Nov 28 2016

外国人選手の意見 第三回

「外国人選手の意見」を、毎回沢山の方々に読んで頂いている様でありがとうございます!

そしてその購読者の多さから、もし自分の今までの経験を日本のサイクリング界にシェアすれば、役に立つかもしれないことに気が付きました。という訳で、月刊にしようかなと思っています!これからは、毎月日本の自転車界に関する一つ一つの点を議題に、書いていこうと思います。

第三回の記事を書こうと思ったのは、偶然、私のニールプライド南信スバルサイクリングチームがよく参加する「Coupe de AACA」というレースのWEBサイトに載っている「コンセプト」の説明ページを読んだからです。そのページは、フランスで走った経験があり、同じようなレースを日本でも行おうと思いCoupe de AACAの主催者になった、加藤康則様が書いたものです。とても良い考えだと思いますので、そのレースのことをご存じではない方でも、是非ご覧になってください。

http://www.coupedeaaca.com/コンセプト

私は、そのレースに二回参加したことがあり、二つの違うコースを走りました。一つ目の長良川サービスセンターというコースは、5キロぐらいの平坦なコースで、100キロぐらい走ります。そのコースは確かに、フランスにおけるレースの展開と少し似ています。しかし、実は、毎回展開が同じであり、それに気が付く選手は、毎度必ず逃げに乗ることが出来ます。

最初は、みんなが全力で逃げに乗ろうとして、なかなか決まらない展開になっている様な時に、先頭集団が出来て逃げが決まります。なぜいつも同じかというと、スタートしてすぐ、平坦なコースでほとんど誰でも前に出られて逃げに乗ることができますが、40分ぐらいが経つと、疲れる選手と疲れない選手がおり、60名だけの集団ではとても決めやすくなります。そのことを知っている選手は、たとえ弱くても逃げに簡単に乗ることができます。

ところがそれは、フランスにおけるレースの展開は、似ているとは言ってもやはり違います。フランスでは、40分ぐらい経つと、レースの展開が変わる可能性が高いことを知っているので最初の方に動く選手と40分が経ってから動く選手がいます。だから、レースの展開を予想するのは難しいのです。。

そして、二つ目のいなべというコースは、2キロもない、コーナーと坂が多いコースです。長良川サービスセンターのコースよりキツくて、Coupe de AACAは5人くらいしか完走できないというレースなのでいつも人数が少ないレースになります。それに、意外とフランスのクリテリウムのように距離が長いので、大人数での正しい走り方が分かるチームが参加すると、簡単に勝つことができます。この手順を説明します。

最初から逃げようとします。逃げに乗っている選手の人数が他のチームの選手の人数より多くない限り、ローテーションに入らない様にします。距離が長いため、いつか必ずその状況になります。そうなると、もう一回逃げに乗っている選手達は再びアタックしさらに逃げようとします。同じチームの選手だけの先頭になるまでに繰り返します。そこで、他のチームの選手が全力で追い付こうとしている間に、メイン集団に残っているチームメートは勿論ローテーションには加わらず、他チームの選手達が疲れることを待ちます。先頭集団にメインが近づいたら、キツいところでアタックして先頭に乗ります。 こうやって、逃げに乗っている味方チームの選手の人数がどんどん多くなるとともに、相手チームは消耗している為レース展開は楽になっていきます。

その走り方をしたおかげで、このコースに2回参加して、一回目(第4戦)は1位、2位と3位になり、二回目(第7戦)は1位と2位を獲得しました。

そういえば、こういうチームでの走り方に関して、外国人選手の意見第一回ではCoupe de AACAで見てびっくりしたことを書きました。

愛三工業レーシングチームの選手達は大人数で逃げに乗ったにも関わらず、メイン集団も愛三工業の選手達が牽引し、結局私のチームメートのJayson Valadeに負けました。つまり、自分達の逃げを自分達で潰して負けたのです。 しばらくして、日本人のチームメートに愛三の選手からのメッセージを伝えてもらいました。愛三にとっては、Coupe de AACAのレースは練習レースだから、監督が指令として勝利を目指すのとは別に、全力で走ることを伝えたそうです。 しかし、練習というのはどういうものですか?練習だからこそ、みんなの力が合わせやすい、レベルの低いレースでチームとして走る練習をしないと、上のレベルではどうやって同じようなことが出来るようになるのですか?

我々は、レベルの低いレースでも、レベルの高いレースでも、良い結果を得る為に一生懸命頑張るべきだと思っています。 フランスでは、優勝を何よりも目指しています。でも、優勝することが出来ない場合もあることを考えない様にするというのは間違いです。そのように考えると、優勝がもうできないからーと、諦めてしまうことになるでしょう。20位という結果だけで満足する選手も勿論います。

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Nov 02 2016

外国人選手の意見 第二回

日本は、世界のGDPランキングの中で3番目の順位です。人口は1億2700万人(フランスの倍) でありながら、ワールドツアーレベルで活躍している選手の人数は2人のみです(フランスより26倍少ない)。

現在、日本人選手でプロを目指す者ならばいつか海外へ行きヨーロッパでのサイクリング界へ挑まなければならない、それが当然のことのように考えられています。

日本では、自転車界全体のお金が無いわけではないし、才能のある選手がいない訳でもありません。毎年、さいたま市はツールドフランス・さいたまクリテリウムに世界レベルの選手を招集するために、何億円も投資しています。片山右京氏が自ら創設し指導しているチームのように、レベルの高い組織も存在しています。

では、それにもかかわらず、何故なかなか日本人の世界レベルのプロ選手が出て来ないのか?日本は一体どんなミスをしているのか?

原因はきっと色々あると思います。

まず、ヨーロッパでは自転車競技連盟が複数ある国は存在しません。日本では、2つでも3つでもなく、5つも(!!)あります。この様になっている原因は自転車の歴史、文化の違いによるものだと思いますが、最も大切なことはそれが選手のためになっているのか?ということです。エントリー費、ライセンスの申請費、レース数、組織のレベル等を見ると、選手第一で組織されているとは思えません。もちろん、これらの組織は自転車競技の発展を大切にはしていますが、結局は自転車社会の為ではなく、自らの会社のために動いているように見受けられます。

また、シマノレーシング、那須ブラーゼン、宇都宮ブリッツェンのように外国人が加入できないチームがいくつかのあります。勿論、これらのチームの指針や方針があるとは思います。国内では、彼らは最も強いチーム達です。しかし海外に出て見るとその差は大きく、上にステップアップしていく様な選手もあまりいません。例え、プロになる意欲と才能がある日本人選手がいても、この様なチームに加入すれば、国内レベルに留まってしまいます。 もしくは、海外に行ったとしてもなかなか適応できず、海外レースを走ったというだけで沢山のことを学べる訳ではありません。

日仏サイクリングクラブ結成から、ニールプライド南信スバルサイクリングチームとなるまで10年に渡りチームの母体は存続してきました。その中で、「フランス人選手と日本人選手が共に生活し日々を重ね、自転車の文化を学んでいくことができる環境を与える」というプロジェクトを継続して行ってきました。チームは今年、Jプロツアーでのチームランキングで22チーム中5位、UCIコンチネンタルチームを除いた中では一位になりました。我々の後ろにはいくつかのUCIチームがいます。それにも関わらず、日本人選手からの加入の応募は…一件しかありませんでした。

選手、連盟、他チームに考えていただきたいです。 本当のプロ選手を育てたいのならば、その高い志望に合わせて行動するべきです。

よろしくお願いします。

May 26 2016

外人選手の意見

フランス出身の22歳のトム・ボシスです。今シーズンはジャパンプロツアーに参戦するニールプライド・ナンシン・スバルの選手だけでなく、東京都における中央大学の留学生として去年の9月に来日しました。その時から、日本語の腕を進ませると共に、JICF、またはJBCFに行われたいくつかのレースに参加しました。それで、色々な観察ができました。特に、日本人によって普通にみられること、外国人の選手によって変にみられることなどを表したいと思います。

2014年AG2Rディベロプリントチームで、または去年ルーマニアにおけるTusnad Cycling Teamコンチネンタルチームの経験で自転車文化をよく分かるようになりました。日本では、カレンダーも、レベルも、走り方も全く違いますが、それより一番驚いたのは規則のことです。

初めて日本でレースに出た時は、大学のチームでJICF のレースでした。チームメートに良く迎えてくださったが、規則のことは気にしないでサインに行きました。まず、ゼッケンは5センチ離れなければいけないように注意されたということで、付けなおした。それは、ヨロッパでもたまに言われることですが、また戻った時に、ヘルメットの中のスタンプが付いていなかったので、再びサインすることは断られました。もちろん、かぶっていたヘルメットを何度もUCIレースで使いましたが、日本では安全がもっと厳しいかもしれないかと思って、必死に使えるヘルメットを探して走り回っていった。チームメートに尋ねたら、「気にしないで、まだ使ってないスタンプが残っている」と言われて、ヘルメットに貼ってもらいました。まさかこれで行くつもりじゃないと思った。実際に、それより、ちょうど同じヘルメットを同じ人に確認されて、「ヘルメットはOKですが、ベルはどこにありますか?」と言われました。一瞬、冗談かとおもいましたが、反応がなくて、まじめに言われたと分かりました。

マジで、ベルで何をするはず?集団の前に上がるとき鳴らすはずですか?

フランスでも、規則の変な点もいくつかありますが、日本では誰にも変に見られないということに本当に驚きました。今は、ベルの話を海外の友達に語ると、笑いますが、意味がないだけではなくて、そのようなことのせいで、選手、スタッフ、組織者などが力や時間を山ほど無駄にしています。ベルの確認する内に、コースの危険な所が掃かれていないで、落車が起きてしまいます。それ以上の意味がない規則の点が溢れています。コースで何時間前でも練習できなかったり、クリテリウムやヒルクライムのエントリーを9000円払ったりするのは日本で普通なことながら、それには日本人だけ驚きません。

なんで日本は世界中の有名な選手がまだ一人もいないのですか?なぜ経済的に、発展的に日本と争っている国はレースで届けられない敵になっていますか?日本人はユロッパ人より強くない訳ではないですよね。新城幸也、別府文之のような選手の存在で、ありえないことではないとわかっていますが、小人数ですし、ワールドツアーで勝てる選手はまだいません。

日本では自転車競技連盟はいくつかあって、全員はお互いを手伝う代わりに、競争しています。それで、カレンダーは複雑で、資金が少なくなって、被害を受けているのは選手です。日本では、スポーツを始める時は大抵部活ですよね。大学を卒業するとき、仕事はスポーツより大切なことだとみられるので、プロになる可能性にもかかわらず、大半が辞めます。または、日本やアジアではプロになっても、稼げるお金が少ないし、栄光も低い。やはり、ユロッパはその利点があります。

それでも、幾人かが懸命にプロ選手になる夢が叶うように頑張っています。その選手は、敵としてジャパンプロツアーでよく会います。一生懸命努力していることが分かっていますが、間違っているところがかなりあります。栄養はほとんど悪いし、練習も適当に計画していないし、走り方も時々本当に面白いほど違っています。先週のキナンCoupe de AACAレース、決まっている14人の逃げではニールプライドのフランス人選手は2人で、愛三工業サイクリングチームの選手は5人。懸命に逃げ出そうとするより、50キロにわたってずっとお互いを追いていました。結局は、私のリーダーが優勝で、愛三の選手は2位。フランスではそういう走り方をすれば、監督に一週間ぐらい叱られます!

日本人の選手はそのようなことを意識するのかな?この状況ではニールプライドのようなフランス人も日本人も混ざっているチームが存在するのはとても良い機会だと思います。それでも、ユロッパからの志願はとても多いながらも、日本人には全然人気がありません。フランス人の選手にも、スペーン人の選手にもいっぱい習えると思います。

日本人の選手、観戦する方、興味を持つ方、レースや東京で会うのを楽しみにしています。よろしくお願いします!

Apr 05 2016

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