にも一度でも読んでいただきたいところです。

1. 教育の責任

日本で聞いてショックを受けた話から本題に移りますね。ある国内チームの名監督が、プロ選手になりたいからと言って、ある若手選手を強制的に休学させた話です。

経済的に成立していない日本国内の自転車競技の指導者として、若手を自らチームに歓迎するにつれて、責任が生じることは当然かと思います。特に未成年の場合は、親の承認があっての育成ですから、「プロ選手になれる」と確実に言えない中で、子供を休学させるには相当の責任を取らないといけないはずです。プロレベルの自転車競技は、数多くのスポーツのように、とても限られた人数しか手にできないものであって、プロになれなかった若手選手、そしてキャリアを終えた選手は、何れ別の方法でご飯を食べていかなければならない時期が来るわけですから。教育は人の人生を決めるぐらいの要素ですから、決して軽視できることではありません。

そう考えると、安心して自転車競技に取り組むには、「アフターキャリア」を安定させておく必要が良く分かります。

2. 選手の精神面

「デュアルキャリア」という言葉はサラリーマンレーサーに限る言葉ではありません。ツール・ド・フランスで2位に輝いたロマン・バルデ選手は、2年前までは大学院生だったのです。日本では常識外だと思いますが、フランスではそういう事例が少なくありません。自転車競技をすぐに引退したとはいえ、自分こそ文武両道を無事に果たしてきた「プロ選手」の一人で、バルデ選手等を育てたAG2R la Mondialeの下部組織チームに所属していた頃は、選手の一つの義務として所属選手15人全員が大学生でもあったのです。

自転車選手というのは、練習の平均週間時間はおよそ20時間、多くて25時間です。実際には、午前中に4時間乗っておけば、午後は暇なんですね。それでは、勉強する時間が十分にあります。日本で両立できないのは、「勉強〜競技」両方が合わせにくいからですが、優しい環境があれば、スムーズに両立できます。具体的には、フランスは許可指定選手であれば、時間割が自分で組めたり、出席の義務がなかったりします。個人的には、大学一年生は月曜日に8時から20時まで、そして火曜日に8時から14時まで全ての授業を集中させて、それ以外は自由だったので、プロに相応しい練習をこなしながらいつの間にか卒業した感じです。

大学院に通ってもツールで2位になれるということなの?と思っている人が多いと思いますが、そういうことなんですね。フランスはむしろ、自転車だけしかやっていない選手の方は、イメージが悪い常識があるのです。自転車競技は、常にうまくいくものではありません。特に本場ヨーロッパでは、競技の密度が非常に高くて、とても高い精神力が問われるし、トップ選手でも少しだけでも調子が悪かったりすると千切れてしまいます。落ち込むと悪循環に落ちてしまい、断ち切るのがとても大変で、そういう場合は自転車以外のことでリフレッシュできる選手が圧倒的に有利です。精神のバランスというものですかね。

3. 嘘っぽいプロの境目

注目して頂きたいもう一つの要素は、「プロ」という言葉の意味に関してです。「プロ選手」とは何でしょうか?様々な意味を以下の図でまとめてみることで、とても曖昧な概念であることが良く分かります。

UCIが定める国際基準の「プロ」

->自転車国際競技連合「UCI」としては、「プロ選手」はプロコンチネンタル以上の登録チームの所属選手に限ります。それ以下の資格(コンチネンタル、Jプロツアー含めのUCI未登録チーム)はプロではないことは、国際的な常識です。

そういう基準でいけば、日本人のプロ選手は合計10人もいません。

自転車だけに集中しているからまたは報酬を得ているから「プロ」

-> プロコンチネンタル以下のレベルでも、報酬を得ている選手もいるので、プロだとは言えるでしょう。しかし、世界ほとんどの国では、UCI資格がない限り、報酬を得ているからと言ってプロとは言いません。クラブチームでたとえ月15万円を得ているとしても、あくまで「アマチュア」です。なので、曖昧なところは「コンチネンタル」登録の選手です。日本では、コンチネンタル登録をしていても1円も得ていない選手が大半です。フランスでは逆に、連盟によって規制されているため、コンチネンタル登録選手は全員最低賃金(国の就業規則に従うプロ契約)を得ていることが条件とされているため、コンチネンタルレベルでも全員「プロ」とは確実に言えます。そしてベルギーでは、同じコンチネンタルチームでは選手はプロ契約とアマチュア契約で別れています。国の連盟が定める規定によって全面的に違います。

専門知識があるから「プロ」

-> 日本では、「専門者」のことを「プロ」と名乗りやすいです。資格と関係なく「プロ」と名乗った方がビジネスに良いですからね。連盟が何も管理していない現在の日本では、ある意味、この言い方は成立します。但し、本当のプロとは程遠くてもJ「プロ」ツアーだからといって誇りを持って「プロ」だと名乗っては、大きな勘違いです。指導者も関係者も全員そうですが、そう言われてしまう若手選手の価値観が大きくズレてしまうんです。「世界プロ」とは明らかに大きな差があるので、本来はJプロレベルでも育成すべきことがたくさんあるはずですが、「プロ」と名乗っている選手を育成するのは、プロとしての信頼性がなくなりますね。だから、「Jプロツアー」で強くなりたい選手〜強く育てたい指導者は、この空々しい業界に騙されることなく、自分の中で「本当は全くプロではない」と忘れてはいけません。

(本当の意味での)経験のある人がしっかりと国内の選手育成循環を導いていかないと、変な方向に傾いてしまうことが私の心配です。そういう意味では、前例を作っていくことが、自分も含めて、本場の知識を持っている指導者の義務だと思っています。

12月 25 2018

フランスに帰っています

19日から、フランスに帰っています。

1年半振りのフランス。前回はインタープロ時代、2017年の春に行ったフランス遠征。

当時は、自分と当時の監督であったフローラン監督と一緒に計画して、実施した1ヶ月間のレース遠征だった。自らUCIコンチネンタル登録の手続きを果たしてプロ資格を手にしたばかりのチームが、初のヨーロッパ遠征としていきなりフランスの1クラスを連戦したわけですが、責任を持って自腹で海を渡った上に、選手に専念できない環境の中でツールドフランスへの選抜を狙う選手を相手にするという、とても無理のある出張だった。案の定、無理をしてインフルエンザを発症して、フランスのことを全く楽しむことができなかったのが前回のフランス帰省。

日本に来てそろそろ3年半、更にフランスを出て4年になるけど、パリのシャール•ド•ゴール空港に着いて、故郷に帰ったどころか、海外旅行をしているかのような気分だった。この4年間、自分がどれぐらい変わってきたかが良く分かった。

パリとは相性が悪いというのもあることは間違いないけど、周りの人の行動に驚いたり、失礼に思ったりと、日本に来る前に感じていたことの感じ方まで忘れたかのような感覚だ。つまり、自分の中では当時の価値観が消えているということだろう。フランスも日本も、両方を自分のものにすることができたのか、両方とも失ったのか、どちらかが良く分からない。

いとこにパリを案内してもらった。半分パリ人である彼はきっと、「こいつ、向こうで頭がおかしくなったじゃないか?」と思いながら会話をしてくれていたと思う。

バスの中で、大きい声で通話している周りの人のマナー、運転手のイマイチな喋り方、この運転手に「タバコ吸いたいから休憩しろ」と要求して、とんでもない文句を言うお客さん、すべてを恥しく思ってしまう。お前ら何様だ?と叫びたくなる自分までムカついてくる。

一日目だけで、フランスを出て行った理由、そして日本が好きになった理由、良く再確認できた。

とは言っても、フランスは母国。生まれて、20年に渡って育ってきた場所。それは簡単に消せる事実ではない。縁のある場所に帰ってくると、やはり懐かしくなるし、本来の自分は誰なのか思い出してくる。そして、日本にいる間は、こちらでも時間が経っていくという事実も…

次は1年後なのか、2年後なのか、5年後なのか分からないからこそ、こちらで過ごす僅かな時間を思いっきり満喫する。自分を育ててきた環境がどう変わってきたか、自分がどう離れていったか、好きな人がどう生きてきたか確認して、自分の居場所に戻ってくる。

12月 19 2018

新たなモデル

お気づきの方は多いと思いますが、「山中湖サイクリングチームの設立について」の発表がありましたね。

もちろん、山中湖村に着任した自分が関わっていることは言うまでにもありませんが、決して一人ではありません。一歩だけでも自分の理想に近づけるように、周りに沢山の方が力を尽くしてくださっています。お陰様で、新たな組織の設立を公表できるところまでに辿り着きました。

フランスと日本、自分を育ててくれた2つの国を結びついて、両方の良い部分をピックアップする、そんなコンセプトで準備を進ませています。日本で成功している部分を取り入れながら、日本なりの課題をこなしていくことで、見本となる新たなモデルを作る、そんなところまで行くことを目標として参ります。恩返しの気持ちを込めて、少しでも日本のためになれればと思います。

間違いなく、課題が次々と出てくると思いますが、心の準備ができています。支えてくださる方々のためにも、選手たちのためにも、この国の自転車業界や一般社会の将来のためにも、絶対に成功させます。

このプロジェクトを、是非とも見守って頂ければと思います。

12月 02 2018

日本転車競技の強化:期待も課題も…

昨日、日本国内自転車競技の最高峰を管理するJBCFが、来年の大会スケジュールおよび今後の方針について発表会を開いていた。私はもちろん、いつもどおり意見を持っているということで、今日のブログに感想を簡単にまとめよう。

参考:https://www.cyclesports.jp/depot/detail/106937

楽観的に考えている部分

日本に来て最初の頃は、数多くある日本の裏的事情は全く知らなかったこともあるけど、正直なことをいうと、加盟時にチームが100万円の登録費を払わなければならないということは、世界で走っている選手にとってはあり得ないことだという事実を是非知って頂きたい。それは、当時の自分だけ思っていたことではなく、日本で自転車競技に関わる現場出身の外国人の人が全員思うこと。それが、来年から200万円と培に値上げすると考えると、成り立つシステムには思えない。 しかし、まだ日本に3年半滞在していない自分にでも、今になって変化が感じられる。2016年、チームの代表として発表会に出席したことがあるけど、当時に理事会から聞いた説明の中では、当時の自分の常識(ヨーロッパ基準)で「正しい」と思えることは一つもなくて、「日本を導く人って、こんなにひどいんだね」というのが当時の感想だった。ところが、去年に理事会のメンバーが完全に入れ替わって、現状を疑っている方が入ってきたことだけでも、大きな進歩だと言えると思う。 「楽観的にっていうのは、これかよ??」と思われるかもしれない。だけど、全面的に反対だった当時の自分には、今になって賛成しているところが少し増えてきた。距離を伸ばす部分だったり(JPTは別)、エリートとJPTの差を詰める部分だったり、簡単に確保できる会場を使いこなすことだったり(修善寺~群馬~広島もそうだけど、他にもたくさんあるわけだから、その辺りは更に増やしてほしい)、地域密着化の動きだったり、そして特に世界へと繋げていきたい意思(今までは全くなかったわけだから)というところには少し希望が見えてきている。 その上で、中長期的な方針として、「新リーグの設立」を考えている部分に非常に期待している。日本の自転車競技業界には課題がたくさんあるけど、その課題を簡単にまとめたら、「協力不足」だと思う。連盟がいくつかあって、それぞれの方向で動いていて、全く盛り上がらないのが日本の現状。学連にはお金もあるし、歴史もあるけど、未来はない。JBCFには盛り上がりがあるけど、育成が出来ないし、影響力が競技の一部に留まっている。JCFは、UCIの下部組織として、影響力があるし、世界の部分では完璧な位置づけだけど、レースを開催していないし、JBCFとの協調関係は怪しい。合併まで行けるかどうかは分からないけど、その上に更に強い関係を結びつけるぐらいの組織を作って、ようやく力をまとめる必要がある。

悲観的に考えている部分

しかし、明らかに勘違いしていると思っているところもいくつかある。納得いくぐらいの文章にまとめる時間も言語力もないけど、なるべく簡単で分かりやすく説明してみる。

・「JPTのレース距離を伸ばす必要がある」

私は逆に、それはあまりいじらない方が良い要素だと思う。なぜかというと、実際ヨーロッパもJPTも先頭で勝負した経験がある者として、走り方や集団の動きやレベルの違いが良く分かっているけど、ヨーロッパに比べてJPTの大きな特徴は、「密度が低い」という点。「レベルは、ヨーロッパのアマチュアレースの方が高いだろう」という話を良く聞くけど、それはない。JPTで優勝するには、実力的には(細かく言ってワット的には)同じぐらいの数値が必要になっている、むしろJPTの方は上位のレベルが高い場合もある。しかし、その割には、レベルの差がとても大きくて、レース会場が変わったとしても、順位争いをしているのはいつも同じ選手、同じチーム。それだと、とても面白くないでしょう。 更に、ヨーロッパのレースでもそうだけど、距離を伸ばせば伸ばすほど、その差が開くし、レース展開がない場面が伸びるだけ。 要するに、JPTの強化に必要なのはレースの距離を伸ばすのではなくて、レースの回数を増やすこと。それは、現場の選手に誰でも聞いても、意見が同じだと思う。 簡単に説明すると、基本的には疲労=強度x時間。レースの距離を伸ばすと、時間も強度も上がる。つまり、距離の長いレースが一番疲労が付く。だからと言って、強くなるわけではない。強化というのは、時間と強度を合わせて行うことではなくて、別々で行うこと。(日本の部活では違うかも分からないけど、世界最高峰の選手はみんなそのようなトレーニングを組んでいる。本当は基本の基本であるはずだけど。。) コースによって100kmから150kmに増やす分にはいいと思うけど、全日本選手権のように200km以上のレースを開催するのは時間の無駄。ヨーロッパのプロレベルですら200kmを超えるレースは実際にそんなに多くないし、やっぱりレベルが大きく違う。それを、正しく評価してほしい。

・「Jリーグ(または宇都宮ブリッツェン)を参考にみんなで頑張ろう」

Jプロツアーは、Jリーグのような発展を目指していることは明らかなことだけど、サッカーの場合に成功した取り組みと自転車競技の特徴はなかなか合わない。サッカーは、部活活動を頼りにして、プロ選手へと道をスムーズに作っていけるし、観戦客が増えることでお金が直接入ってくるし、強化に問われる要素はお金があれば簡単に集めることが出来る。自転車競技はそうでもないことは、理事会も十分に理解していることだと思う。だったら、もっとしっかりJリーグの取り組みを参考にした方針を、疑問に思った方が良いと思う。やったことがないから分からない、というのは分かるけど、それは日本の成功例だけに留まる場合のことだけであって、世界の自転車競技の事情をもっと見ればいいだけのことだと思う。それでも分からない場合は、トラックがやったように、海外から指導者を入れて、しっかり意見を聞いた方が良いだろう。ただそうなると、現在自転車競技業界の中で主導権を持っている人たちが主導権を失う状況になるから、結局はやらない、という事実もあるだろう。 宇都宮ブリッツェンの取り組みは確かに、とても成功しているし、参考にすべき部分(個人的にも参考にしている部分)がたくさんある。だけど、宇都宮ブリッツェンなりの課題もまだたくさんあって、全面的に真似をするのが大きなな勘違い。各地域なりの特徴があって、観光地であろうか、地方であろうか、都会であろうか、それぞれのやり方があるのは先ず一つ。私は、東京ヴェントスで運営面に関わったこともあるけど、東京なりの課題の部分に良く理解していないかな、というのが個人的な印象だった。そして、宇都宮ブリッツェンは「世界を目指す」とは言っても、現実的には世界との繋がりは全くなく、日本国内にとどまっている。今のところでは、JPTからワールドツアーで戦えるようになった選手は一人もいないし、日本市場を狙う大きいスポンサーがアピールしてくれない限り、そのままだと変わりそうにないことだ。世界を目指すには、宇都宮ブリッツェンが率いるJPTで提供しているスケジュール、ノウハウ、環境とは別なものが必要だから。 キリがある話ではないので、無限に続けられるだろうけど、今日は時間が足りなくて、ここまでにしよう。自分が出来る範囲のことだけど、日本の自転車業界を日々の努力で少しずつ、より良いものにしていけるように頑張りたい。

11月 30 2018

大切な思い出

6000人の住民もいない山中湖村には、小学校が2校、中学校が1校と、合計3校の学校がある。学校の先生に聞いてみた限りでは、村は比較的に教育に力を入れている方らしい。

10月に、それぞれ山中小学校(160人ぐらい)、そして東小学校(50人ぐらい)の全校集会に出演して、自己紹介、オリンピック関連の話、そしてロードバイクの紹介をさせてもらった。山中小学校の方では、甲府から通っている校長先生が当日、朝練中の自分とすれ違っていたらしくて、話が盛り上がった。東小学校では、単なる10分の出演の予定だけだったのに、4年生に給食に誘って頂いて、結局いつの間にか小学生たちと一緒にまるまる一日分の授業を受けていた。

東京だったら、こんなことはありえないよね。きっと。

そして11月に入ってから、毎日の昼飯を中学校で食べることになった。各学年は2組に分かれていて、各組の給食に3回ずつ参加させてもらっている。毎日、生徒たちと一緒にご飯を用意して、配って、食べて、片づけている。つまり、大学以外、日本の学校に入ったことがなかった自分が、まるで中学生になっているかのようだ。給食以外、すべての授業をさぼっている中途半端な中学生だけど。

最初は正直、いきなり飛び降りてきた自分と会話するのが大変だったみたいで、静かにご飯を食べることが多かった。日本の中学校に入ったことがない自分にとっても、新しいことばかりで、どういう態度を期待されているかもよく分っていなかったが、とにかく仲良くなろう!と積極的に声をかけてみて、少しずつ親しくしてもらえるようになった。

小さな村だからこそ、上から話をして終わりにするのではなくて、村の将来を担っている子供たちと個別に話をして、仲良くなることができる。1年生に、「山中中学校へようこそ。トムが来ることを楽しみにしていた」そして「この3日間をありがとう。いつでも来てね」とわざわざフランス語で作ってくれた横断幕をもらってしまった。

入村してから半年も経っていない自分が、そうやって村民の方々に受け入れて頂いて、早速村に馴染んできている。昨日だって、東小学校の県大会の優勝セレモニーに向かっている小学生たちが、「トムさんだ!」と勢いよく手を振ってくれた。最終的に、夢を叶えることができるかは分からないけど、一生忘れないこの思い出を、大切にしていきたい。

11月 28 2018

我慢も作戦のうち

今日は出張で久しぶりに東京へ行ってきた。都心の中央〜首都道を通るときは、パリが世界最大の都市部かと勘違いしていた3年前の自分が、成田空港を降りて東京を横断したときに体感した「未来感」を思い出す。今になっては慣れてきたけど。

今回の出張は村長も同行。山梨県オリンピック関連の各自治体の担当と集合して、オリンピックゴールドパートナー企業さんのご挨拶に。企業は社長を始め、各部長が出席。行政は県のオリンピック担当と自転車連盟会長、各市町村長と担当が出席。その中には謎の金髪?あ、そうだ、自分も行政だもんね。いつも通りの感じ。

私は、行政の立場だから民間としては動けない。一方で、行政すら、私をどういう扱いにすべきかがまだイマイチ分かっていない。つまり、前にも、横にも動けない状況。

その中で、時間に追われる行政は、「何かすべきことだけは分かっているけど、何をすればいいかは分からない」と、企業に助けを求めるかのように行動している。そのとき、「おーい、最初から自転車専門の人が目の前にいるんだぞー」と呼びかけたくなるけど、どれほど悔しくても、余計なプライドを持つのではなくて、謙虚して行動するんだと、自分に言い張ってちゃんと我慢する。たとえ自分の経験をまだ誰にも評価してもらっていないとしても、食べさせてくれる日本社会に失礼をしてはいけない。自分で実績を作って証明すればいいものだから。

「我慢も作戦のうち」。今日言われた言葉だけど、正にその通りだと思う。信頼してくれないからではなくて、分からないから動かないだけだから、大切な信頼関係を脅かすことなく、相手のペースに合わせないと、協力してもらえるわけにはいかない。

作戦のうちだから。

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